29.妖精さんへのおもてなし

「なんで、ですか?」

「お前が魔法を使いすぎて身体を壊したから二度とそうならないように魔法を封じ込めたんだ」


 ウィルは私の手からバスケットを攫うと、敷き布を広げ始めました。


「月は出ていないが、もう始めるとするか。積もる話は茶を飲みながらにしよう。お前のために客人も呼んだからな」

「お客さま? 誰ですか?」

「よく知ってる奴だよ」


 淡い水色の敷き布の上にレースのパッチワークを重ねると、植物たちが浮き上がって綺麗です。

 バスケットからお菓子を取り出して並べていくと妖精さんたちがやってきました。


『ユーリィに懐かしいお客さま~』

『わかる~?』

『ずっと一緒にいたんだよ~?』


 妖精さんたちが連れてきたのは、あまり見たことがない顔の妖精さんで、たぶん他の場所に住んでいる妖精さんなんでしょう。身に着けている服の雰囲気が少し違います。

 みんなふんわりした上衣にカボチャパンツをはいているんですけど、お客さまは赤いワンピースを着ているんです。

 躊躇いがちに見つめてくる姿が可愛らしくって頬が緩んでしまいます。


「えっと……もしかして王都で会いましたか? じつは私、記憶が無いんです」

『ううん、ユーリィとは向こうの世界で会ったの。ユーリィは私を見て可愛いって言って、家に連れて帰ってくれたの』

「向こうの……世界……?」

『あのね、ユーリィはわたしにサボミーって名前をつけてくれたの』


 その名前は私が前世で育てていたサボテンの名前です。

 偶然早く帰ることができた日に、嬉しくなってお店に寄っているときに見つけたんです。赤い花を1つだけ咲かせている姿がとっても可愛らしくて一目ぼれして、気がついたら買ってしまっていました。


「サボミーは妖精さんだったんですね。また会えて嬉しいです」

「こいつが俺のところに頼みに来たんだ。自分の家族を助けて欲しいと。ユーリィ、こいつはずっと働き詰めのお前のことを心配していたんだ。お前を違う世界に連れていって休ませてやりたいと。それなのにお前はどこに行っても働き詰めるんだから頭を抱えてしまったぞ」


 ウィルは私の頭をくしゃりと撫でてきました。


「あんまりにもこいつが頼み込んでくるもんだから一緒に見に行ったんだよ。そしたらお前はボロボロになってもなお必死で働いていて、確かに放っておけなかった。だから俺はこいつの願いを聞くことにして女神さまに言ってお前がここに来られるようにしてもらったんだ」

「そんないきさつがあったんですね……サボミー、私のことをずっと心配してくれてありがとうございます」

『ユーリィ、もう無理しないでね』


 サボミーが潤んだ瞳を向けてきているのを見て初めて、私はたくさんの人に心配をかけてくれているのに一向に学んでいないことに気づきました。

 こちらの世界にいても、あちらの世界にいても、必死になりすぎて仕事を詰め込むクセを治せていなかったんです。


「さあさあ、再会を果たしたところで楽しいお茶会を始めよう」


 敷物の上にお菓子並べると、どんどん妖精さんたちが集まってきます。

お花を閉じ込めたゼリーや、これまでウィルに出してきたお菓子も用意してきたんです。魔法のポットに入れていた紅茶をティーカップに注ぐと、森の中の茶会が始まりました。

 ちなみに妖精さんたちのティーカップも持ってきたんです。

 お屋敷では妖精さんたちの食器も用意していて、彼らとアフタヌーン・ティーをするときのために置いてあるんです。


「サボミーは今はどこに住んでいるんですか?」

『ブランにいるの! 女神さまのお手伝いしてるの!』

「おっ! ブランの焼き菓子は美味くていいよな」


 ブランはローシェルとの南部にあるリゾート地と名高い街です。

 地名を聞いたらすぐに食べ物の話題が出てくるだなんて、ウィルは本当に食い意地がはっています。思わずジトリと見てしまいました。


「ウィルはどこにでも自由に行き来できるんですね」

「妖精たちは自由に通れる”道”があるんだよ」

「便利そうでいいですね。人間も通れるんですか?」


 某ロボットアニメのどこにでも行けちゃうアイテムみたいですね。


「通れるけど、抜け出た時には本質が変わってしまって人間じゃなくなるぞ」

「えっ……」


 いきなりヒヤッとする事実をぶっこんできますね。

 やはり妖精さんたちと人間は別の種族なんだと改めて感じさせられます。そんな彼らとこうやってお茶することができるなんて、私はサボミーに感謝しなきゃいけないですね。


「サボミー、私のことを心配して、ここに連れてきてくれてありがとうございます」

『どういたしましてなの』


 ふにゃっと笑ってくるサボミーを見ていると心が和みます。前世でもそうでした。可愛らしい小さな赤い花をつけているサボミーを見ては心癒されたものです。


 私たちはローシェルと王国のいろんな地方のお菓子の話をしました。

 ウィルも妖精さんたちも甘い物が大好きですので嬉々として話しています。人間よりも詳しかったりして……。

 まだまだ行ったことがない場所ばかりで、旅行に行ってみたいな、だなんて思っちゃいます。


「あっという間にお皿が空っぽになっちゃいましたね」

「この数だからな」


 甘い匂いにつられた妖精さんたちがたくさん集まってきたんです。

 用意したお菓子は瞬く間に彼らの胃袋の中に消えて行ってしましました。


「1つ1つのお菓子にユーリィの心がこもっていて美味かったぞ」

「そう言っていただけて嬉しいです。頑張った甲斐がありました」


 ウィルは柔らかく微笑むと、手にしていたティーカップとソーサーを地面に置きました。


「それでは約束のご褒美だ。お前の願いを聞こう」

「旦那さまに身体を返してください」

「……俺との取引を忘れたか? まず対価を取り戻すべきだろう?」

「記憶もちゃっかりもらおうとするなんて欲張りですね」

「善意でやってるわけじゃねぇからな」


 そう言うウィルは意地悪な顔をしています。

 やっぱり彼は気まぐれな王さまです。さっきまでの感動を返してください。


「私の失った記憶を思い出させてください」

「もちろんだ」


 ウィルがパチンと指を鳴らすと一瞬だけ視界が暗転しました。

 たちくらみのような感覚で身体がふらつくと、誰かが後ろから支えてくれて、しっかりと受け止めてくれるこの手を、なぜだか私は知っている気がします。


「ユーリィ……」


 振り返った先にいたのは、顔にかすり傷をつけた旦那さま。

 ――いいえ、エルです。


 私を見つけて助けてくれて、共にこの国のために戦いに出ていた人。そしてこの世界で片想いをした相手。

 ウィルが思い出させてくれた記憶がぐるぐると頭の中を去来して情報を補っていくれるのですが、それでもまだよくわからないことがたくさん残っています。


「エル、状況を説明してくれますか?」


 顔を逸らしてしまいたくなるのを堪えて彼の顔を見ました。目の前にある空色の瞳を見ると、胸がツキンと痛くなるんです。


 失恋の痛みはまだ鮮明なまま戻ってきたのですから。

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