第11話 -階層の主-

 5階層へと降りる階段を前に新たな探索階層へと踏み出す決意をする。

そんな決意を棒に振るように本能が脳裏に到来した。


昼食摂ってないな……


さっきまでの決意と緊張感を台無しにする思考。


しかし、探索員は体が資本であり、いつどうなるか予測がつかない異界において食べられる時にしっかりと食べておくことはとても重要なことだ。


午前みたいにいきなり強敵が目の前に現れる事態が……あまり考えたくはないが、そんな最悪なことも起こるかもしれない。

たどり着いて安全を確認したら休憩しよう。



────大宮異界、第5階層。


やはり、入ると同時に前までいた空間とは空気が違う感じがする。


魔物もとくに変わらずアラネアが出現するはずなだけなのだが異界はとても不思議な場所だ。


周りを見回し敵がいないことを確認する。


とりあえず安全そうであるため階段に座り、干し肉と水筒を取り出した。


この干し肉はファミリアマーケット性の干し肉で石油製品が貴重になってしまった現在においては、安価で手に入れられる保存食だ。


肉の種類と部位はいまいちわからないのだが、胡椒が効いていて噛みごたえと旨味、塩味のバランスが良くおいしい。


口の中が乾くのが難点なところが特徴だけど……


保存食は他にも穀物を粉末にして固めたものや異界出現前に流行った一回の食事で栄養とカロリーが取れる! で有名な物が探索者の間で流行ってる。


人によっては食事は現地調達なんて者もいる。


異界では豚の魔物や牛の魔物、鳥の魔物など地上で見られる生物の化け物バージョンが多数いるため焼いたり、味付けしたりすれば食べれなくは無いし味も好評なやつもいる。


そのため一部界隈では魔物美食ランキングのようなものまでできているのだ。


かといって「食事が取れないなら魔物を食べればいいじゃない?」


などと安易に食べた人達は、未知の病気や食中毒にかかったり、豚様の魔物の肉をしっかりと焼いたにもかかわらず何かの中毒症状が現れるなどといった事故が起きたりしているため魔物を食べるのはおすすめされてない。


簡単に食事を済ませ、休憩を取り立ち上がる。

大宮異界5階層までの王道であるルートからは外れているので人の気配が全くしない。


そして、再度魔物がいないかを警戒し歩き出す。


5階層は、今までの階層と比べると2、3階層の様な幅の拾い迷路様の構造をしているようで、1つ違うことというと天井が氷柱状なのか鍾乳石なのかよくわからない棘が多く、眉間がそこに反応してしまうような鋭さだ。


天井の高さは6mくらいはありそうなので折れて落ちてこない限りはあの棘に串刺しにされるなんてことはないだろう。


しばらく歩き続けると奥の方でうごめく影が見えた。


アラネアだ。

うごめく影は視認できる限り4匹。


こちらは光源を持ちながら探索しているからこちらの存在に気付いているだろう。


今は距離を取り出方を伺っているのだろうか。


手帳をしまい、刀の柄にさっと右手を添える。


こちらから攻めるか、だが視認した情報が正しいとは限らない。

それに足場は、ゴツゴツとしているためうまく走れず距離を詰めるのが難しい。


なら、どう相手からこちらに来てもらうかが大事なのだろう。


周りに目を向け、転がっていた石をアラネアへ向かって投げる。


するとアラネアにヒットしたのか、石が転がる反響音と共にアラネアが カタカタ と足音を立てながらこちらへと向かってきた。


先頭を走るのは2匹。

そして後方に3匹いるのが見えた。


合計5匹だ。


体を捻り居合を繰り出す姿勢をとる。


近づいてきたアラネアが2匹同時に飛びかかってきた。

その動作を見るのと同時に横へとステップしアラネアを横目に2匹を真っ二つにする。


まずは2匹!


そして後方に続く3匹がその場に留まり周りを囲む。


後方へと周りこもうとした一匹が先に飛びかかってくる。

音でなんとなく動きがわかったため、それを一突きにし串刺しにした。


3匹目!


そして、その死骸を4匹目にぶつける。


ぶつけた瞬間、もう1匹の飛び付き攻撃を避ける。


アラネアが着地するのを見て地面を蹴り一気に間合いを詰めアラネアめがけ腹部と頭胸部を胴切りで真っ二つにした。


体勢を整え最後のアラネアへと視線を送るが、アラネアは反対方向へと素早く去っていってしまった。


逃げた……?


今まで戦ってきたアラネアは、戦況に応じて逃げるなどという選択肢をとらずに我先にと獲物に喰らいつくようなケダモノの勢いで来ていた。


アラネアも命が危ないと恐怖するという感情があるのかと思うと少し胸がきゅうっと痛む。


逃げたアラネアをとりあえず放置し狩り終えた4匹のアラネアの解体をした。


逃げていった方向のアラネアを警戒しつつ解体を終えて、これは命のやり取りなんだと再度覚悟を決め凸凹したまっすぐの通路を進む。


進んだ先は、今までいた場所より二回り程大きな洞窟へと抜けた。

LEDランプとは別の光源があるのか反対側の壁までよく見える。


だが、横一直線にのびる大きな洞窟はどこまで先があるのかわからない。


そして近くにあるのか遠くにあるのか反響しており位置がわからないのだが水の流れる音が聴こえてきた。


そう5階層には、水が流れているのだ。


異界の場所によっては直接飲める程の綺麗な水がある。不思議なことに不純物がまったく存在せず科学などで使われるような純水が流れる場所もあるそうだ。


しかし、大宮異界5階層の水は飲めない。

5階層だし、持ってきた飲料水がなくなる事態はあまり起こらないため問題は無いが、これが深層で水不足に陥ったら濾過して飲まざる負えない状況もあるだろう。


見渡す限りアラネアはいないことを確認しLEDランプのスイッチをOFFにする。


少し薄暗いが、索敵に問題はないな。


とりあえずここまでの道のりをマップ手帳へと記入し右方向へと壁沿いに向かうことにした。


右方向の道は上り坂になっているため体力が減っていくのを感じながら回りを警戒する。


あの逃げたアラネアはどこへ行ったのやら、魔物は神出鬼没だ。

そもそもここらへんにいるアラネアって何を食べてるんだろうか。


バクテリア?


こうも大きい空間にぽつんと1人だけだと独り言のような思考が大いに捗る。


小さい頃に父親の仕事が終わるのを待っている最中にいろんなことを考えてたことを思い出す。


そんな懐かしい思い出に浸りながら坂道をひたすら上り続けた。


10分程上り、ここへ抜けたときと同じ大きさの洞窟を発見した。


近づくに連れて違和感を感じる。

その洞窟へと何か大きいものが通ったあとがあるのだ。


それに、ゴツゴツゴツ、と重そうな音が聴こえてくる。


刀の柄へと右手を送り戦闘態勢に入る。


そっと違和感のある洞窟の方向をチラッと見る。


そこには、アラネアが一匹トコトコ歩いているのが見えた。


だが、そのアラネアの歩みを阻み、おもちゃを掴むかのように鷲掴みにしムシャムシャと食べる生物がいた。


その生物は4mか5mくらいの大きさは、あるだろうでかい蜘蛛だ。


大きな洞窟の謎の光源にうっすらと照らされ全体像はいまいちわからないが大きな蜘蛛であることは確かだ。


もしかして……主か?


5階層には定期的に依頼が出されて討伐される魔物がいると聞く。


もしかして、この大きな蜘蛛は……とにかくまずい、階層の主なんかに出くわすだなんて今日は、とことんついてない。


やっぱり運が悪い日とかは無闇矢鱈(むやみやたら)に探索するもんじゃない。


幸いまだこっちには気づいてない。


そっと後退りしその場を後にしようとした。


その時、後方から何かが背中にぶつかり思いっきり前へと飛ばされた。


「んあ! っく!」


飛ばされ転がりながら体勢を立て直し後方を見る。


「!」


そこにいたのはアラネアだった。

後方からアラネアが近づいていたのだ。


大蜘蛛の食べる音とゴツゴツと響き渡らせる足音に気を取られ後方にいたアラネアに気づくことが出来なかった。


まずい洞窟の前へ出てしまった。


まだ気づいて……時すでに遅く右方向を見ると9つある目と合ってしまった。


気づかれた!


こちらの存在に気づいた大蜘蛛は、前足に溜めを入れるかのように地面をゴツンゴツンと突き、勢いよく突進してきた。


壁にぶつかろうが関係なく、その巨体に見合った重い足音で洞窟を響かせ迫る。


咄嗟に横へ飛ぶ。


追いかけて飛びついてこようとしてきたアラネアが大蜘蛛の突進の餌食となった。


そして、壁沿いを突き破るように元居た大きな空間へと出た時、薄暗いところから謎の光源により薄っすらと照らされた空間の下で、その大蜘蛛の姿があらわとなった。


上顎には大きな牙が2本、その両脇に伸びる触肢は、蟹のようなハサミがついている。


頭胸部にはトゲトゲとした硬そうな甲殻が覆いかぶさり、腹部にも似たような甲殻があるが、その中心に赤い模様がついている。


それら巨体を支える8本の足は、4つの節に分かれており、それぞれの足は外敵を寄せ付けぬよう棘のついた甲殻が守っている。


無残にも俺を突き飛ばしたアラネアは、左後ろ足の串刺しになっている。


だが腹の部分にあるアラネアの甲殻を貫いて串刺しになっているため大蜘蛛の足の先端は、アラネアの甲殻をも、いともたやすく突き破る鋭さをもっている事がわかった。


全長5m、高さ3mには見える。

虫に慣れてない都会っ子が見たら絶叫間違いなしだ。


そんな余裕もない状況で余計な思考をしながら刀を抜き、構える。


眼前を立ち塞ぐ巨体は一切の刃を通さないだろう。

そんな甲殻を身に纏い絶対的な王者の風格をも感じる。


どう対処すべきか、ここで逃げるという選択肢が1番の候補であるが大蜘蛛は巨体のくせにとても速い突進を繰り出してきた。


今朝の暗殺毒蜘蛛と同じだ。


敵から逃げても追いつかれてしまうような格上の相手だ。


大蜘蛛はゆっくりと横移動しながらこちらの出方を伺っている。


動けば、あの突進がくるのだろうか。

今朝とは違う。


待ち構えてるであろう絶対とも感じる死への恐怖が心臓の鼓動を速くした。

そして全身に血流を行き渡らせる。


手先は冷え、体は熱く生きた心地がしない。

この間に蜘蛛は触肢を使い自身のハサミを砥ぐような仕草をする。


戦いの火蓋が切って落とされた。


前足を強く地面へと突き、勢いよく突進してきた。

横へ飛びその突進から逃れる。


だめだ、あんなのとどう戦えばいいんだ!


横へ飛んでも、お昼に買った防具が体を守り地形からのダメージを和らげてくれるため地面に体を撃ちつけたとしても痛くはない。


体勢を立て直し考える。


今の所、やつは突進する時の初動に前足を強く地面に突きたてる動作がある。

癖なのか必要な行為かはよくわからないが、おかげで突進は避けれた。


それに、ここは坂道だ。


上り坂は、やはり大蜘蛛のやつも勢いがつけづらいのだろう。


荒くなる息を整える。


少し落ち着こう。

初めての巨体相手で1対1の戦闘だ。


やつは体中を頑丈そうな棘のある甲殻で覆っている。

そこには刀の刃は通らないだろう……


きっと、今後通すことのできる日など来ないのではないだろうか。


そんな絶望が両腕を鈍らせる。


刃も通らないような甲殻であれば、その隙間を狙う。

この手の戦いのセオリーを行くしかない。


つまり、やつに近づいて甲殻の隙間に狙いを定めて斬る。

そして逃げる! のヒットアンドアウェイを繰り返せばいずれ勝てるのではないだろうか。


よし、この作戦で行こう。


大蜘蛛が突進した勢いを殺しこちらに目を向け再度突進してくる。


いち早く大蜘蛛の右横へとステップし足の節に向かって左から刀を振ろうとした。


その時、大蜘蛛は片側4本ある足の間の2本を起用に使い、こちらに向かって鋭い足を細剣の様な鋭い勢いで伸ばしてきたのだった。


「んな?!」


不意を突かれたが、幸運なことに刀を振るう先の足であったため反射的に両腕を引き鋭い足を刀で受け止め身を守ることが出来た。


しかし、大蜘蛛の足を受け止めたは良い物の突き飛ばされ、のけぞり体勢を崩してしまった。


坂道を下るように転がり、受け身を取ってなんとか体勢を立て直す。

転がりった拍子に目を少し回してしまった。


大蜘蛛の方へ視線をやるともう次の突進が来ているのがわかった。


「まずい!」


坂の勢いもあり、大蜘蛛はとてつもないスピードで迫っていた。


咄嗟に右方向へと走るが避けるには間に合わない。

大蜘蛛がすぐそこまで迫った時、刀を構え大蜘蛛の鋭い左足の攻撃を受けた。


また刀で足の攻撃を受けたは、良いものの大蜘蛛の勢いで突き飛ばされる。


今度は坂道を下る勢いがついてるためが威力が高く、強く体を打ちつけながら転がってしまう。


「っぐあ!!」


坂道を転がる。

どこまで突き飛ばされたのかわからない。


だが、転がった先で水しぶきがあがった。


5階層の水だ。


ふらふらとしながら立ち上がる。


「っぺ!っぺ!! くそ……少し飲んじゃった」


体の打ち付けたところが痛い。

だが、ここまで戦闘で動き、撃ち合い、転がり、体勢を立て直したりと体を酷使しているが不思議と今朝の戦いのような体の疲労感はなかった。


「まだやれるな!!!」


くらくらする頭に「しっかりしろ!!」と右手の甲でおでこを叩く。

そして、流れる水を左手ですくい口を濯いで吐き捨てた。


大蜘蛛のいる位置に視線を向けると50mくらい先の坂にいるのが見えた。


めちゃくちゃふっとばされたんだな……


これで大方やつの攻撃パターンは、見れただろうか。

であれば!


「ここからが 勝負だ!」


未だふらふらする頭に活を入れるかのように叫ぶ。


次でやつの足を切り落とす。


そう考え刀を鞘に戻し居合の姿勢を取って呼吸を整えた。




春人メモ

 魔物の主(別名:ボス)、各階層に現れるというわけではなく特定の階層において稀に出現する魔物。

通常種の魔物と違い巨大であったり力が強いなどの特徴を持っていることが多く、種類によっては群れを率いている場合や魔物の卵を産み落とす場合もある。


発生条件は謎に包まれ、討伐したとしても再度現れたりもするが出現するまでの期間も不明であるため危険度が高く死傷者を多数出している凶悪な魔物。

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