天の渦

雨世界

1 すごく不思議。なんだかあなたには『初めて会った』って気が全然しないな。

 天の渦


 登場人物


 春日清かすがきよ 足を怪我して走れない少女 


 棚町五月たなまちめい 走らない(走る気のない)少女  


 朝丘直あさおかなお 立ち止まっている少年


 プロローグ


 ……天の中へ。(あなたの元へ)


 不思議な夢。青色の夢。(……それは、あなたの夢だった)


 青色の大空の中に、巨大な白い雲の渦があった。

 塔のように見える、巨大な白い雲の塊。


 自然発生したものだとはとても思えないような、神様が気まぐれで創り出したような、巨大な雲の建造物。(あるいは、世界)


 そんな白い雲を私は、青色の空の中を落下しながら、びゅー、という、強い風の音を聞きながら、ただじっと見つめていた。


 ……綺麗。


 きらきらと光る瞳をしながら、私は言う。


 その風景は、本当に『この世界のどこかにある風景』だとは思えないほど、……本当に、本当に綺麗で、……美しい、風景だった。


 そんな風景を見ながら、私は泣いた。


 ずっと、ずっと心が騒がしいくらいに躍動して、感動して、……目から透明な涙をぽろぽろとあふれさせながら、泣いていた。


 ……ずっと、ずっと、泣いていた。


 私の流した涙は、空を上っていくようにして、上空の青色の空の中に消えて行った。

 青色の中に、拡散して消えてしまった。(私はそのことを本当に悲しいと思った)


 天の渦


 本編


 すごく不思議。なんだかあなたには『初めて会った』って気が全然しないな。


「ふぁー」と春日清は大きなあくびをした。

「清。また寝不足なの? ちゃんと寝ないと美容に悪いよ?」と棚町五月(めい)はいった。


「うん。なんか変な夢見ちゃって」瞼をこすりながら、清は言う。


「変な夢? 変な夢ってどんな夢?」すごく興味がある、と言ったようなすごくわくわくした顔をして、五月は清にそう聞いた。


 清は今朝見た夢の内容を、五月に話そうとした。(できれば、話したかったし、五月に話を聞いてもらいたいとも思った)

 でも、その変な夢の話を清は五月にすることができなかった。


 なぜなら清は、今朝見た夢の内容を、『目覚めと一緒に、もう忘れてしまっていたから』だった。ただ、青の中には、なんだかすごく変な夢を見た、という記憶だけが寝起きでぼんやりとする清の頭の中には残っていた。(それは本当のことだったし、とても明確なイメージを持って、清の中に残っていた。……全然覚えてないけど)

 そのことを正直に話すと五月は「じゃあ、夢は消えちゃったけど、夢を見たことだけは覚えているってこと?」と清に言った。

「うん」清はまるで小動物のように、小さく顔を動かして、五月を見てそう言った。


「ねえ、なんだかまるで、それって『前世の話』みたいだね」とわくわくしながら五月はいう。

「前世? どうして?」と清は言う。


「自分の前世の記憶を夢の中で見るの。そういうのが今、占いで流行っているんだ。でも、それはもちろん前世の記憶だから、『今の自分の記憶には絶対に残らない』。でも、『その前世の記憶の夢を見たというイメージだけは、今の自分の中に残っている』。強い思いを伴って。だってそれはまちがいなく、自分の前世の話なんだから」と目を輝かせながら、五月は言う。

 五月はこうした前世とか、運命とか、占いとか、そう言った話が大好きだった。(清も嫌いではないけど、五月ほど好きではなかった)


 そんな話を聞いて清は、……うーん、そんなものなのかな? なんだかちょっと違うような気がするけど……、と青色の空を見て、ちょっとだけ思った。


 清がそうして、青色の晴れ渡った空を見た瞬間、その透き通るような青色が清の目の中に飛び込んできた瞬間、『清』という、誰かが清を呼ぶ声が聞こえた気がした。


 ……また、聞こえた。

 清って言った。


 あなたは誰? そして、あなたは今、どこにいるの? どこから私の名前を呼んでいるの?

 そんなことを心の中で、清は思った。


 なんでも話す親友の五月にも秘密にしていたのだけど、清は少し前から、今朝と同じように、変な夢を見るようになったときから、こんな風にして、誰かが自分の名前をどこか遠い場所から、呼んでいる声をたまに聞くようになった。(なんとなく、空を眺めているときが多かった)

 そのことを清は五月にどうしても言えなった。だって五月に言ったら、きっと「清! 清はきっと青は誰かに恋をしているんだよ! その思いが夢になって、清にちゃんとその誰かに会いに行って、告白をして、きちんと恋人同士になるべきだって、そう言っているんだよ。絶対そうだよ。その人のところまで、早く告白しに行こうよ!」とか、とても興奮した顔をして、言われてしまうそうだと思ったからだった。(五月に言ったら、間違いなく実際にそうなるだろうと清は思った)


「清。なにぼんやりしているの? 早く学校行こ。遅刻しちゃうよ?」と親友の五月が悩みなんてなにもない、と言ったような爽やかな笑顔で、清に言った。

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