月の涙と過去の英雄
にぃつな
01.魔女の解放と月の涙
1000年もの間朽ちることなく存在し続けている城がある。その城は山の上にあるわけでも街の中心核にあるわけでもなく、谷と谷の間に隠れように佇んでいたことだ。
その城に近寄るものは金品を目的にした輩か歴史を知りたがる学者か、肝試しを目的とした若者集団か、いずれにせよ真の目的を持った者はいない。
人が近寄ることは容易にできたが誰しもこの城に眠る真の秘宝を知らない。
城の財産か――違う。
1000年前の城の材料か――違う。
とうの昔に失われた本や魔法に関するものか――違う。
城の主”魔女”が残したものか――そうだ。
少年は一人この城へ入り、城に張り巡らされた封印を解き、ずいずいと進んでいく。幻影によって作られた綺麗な細工や装飾は封印が消えると嘘のようになんにもなくなる。
幻覚が消え、最後の扉の前に来ると少年をゆっくりと戸を押した。
扉だったものは砂のように崩れ去り、その先で錠に縛られた一人の少女を発見した。
「おはよう」
錠に縛られ肉も減り、骨のようにガリガリとなった少女は小さくうめき声をあげた。
「……ぅ……ぉ……」
水を…。そう発言した。
乾ききった喉からヒューヒューと息を吐く。
少年は左目に覆っていた布をはぎ取り、その瞳で少女を見つめた。
「取引だ、魔女。この瞳の呪いを解く方法をあんたから聞きたい。その答え次第で、水をやろう」
ヒューヒューと息し、片目を閉じたまま少女はかすれる声を上げた。
「み…ず……を…」
少年はわかったと返事をし、持ってきていた水が入った小瓶を魔女の足元へ投げた。魔女は小瓶を受け取ろうとするが手足が縛られ動くことができない。
「直接飲ませてやりたいが、あんたの厄災がどれくらい酷いのかが検討もできない。なにせ1000年が経過してもなお、あんたは生きているし、丘の上に合ったはずの城を含んだ町々も谷の下へと引きずりこまれたんだ。封印されてなお、その力は健大。ぼくの命の保証はどこにもない」
少年は頭を左右に振りこう続けた。
「魔女、もしぼくのこの封印を解いたとき、自由にしてやる。だが、できなかったときお前はもう一度1000年の眠りにつくと思え!」
少年はきっぱりと言い、小瓶を拾い上げ、蓋を取り少女の口元へ差し出した。
グビグビと飲む姿は滑稽でなんとも惨めな姿であった。
昔、幼いころ妹が同じ目に合っていたと思うと胸糞に思えてくる。
「ハァ、ハァ…その瞳…そうか、いいだろう。その呪いを解く方法を教えてやる。だが、お前だけが良い身分じゃ私は納得しない」
部屋が突然揺れ、グニャグニャと変形し始めた。部屋がゆがみ、床や天井が押しつぶすように近づいてくる。壁が遠くへと放れていく。
「…まだ、そんな力が」
「自由といったな。身の安全まで保障されていない。どうだろうか、呪いも封印も取引条件はなしで、お互いの利害である”自由”と”安全”、”支配”を脅かさないと」
「”支配”までは約束できないねぇなぁ」
「欲張るなよ人間。”支配”なんてお前らがいつもやっていることだろ!」
「調子にのるなよ…と言いたいが、いいだろう。”支配”はしない。お互いいい立場であるのならな」
「上等だよクソ」
三つの取引を終え、少年は魔女の言う通り”自由”と”安全”、”支配”の権限を放棄した。身の安全の保障と、いつでも縛れない自由と、権力や争いの道具など上から物を見る態度をとらないのを条件に魔女を解放させた。
錠を外し、溶けたチョコレートのようにいびつな形となった部屋から出る。地面はドロドロでチョコレートみたいだった。固まればあっという間に足がもっていかれてしまうだろう。
城から出るなり、外を見たとき圧巻した。
魔女が1000年も時の間、城の中で幽閉されている間、世界は変わっていたのだ。魔法が解禁され、誰にでも使えるようになった時代。魔法を使い忌み嫌っていた魔女の時代はとうに廃れたことを実感していた。
「…これがあんたが言う外の世界か」
「そうだ。気に入ったのか?」
「うーん、まあまだね」
魔女は少年を背にこう言った。
「”自由”と”安全”を手に入れたんだ。最後の仕上げとして、城を隠さないと」
「城を隠すのか? まあ、たしかに魔女がいなくなったと世間に知らられれば問題だが…」
「そういう問題(意味)じゃない」
魔女は床に指さした。
「この城自体が魔物の巣窟なんだ。もし、この城から魔女(わたし)が外に出たとき、城に封印されていた魔物たちが外へ放出される。すなわち厄災を解放したのも同然」
「つまり…お前は…」
「そうさ。私が封印していたんだ。1000年もの間。魔物が世界中の人間を狩り食っていた時代は1000年もの間眠っていた。私が出るとき、魔物は世界へ再び散るだろうさ。そうならないようにこの城を封印する」
「そんな伝承が…」
いや、おかしい事ではない。
この城に眠る古文書からは1000年前(昔)、魔物が世界中に蔓延び人間は魔物の1割にしか満たなかったという。
魔女が城へ魔物を招待し、そのまま魔女を見ることなく幕を閉じたと言うが。
そうか、世間は魔女の仕業で魔物が世界中を悔いブチにしていたと思い込んだのか。魔女がいなくなることで魔物が消滅したと。
魔法も魔女の事情も知らない人から見ればそう考えざる得ないかもしれないな。
「…気づいたようだな。まだ生もの味噌(脳みそ)はカビが生えていないようだな」
「どういう意味だよ!」
「頭いいな、という意味さ」
褒められているのか貶しているのかよくわからない。
「…それで、どうする気だ」
「城を結界で重ねるてもどこかで穴が開けば魔物が出てしまう。そうならないようにするには私が城の中心で閉じ込めなければならなかったのだが、今は解放の身だ。大人しく戻るわけにもいかない」
「なら、どうする!?」
魔女は少年の左目に指さした。
「その瞳。”月の瞳”だろ」
「”月の瞳”って…?」
「そんなことも知らないのか。よく、生きてこられたな」
魔女は左目に顔を近づける。
左目は月のように明るい。夜空のような月の光のように青くときには白く、黄色くと色を変える。そんな幻想的なものがこの瞳に映っている。月を投影したかのような瞳だ。
「なにをする気だ…!」
「怖がることはないさ。ただ、身をゆだねればいい」
そう言って、少年の顔に息を吹きかけ、そっと耳を頬をつねった。少年は引き裂かれるのではないかと恐怖し、手を叩いた。
「痛ェ! おいっ…取引違反だぞ」
涙目で少年が訴えると魔女はくすっと笑い、舌を出した。
ビクッと震える少年をおかしく笑いながら頬から零れ落ちた涙を舐めた。
「……ッ!!」
少年は魔女を押しのけると魔女はクスクスと笑いながらこう答えた。
「久しぶりの魔力だ。伝説の通り。”月の涙”は”魔力を完全回復する”」
魔女は手をグーパー繰り返し、力が血管や神経を伝わって全身にいきわたるのを実感する。お風呂に入ったかのように身体から疲れやストレスが消えていく快いものを感じ取った。
「お前…」
少年は睨むが、魔女は優しく言った。
「そう睨むなよ。魔力を回復したんだ。仕事はこなすさ」
そう言って、この城自体を異次元の彼方へと飛ばした。
ブラックホールのように吸引力の渦に吸い込まれる形で消滅したのだ。
魔女と一緒に空へ飛んでいた二人は助かったが、城が立っていたであろう場所には城の姿はどこにもなく代わりに土台だけが寂しく残されていた。
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