第19話

 私はママの体の中での見回りを日課として行っている。ママは病気になりやすい体質で、これまでに癌で2回も死んでいる。その度に、知人であるフェニックスの妖怪に蘇生させてもらっていた。しかし、3回目の蘇生をさせた場合はゾンビになって蘇る可能性があるらしく、もう彼女を頼ることはできない。そのため私は二度とがんによって死なれないよう、ママの体の細部に至るまで調査&メンテナンスをする必要がある。なお、私がママの体の中に入っていることはママ本人は知らない。きっと知られたら危険だと、体の中に入らせてもらえなくなるだろう。ママの体の中には癌細胞モンスターという化け物が、ダンジョン内で闊歩している。ダンジョン内で奴等が飽和状態になった場合には、外に溢れ出す場合もある。


 これをスタンピートと呼んでいる。


 癌細胞モンスターの攻撃で負傷した場合、ママの体の中から出た後も、傷として残っている。ようするに、命の取り合いを日々行っていることになる。


 私は主に後方支援として指示を送るだけの戦い方をしているが、たまにボス級と言われる癌細胞モンスターと出くわす。このような突然変異で生まれた強者は千や万の免疫細胞を犠牲にしてようやく倒せる。ボス級は免疫細胞たちの包囲網をかいくぐり、本陣であり司令塔でもある私のところまで到達する時もあった。すなわち、この世界では私が死亡するかもしれないという十分なリスクもあるのだ。


 私は日々、恐ろしき癌細胞モンスターたちと、命のやり取りをしているが、そんな癌細胞モンスターを遥かに超えたヤバイ存在になる者とまもなく邂逅することになる。ここ、ママの体の中で。


 この日、ママの体の中の森林エリアの見回りしていたところ、茂みの陰で動くものを発見した。視線を向けていると、茂みからチラリと顔を出し、さっと隠れる何かがいた。モンスターのような危険を感じる外見ではなかったが、見たことのない顔だったので妙に気になった。私はこっそりと茂みに近づいて、茂みを覗き込むようにして、隠れている謎の何者かを見つけた。私は声をかける。


「こんにちわさー」


「……こ、こんにちわ」


 返事をしてきた。


「見慣れない顔さー。君は何者さー?」


「ぼ、僕のことを知りたいの?」


「知りたいさー。教えてほしいさー」


「うーん。やだやだ。教えたくなーい」


「どうしてさー。教えてほしいさー」


「だって、襲ってくるんだもん」


「襲ったりはしないさー」


「僕のことを知っても、襲ってきたりはしないの?」


「しないさー」


「本当に本当? 嘘じゃないよね?」


「私は嘘つきじゃないさー。正直者でご近所で有名な一寸法子っていう妖怪さー。この世界の神様でもあるさーよ。だから信じてほしいさー」


「そ、そうなんだー」


「怪しい者じゃないとわかってくれたさーか。私のことを紹介したから、次は君のことを教えてほしいさー」


「うん。わかったよ。僕のことも紹介するね。僕はね……」


 私はにっこりと笑みを作りながら、返答を待った。優しく接したので、警戒心を解いてくれたようだ。そして、その謎の生き物は自分の正体を明かした。


「『天然痘ウイルス』だよーう」


「………………」


 ジャキーン! っと私は鞘から出した針を握り締めて振りかざす。天然痘? 超有名かつ危険度マックスな大病だ。そんな危険なものが、なぜママの体にいたのだろうか。とにかく見つけたものは、早急に処分せねばなるまい。


「ま、待ってよー。襲ってきたりしないって、言ったじゃないー。嘘つきじゃないとも言ったじゃなーい」


「滅せろさー」


「待ってよー待ってよー。やめてよー」


 私は鋭く針で突いた。しかし天然痘ウイルスは素早く、私の渾身の突きはミスとなる。うぐぐぐぐ。もしかして、こいつは強敵なのだろうか。


「待ってなるものさーか? この病原菌めぇぇぇぇええ」


 私は乱打を打ち込んだ。普通の癌細胞モンスターであれば、ボス級以外であれば、これで大抵は軽く倒せるが、一発も当たらない。天然痘ウイルスはピョンピョンと飛び跳ねて回避を続けている。


「僕は仮性なのぉー! 仮性なんだからぁー」


「はぁ? 仮性? それは一体なんなのさー」


 私も答えながら針を突き続ける。


「やめてー。針で攻撃して来るの、やめてぇぇー」


 上部ばかりを意図的に狙い、意識を上側に向けさせた後、私は重心を低くして電光石火の足払いを食らわせた。天然痘ウイルスを転ばすと、すかさず天然痘ウイルスに馬乗りになる。そして、針の尖端を向けた。


「これでトドメさー」


「待って。僕はただのワクチンなんだよぉ」


「え? ワクチン」


 針の尖端が、天然痘ウイルスの顔面の数センチ離れたところで止まる。ワクチンというのなら、無害なのか? そもそも天然痘ウイルスともワクチンとも、相反する存在を名乗っていることがよく分からない。


「そうだよー。僕は天然痘ウイルスのワクチンなんだよ」


「よく分からないさー。つまり、ママの体にとって味方なのさーか?。敵なのさーか? どっちなのさー」


「敵でも味方でもないよー。だって、好きでこっちにやってきたわけじゃないんだもん」


 天然痘ウイルスは頬を膨らませた。そして爆弾発言をする。


「僕はね君から感染して、ここにやって来たんだよー」


「え、ええええ? おまえ、私からママに感染したのさーか?」


「そうだよーん」


「がびーん」


 私は衝撃を受けた。まさか私がママにウイルスを移す媒体になっていたとは思わなかった。


「もしかしてだけど、おまえ以外にも、ママの体にいるのさーか? 分裂したのさーか?」


「してない、してない。僕はね、天然痘ウイルスだけど、重症化しないウイルスなんだ。むしろ、ワクチンだけに、どちらかと言えば害があるどころか有益だからね。僕を殺す前に、話だけでも聞いてよー」


 ウイルスでありワクチンでもある、この者は一体何者だろう。普段の私ならば、構わずに針で貫いているが、一つ気になるところがあって、馬乗りのままも尖端を天然痘ウイルスに突き刺さないでいた。それは私が、数日前に実際に学園で予防接種を受けたからである。


「話だけ聞いてやるさー。有害か有益かは、話を聞いてから判断するさー。有害だと思ったら即、滅するさーよ。天然痘ウイルスなんて、放ってはおけない存在さー」


「話を聞いてくれてありがとう。天然痘ウイルスはね、撲滅の危機にいるいわば天然記念物に指定されてもおかしくないものなんだ。簡単に殺しちゃだーめ」


「そんなことないさー。国を滅ぼす力があるから危険さー。やっぱり気が変わったさー。話を聞くまでもなく退治してやるさー」


「ま、待ってよぉー。話すよー。僕は天然痘ウイルスであると同時に、神様の体内で神様を守っている、ワクチンでもあるんだからね。ぷんすかぷんすか」


 振り下ろそうとした針を、再びピタリと止める。


「分かったさー。一応、最後まで話を聞いてやるさー」


「今度は、最後まで聞いてよねー」


「早く話すさーよ」


 これが私と天然痘ウイルスのファーストコンタクトであった。


 その日以降、私が森林エリアを見回っている時、天然痘ウイルスと頻繁に会うようになった。普段は何かから隠れているらしい。私がやってきた時だけ、世間話をするために、現われるのだ。

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