第17話

 私は一寸法師の妖怪である。背丈は一寸もない小人だ。妖怪たちばかりが通う学園に在籍しているので、それほど疎外感はないが、一般の学校であれば、誰にも話しかけられずに確実にボッチになっていただろう。


 私は机の上に、さらに小さな机と椅子を置き、そこで授業を受けている。物を小さくする能力を持っているため、教科書やノートなどは市販のものを小さくして使っている。友人は少ない。体が小さな私がメンバー内にいた場合、鬼ごっこなどの普通の遊びができなくなる場合が多いからだ。積極的に友好関係を築きたいと思う者は少ないだろう。そんな私に最近、よく絡んでくる妖怪がいる。フェニックスの妖怪だ。この日の昼休み、小さくしていた弁当箱を元の大きさに戻し、白米の海にダイブしながら食事していた時、不死子がやってきた。そして、前の席に座った。


「法子さん法子さん。わたくし、お願いがありますの」


「なにさー?」


「おばさまの腸内フローラが見てみたいのですわ」


「腸内フローラって何さー?」


「口で説明するのもなんですし、見れば一目瞭然ですわ。腸内フローラとはですね」


 不死子は持ってきたノートに絵を描いて説明を始めた。


 腸内フローラとは、回腸から大腸にある部位のことだそうな。100種類以上かつ100兆個の個体数がいる場所でもあるという。あまりにも桁が多すぎて、想像がつかない。時間は有限ゆえに、私は癌細胞モンスターの反応が感知できない場所には、無駄に足を運んだりはしない。なので、ママの体の中の異世界でも未踏の場所だ。


「不死子ー。いつも助けてもらっていて、こんなことをいうのは、忍びないけど、私のママの体の中は、見世物じゃないさー。遊園地でもないさー。面白半分で連れてはいけないさー」


「面白半分でもいいではありませんか。だって、残りは真剣なんです。面白半分。真面目がもう半分! それでいいではありませんか」


「ああいえば、こーいう奴さーね。不死子が説明したその場所は、私はまだ行ったことない場所でもあるさー。つまり、私のアンテナが行く必要がないと訴えている場所なのさー。行っても無駄になるだけさー」


「病気はがんだけではありませんわ! それ以外の病気になっているかもしれません。では、こういうのはどうでしょうか? もしわたくしが見てみまして、何かしら問題があったりした場合、特別兵器をお譲りします」


「特別兵器?」


「それはですね、ゴニョゴニョ(わたくしの能力で創造したお薬のことですよ)」


 不死子は私の耳元に口を近づけて、小さな声で言った。私が現実世界とリンクした異世界を創造できるのと同様に、彼女も薬を無から創造する裏能力を持っている。


 この日の放課後、早速彼女はお泊りセットを持ってうちにきた。週末はママの体の中の異世界に同行させてあげる約束をしているので、彼女は週1で私の家に泊まりに来るようになった。そして戦闘狂な彼女は、癌細胞モンスターとの戦闘を楽しんでいた。レベルはかなり上がり、彼女はスーパーマンのようなウルトラパワーを身につけた。しかし、まだ力の使い方に慣れてはおらず、体育の授業で100メートルを一桁台で走ったりと、日常生活で明らかに『異常』な行動を見せるようになったので、力の使い方に慣れるまでは、私の世界に入るのはお預けの状態にしていた。ウルトラパワーが身についた理由を誰かに問い詰められた場合、結局のところ私の裏能力のことも話さないと説明がつかないからだ。『異世界を創り出す能力』もレアだが、『妖怪や人を進化させる能力』というのは激レアで、私の身だけではなく、ママの身にも危険が及ぶ可能性も危惧している。世の中には悪い人間はたくさんいる。ママを人質にとって、私の能力の恩恵に預かろうと思う奴らはきっとたくさんでてくるだろう。この日、彼女が腸内フローラが見たいと言ったのは、ママの体の中に入る口実としてなのだろうと思った。


 不死子は私を肩に乗せて、玄関を通って台所に入る。


「おばさま、久々に泊りにまいりましたわ」


「いらっしゃーい。夕飯はまだかしら?」


「はい。ご馳走になりますわ」


「少しは遠慮しろさー」


 不死子は当然のように台所にある椅子に座り、料理を待った。まさに、勝手知ったる他人の我が家状態である。ママも、規格外な低身長の娘にできたお友達ということで、嬉しそうに手厚く歓迎しているので、まぁ、いいのだが。そして、いつものように夕食をばくばくと食べた後、居間で私と対戦格闘ゲームをして、風呂に入り、再び対戦格闘ゲームをして、ママの就寝を待った。そして、ついにその時がきた。


「ふぁ~。じゃあ法子ちゃんと不死子ちゃん、夜更かしせずに、寝るのよ。明日が休日だからって、無理しちゃだめよー」


「はいさー」


「おばさま。おやすみなさいませー」


 私達はそれぞれ返事する。バタンとママの寝室のドアが閉まるや、すぐに確認しにドアの隙間からママの寝室を覗きにいった。照明が消えるとほぼ同時に、グースピスピ、と寝息が聞こえてきた。


「さすがはおばさま! やはり即寝のスキルを習得しているのではないのでしょうか」


「ただ、寝つきがいいだけさー」


「いえいえいえ。こんな寝つきの良さは、スキルです。そうでなければ、ギネス級ですわ。寝つきの良さで世界新記録を狙うことができます」


「じゃあ、準備して、いくさー」


 私達はゲーム機を片付けて、照明を落とした。そして打ち出の小槌で不死子の体を小さくしてから、ママの寝室に忍び込む。いつものように布団をよじ登り、ママの体の前で『ファンタジーワールド』の能力を使い、体内に入った。回腸と大腸の間にある場所が目的地なので、下半身の方の入り口を使った。


 カラフルな通路で武者鎧とナース服に装備をしてから、大腸工業都市が一望できる丘に出る。赤血球タクシーを呼んで、目的地を大腸と回腸の間に指定した。それから1時間もかからないうちに目的地に到着した。この場所は、これまで来たことがなかったので、その景色を一目見てびっくりした。『腸内フローラ』の名にふさわしく、綺麗な色とりどりの花畑が広がっていたのだ。綺麗な景色に見とれていた時、近くの花だと思っていたものたちが、ノッソノッソとこちらに向かって歩いてきた。そして、私に声をかけてきた。


「こんちわー創造主」


「き、君は誰さー?」


「僕はビフィズス菌です」


「ワタシは乳酸菌だよー」


 頭に花を咲かせている2つの個体は、笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねた。なんだかカワイイ。彼らについて、不死子が説明してきた。すでに彼女が持つビデオカメラは、撮影モードになっている。


「おほほほ。彼らは善玉菌と言いまして、腸内環境を正常に保つ際に、なくてはならない存在なのですわ」


「そうなのさーか?。頑張ってるさーねー」


「てへへへ。褒められちゃったーい。そんなに仕事はしてませんけどー」


「うん。してないしてない」


 そういいながら、万歳している。


「えええー。それはダメさー。仕事をしてほしいさー。サボっちゃだめさー」


「はーい」


 ビフィズス菌と乳酸菌は、手を挙げながら元気に返事をして、地面に転がっていた物質をモグモグと食べ始めた。そして、お尻から何かを排出した。


「ふー」


「なにしてるさー? 君たち?」


 私は眉間を寄せながら質問した。なぜなら、こちらからは、ご飯を食べてウンチをしただけにしか見えなかったからだ。


「仕事をしてたのです」


「今日も頑張ったよー」


「それが仕事なのさーか?」


「えへへへ。褒めてくれてありがとう」


「褒めてないさー。びっくりしてるだけさー」


 私は色々な意味で驚いた。不死子は私の隣で、はぁはぁと興奮しながら、ビデオカメラの撮影に没頭していた。私にじっと視線を向けられていることに気づいて、体裁を整える。


「お、おほほほ。善玉菌のお仕事を録画することができまして、わたくしはとても嬉しいですわ。法子さん、体の中でのお仕事というのは多岐にわたっているのですわ。これも立派なお仕事なのです」


「ふーん。そんなものなんさーね」


 そんな時、花畑から雄叫びが聴こえた。


「生存競争ぉぉぉおおおおおー」


「うっほおおお。あれはまさか! まさかっ!」


 不死子は興奮しながら、雄叫びがした方角にカメラを向けた。再び、はぁはぁと興奮しているようだ。私は変な性癖にでも目覚めたのだろうかと、友人の立場から、不死子を心配した。目の前では先程まで静かだった、黒色のかかった花の軍団がのそのそと動き始めていた。黒い花の下には大きな唇があり、そこから、臭気のような黄色い空気を撒き散らしている。まさにモンスターの外見だ。


「不死子、あいつは、なにさー? 敵さーか?」


「はい。あれはある意味、敵です。倒しても構いませんよ」


「よ、よーし。やっつけてやるさー」


 私は針を鞘から出して、斬りかかった。植物型モンスターは結構強かった。しかし、倒せないという程ではない。私は何匹かを倒してから戻ってきた。レベルは7に上がった。


「はぁはぁ。強敵だったさー。不死子、今のは何者さー」


「あれは、悪玉菌ですわ。ありがとうございます。面白い映像が撮れました」


「え?」


「倒しても構わないと言いましたが、倒さなくても構いませんでしたわ」


「えええええー。ま、まさか、映像を撮りたくて、私をけしかけただけだったのさーか?」


「はい。そうですが?」


 私は膝から地面に崩れ落ちる。


「当たり前のような顔でそんなことを言うなさー。私はもしかして、命をかけて、無意味なことをしたのさーか?」


「おほほほ。いいではありませんか。戦闘ができたのですから。わたくしなんて、法子さんに禁止されているので、ウズウズしてますの。戦闘ができて羨ましいですわー」


「この戦闘狂めっ! この異世界で身に着けた力をコントロールできるようにならない限り、不死子は戦闘は禁止さー」


「分かっておりますわよ。法子さんの裏能力はくれぐれも内密にですものね」


 私達がそんなこんなで話していたところ、杖をついた老人のような生き物がやってきた。頭には黄色い花を咲かせている。


「ほほほ。威勢がよろしいですのぉ」


「あ、あんたは、何者さー?」


「ワシは大腸菌ですじゃ。ちなみに神様が先程、退治されたのはウェルシュ菌ですじゃ」


 私が倒した悪玉菌は『ウェルシュ菌』という名前だったのか。色々と種類がいるそうだが、臭い息を吐きそうな植物系モンスターは、全てが悪玉菌と思ってもよさそうだ。外見も黒っぽいし。不死子は、大腸菌を名乗る足の生えた老人植物のことを、目をキラキラさせながら見つめている。


「まさか大腸菌って、あの有名な大腸菌ですの! 生きているうちにお会いできるなんて、感激ですわ」


 不死子は妙にテンションが高まっている。


「ほほほ。ウンチをしたら、手にくっついているかもしれない私達を石鹸で洗い流すことで有名な、あの大腸菌ですじゃー」


「変に自虐的さー」


「ほほほ。ここは腸内フローラ。花畑です。心ゆくまで眺めていってくだされ」


 大腸菌は、そう言って去っていった。


「大腸菌は、悪い奴じゃなさそうさー。彼も善玉菌の仲間さーか??」


「そうでしょうか? わたくしは信用できないと思いましたわ」


「あれれ?」


 さっきのアイドルとでも会ったかのような反応は、なんだったのだろう?


「ちなみに、あの方は善玉菌の仲間ではありません」


「どういうことさー? つまり、悪い奴ってことなの? 悪玉菌のようなモンスター臭はしなかったさー」


「大腸菌は、一言で表すなら、謎の多い『菌』である、とも言えますね。日和見菌と言います」


「謎が多いって、不死子がただただ知らないんじゃないのさーか?」


「ぎくり。わ、わたくしだって知らない事はたくさんあるのですよー」


「頼りがいがないさー」


「誰にでも知らない事はあるものです。あぁぁ、それにしても法子さん、こちらに連れてきてくれてありがとうございます。腸内フローラにいる住民の有名どころは全て撮影に成功することができましたわ。わたくし、大満足です」


「喜んでくれてよかったさー。あと、不死子がここのことで知ってること、色々と教えてほしいさー。私も腸内フローラに興味がでてきたさー」


 景色が綺麗だしね。今後は、気分転換に頻繁に足を運ぼうかと思った。


「わかりました。では、ご説明しましょう」


 不死子によると、腸内フローラには100種類を越える菌が生息しており、それらの菌は大きく分けて、3つに分類されるという。


 善玉菌・悪玉菌・日和見菌に。基本的に、善玉菌は体にプラスの影響を及ぼし、悪玉菌はマイナスの影響を及ぼす。そして、日和見菌は中立である。そして、それぞれの菌は個々で生息しているわけではなく、グループごとに固まっている。それゆえに、花畑のように見えるらしい。よって『腸内フローラ』という名前が付けられた。悪玉菌は攻撃的で、私達を襲ってくるので、私と不死子は善玉菌と日和見菌たちが集まっている場所だけを散歩した。


「不死子、それで、どこか悪いところとかは見つかったさーか??」


「特にはありませんね。ちょっと気になるところはありましたが、まぁ、特に何かをしたほうがいいということは、ありませんよ」


「ほっ。それを聞いて安心したさー」


 早朝5時頃にママの体の中から出た。今日は日曜日ということもあり、私達は午後までずっと眠っていた。


 それから三日後。部室に置かれているお椀の中でウトウトしていたところ、不死子が声をかけてきた。ちなみに彼女と私は同じ部に所属している部員仲間でもある。


「法子さん、どうかされましたか?」


「なにがさー」


「ここのところ、とても眠そうではありませんか。まるで、癌細胞モンスターと戦っていた時のようなウトウト具合でしたわ。最近は、癌細胞モンスターとはそれほど戦っていないと言ってましたよね? 『ダンジョン落とし』が実行出来る位まで、免疫細胞の増加を待つだけとか言って……」


 私はキョロキョロと部室内を見渡した。誰もいない。なので、そのまま答えた。


「実はここのところ毎晩のように腸内フローラに行って、悪玉菌と戦っているのさー」


「ええええー」


「悪玉菌のやつ、意外に強くてたくさんいるさー。453匹ほどを倒したところで、ようやく無駄だと悟ったさー」


「そりゃあ、そうでしょうね。兆の単位の中のたったの453個体を倒したところで、なーんにも変わりませんわ。花畑の環境改善それ以前の問題ですわ」


「もっとレベルを上げれば、一騎当千の武将並に強くなれるかもしれないさー」


「いいえ。無駄です。いくら法子さんが一騎当千なスペシャル武将に成長したとしても、兆の敵の軍勢の前では歯が立ちません。考えてもみてください。一体を1秒で倒せるようになったとしても兆の敵を倒すのは数兆秒かかるですよ?」


「……だよさーね」


「なんですか、なんですか。わたくしにはレベル上げを禁止にしておいて、ご自身だけでそんな面白そうなことしているなんてずるいですわ! なにこっそりとお一人でバトっておられるのですか。バトるなら、わたくしも呼んでくださいよ」


「だから、ママの体の中は見世物じゃないさー。遊園地でもないさー。そして、不死子、あんたはまだバトル禁止中さー」


「わ、わかってますわよ。力の使い方のコントロールが身に着くまで、ですわよね?」


「今、全くコントロールできてないのは、あんたが一番分かってるはずさーよ」


 今日の不死子は、体育の授業でバレーボールのボールをスパイクした時、パンと破裂させた。ボールが欠陥品だったという結論で収まったが、私はヒヤヒヤした。


「それにしても、前回一緒に腸内フローラに行きました時は、それほど問題があるようには思えませんでしたけど。何か気になる点でもあったのですか? 放っておいても、大丈夫なのではありませんか? そもそも、悪玉菌退治は法子さんのお仕事ではなく、善玉菌のお仕事なのです」


 その説明に私は失笑した。


「むりむり。あのヨワッチイ善玉菌たちには、悪玉菌は倒せないさー。いつも、逃げ回っているだけさー」


「そうですか? どちらにせよ、あまり、干渉なさらないほうが、宜しいかと思いますけど?」


「そういうわけにもいかないさーよ」


「それはどうしてですか?」


 ふいに、どう答えるか迷った。しかし、不死子は口が堅いので、正直に話すことにした。


「実は犬賀美が予知したさー」


「犬賀美さんが?」


「私は彼女に、ママの体調を毎週予知してもらっていたのさー」


「そ、そうだったのですね……知りませんでした」


「そして、犬賀美が今週、ママの体の『お花畑』で異変が現われると予知したさー。そこで私は『お花畑』と聞いて、ピーンときたさー。腸内フローラの悪玉菌が何かをやらかすんじゃないかと思ったわけさー」


「犬賀美さんの予知ですか? ふむふむ。でしたら、本当に何かが起きるかもしれませんね。なので退治をしていたのですか。何か異常があれば、わたくしに相談してくださいね?」


「ありがとさー」


 犬賀美は犬神の妖怪でクラスメイトでもある。未来予知の能力を持っており、その的中率は100%だ。ただし、こちらの行動次第では変えることも可能な未確定な未来でもある。私はそんな彼女にママの容態について毎週のように占ってもらっていた。そして今週、犬賀美は『お花畑で異常が発生するワン』と予知をした。「それは一体どういう意味さー」と質問するも、本人も分からないらしい。だからこそ、私はここ最近は『お花畑』にあたる『腸内フローラ』で、張り込みをしながらも、悪玉菌と戦っていたのだ。


 そして、この日の夜、ついに予知されていた異常が現実のものとして現われた。


 翌日の朝、私は登校するなり不死子の元に直行した。不死子の医学の知識であれば、私の目の前に立ち塞がった悩みを解決してくれるかもしれないと思ったからだ。私は不死子の席の近くで、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「不死子ー、大変さー」


「おやおや、法子さんではありませんか。どうかしましたの?」


「どうかしたもなにもないさー。非常事態さー。助けてほしいさー」


「構いませんわ。ここではなんですので、お昼休みに屋上にでも行ってお話しましょう」


「OKさー」


 それから、お昼までずっとウズウズしていた。そして昼休みになると、私と不死子は屋上に行った。そして、弁当を出すまもなく私は一大事について彼女に伝えた。


「大変さー。めちゃくちゃ大変さー」


「犬賀美さんの未来予知が当たった、ということですわよね。一体何があったのでしょうか? 食事をしながら、じっくり聞かせてください」


「了解したさー」


 私と不死子は弁当を出した。私は元の大きさに戻した弁当箱の中で、白米の海に埋もれながらも説明を始めた。


「悪玉菌モンスターが、大量発生したのさー」


「大量発生ですか? 悪玉菌の数が増えるのは、いくつかの条件が重なった場合、確かに実現しますね」


「それだけじゃないさー。私、裏切られたさー。悔しいさー」


「裏切られたとは?」


「日和見菌さー。あいつら、私が一緒に悪玉菌を倒そうと同盟を結ぼうと誘ったら、ニコニコしながら了解してくれたのに、悪玉菌の勢力が拡大したとわかると、手のひらを返したように、同盟破棄してきたさー。そして悪玉菌の味方についたさー」


「日和見菌とは、基本的には優勢な方の味方ですからね……」


「善玉菌はヨワッチイし、日和見菌は裏切るし……もう、頼れるのは不死子しかないさー」


「おほほほほ。良いですわよ。では、今日、おばさまの体の中に入れていただけますか? そしてバトルもそろそろ解禁してくれますか?」


「助けてくれるのさーか?」


「もちろんですわ。実は、こうなるだろうと期待していたのです。今か今かと、毎日のようにお泊りセットを学校のロッカーに置いていたのですわ」


「じゅ、準備がいいさーね……。まぁ、どうせ今日は週末さー。助けてくれるのなら、解禁するさー」


「わーい。では今晩、さっそくおばさまの体の中の異世界で、わたくし、久しぶりにこん棒を振りまわして無双しますわよ。そして、秘策もありです!」


「頼りにしてるさー」


 この日、いつものように夜まで待たず、帰宅した私達はすぐにママの体の中に入った。というのも、体調が優れないからといって、横になると言ったママはすぐに眠りについたのだ。おそらく、腸内での悪玉菌の大量発生がその原因だろう。私達はママが寝たのを確認すると、すぐさま体の中に入り、腸内フローラに急いだ。


 腸内フローラに到着すると、不死子はホームカメラを撮り出して、撮影を始めた。


「わああああ。すごいですわね。悪玉菌の勢力図が急拡大していますわ」


「不死子、どうしたらいいさー」


「とりあえず、倒しましょう」


「わかったさー」


「久々の戦闘ですわー。腕がなまってなければいいのですが、きゃっほーい」


「こらあああああ。真剣にやるさーよー」


「分かってますわ。では、いざ、出陣しましょーう」


 それから私と不死子VS悪玉菌&日和見菌の死闘が始まった。そして、5時間ほどかけて私は80匹ほどを仕留めた。一方、不死子は152匹も仕留めたようだ。悪玉菌モンスターは、かなり強て、その総数も半端ない。億や兆の単位ゆえに、終わりが見えず、私は疲労でぶっ倒れそうになった。


「はぁはぁ……強いさー。多いさー」


「法子さん一旦、引きましょう!」


「ええええー。逃げるさーか」


「違いますわ。『てってれーてってれー』と頭の中でアナウンスがあってレベルが上がりましたし、そろそろ『本格的』に『治療』を始めないと、おばさまが起きる時間に間に合わないと思ったのです」


「え? えええええええ?」


 どういう意味だ? 私達は腸内フローラの花畑から離脱して、安全地帯にまで避難した。腕の筋肉は悲鳴をあげており、もう上げられそうにない。それは不死子も同じ様子だった。


「それでは、ここで秘密兵器を使いましょうか」


「なになに? そんなものがあったのさーか? だったらなんで私たち、5時間もの長時間をぶっ通しで戦ってたのさーか? あと、『本格的』に『治療』ってなんなのさー」


「おほほほ。これまでは単純に戦いたかっただけですわ。法子さん、最近は中々戦わせてくれないのですもの。フラストレーションが発散できて、とても有意義な時間でしたわ」


「だったら、私抜きで一人で戦えさー。私、命を張って、死に物狂いで戦ってたさー。私まで巻き込むなんじゃさー」


 とんだ骨折り損だったのだろうか。私は不死子をカッカしながら非難した。しかし、彼女は全く動じていないようだ。


「おほほほ。法子さんだって、経験値を手に入れたから、いいではありませんか。レベルも上がったはずですわよ」


「レベルなんかよりもママの治療の方が優先さー。秘密兵器があるのなら、最初から出すさー」


「わかりましたわ」


「頼むさー。マジで頼むさー」


「うむむむ……でてこいでてこい、でてこいなー。でてこいでてこい、でてこいなー」


 不死子はこん棒を地面に置くと、手をポケットに入れて、呪文のような台詞を言いながら何かをポケットから出した。そして、それを私に向けてきた。手の上には粉のようなものが握られている。不死子はそれを掲げてポーズをとる。


「じゃーん。いでよぉぉおおおー」


 不死子はポージングをとって格好をつけるも、何も起きない。赤面しながら、私に粉を向けてきた。


「……『使って』やってください」


「わかったさー。そりゃあああ」


 私は不死子の手の上の粉を『使用する』と念じて指で突いた。すると、眩い光を出しながら、粉が一気に周囲に散った。すると地面に落ちた粉の一粒一粒が、私の頭ぐらいの大きさになって、ぴょこっと手足が生える。そして、楽しそうに飛び跳ねだした。


「じゃじゃじゃじゃーーーん。いでよ、オリゴ糖。どうですか、わたくしの召喚した子たちは!」


「不死子が召喚したわけじゃないさー。私が魂を込めて……って、あれれ?」


 先程まで粉だった小さな生物たちは、不死子の周りに集まる。不死子に懐いている様子だ。「購入者様。購入者様ぁー」と笑顔で飛び跳ねている。


「おおおお。これは可愛いですわ。オリゴ糖を具現化したような存在が単体で現われるのかと思ってましたが、粒の一粒一粒が生命を持つのですね」


 不死子はしゃがみこみ、自身の周囲に集まっている球体たちの頭を撫でている。


「不死子、こいつら何者さー」


「ですので『オリゴ糖』ですわ。腸内フローラでの異常といえば、3勢力のバランスの変化でしょう。こうなっていることを予期しまして、わたくしは昨日のうちにネット注文していましたの。オリゴ糖はわたくしがわざわざ創造しなくても、ネットで簡単に買えちゃうものなのですわ。おほほほ」


「どうでもいいけど、早く、仕事をさせるさー。オリゴ糖くんたち、悪玉菌モンスターを倒してくるさー」


「えぇぇぇーやだやだ。やだもん」


 オリゴ糖たちは、ブーブーと、文句を言い始めた。ええええー。まさか、役に立たないのか? 見ると、不死子も信じられないといった顔で私を見つめていた。


「法子さん、あなたは何を言っているのですか?」


「え?」


「法子さんが戦えというので、オリゴ糖さんたちが怖がって震えているではありませんか」


「ガクガクブルブル。こわいおー。こわいおー」


 びえーん、と泣き出しているオリゴ糖もいる。


 ………………。


「こんな可愛い子たちに、戦えというのですか? そんな野蛮なことはさせません。オリゴ糖さんたち、戦わなくてもいいのですよ。安心してくださいね」


「本当に? 本当なの、購入者様?」


「もちろんですわ」


「わーいわーい。らんらんらん。わーいわーい。らんらんらん」


 オリゴ糖たちはスキップしながら踊り始めた。な、なんだこの光景?


「な、何のために呼んだのさー? 秘密兵器じゃなかったの? これじゃあ役に立たないさー。八方ふさがりさぁぁぁー」


 私は頭を抱えて叫んだ。


「大丈夫ですわ。なにも戦うことばかりが強さの証ではありません。さあ、オリゴ糖さんたち、お仕事をしてきなさーい」


「わーいわーい。おしごとおしごとー」


 そう言いながら、オリゴ糖たちが、よもや悪玉菌が勢力を広げ過ぎて、暗黒大陸のようになっている腸内フローラに突っ込んでいった。


「大丈夫さーか?。私、めっちゃ不安さー」


「おほほほほ。大丈夫ですわ」


「その根拠が不明なのさー」


 しかし、本当に大丈夫だった。勢力図はみるみると変化していったのだ。なんと、オリゴ糖の働きにより、これまで逃げ回っていただけのヨワッちい善玉菌がムキムキのマッチョにパワーアップした。更に、増殖を活発化させて、どんどんと悪玉菌に殺されたその数を増やしていく。さらに極め付けは、これまで悪玉菌側に立っていた日和見菌が再び裏切り、善玉菌側について、悪玉菌へ攻撃を始めたことだ。まさに関ヶ原の勝敗を分かった、小早川秀秋のごとき働きをみせたのだ。


「うぉぉぉー、これはすごいさー! たかがオリゴ糖! されどオリゴ糖ってことさーか?」


「おほほほ。でも、やり過ぎてはいけないので、そろそろ、戻しましょう」


「えええ? この調子で、悪玉菌を全滅させようさー」


 現在の勢いであれば、悪玉菌を全滅させることも可能かと思われた。それほどに凄まじい勢いで善玉菌は悪玉菌を駆逐していってるのだ。


「いいえ。悪玉菌は癌細胞ではありません。悪玉菌がいなくなると、これまた健康に被害がでるのです。理想のバランスは善玉菌:悪玉菌:日和見菌が2:1:7なのですわ」


「そうなのさーか」


「そうなのです。悪玉菌は悪玉菌で、ちゃーんとおばさまの体になくてはならない、大事な存在でもあるのです」


「うーん。人体って複雑さー」


「何事もバランスが大事なのですわ。偏ってはいけないのです。おほほほ。腸内フローラのバランスを維持する為にも、おばさまにはオリゴ糖を食べてもらってください。今回はこちらの世界で使ったゆえにすさまじき効果が出ましたが、日常的には口内摂取でも十分ですわ。オリゴ糖は善玉菌を活性化させる食品なのです」


「わかったさー」


「では、オリゴ糖さんたちを呼び戻しましょうか」


 私と不死子は口に手をそえて、叫んだ。「帰っておいでー」と。すると、腸内フローラからピョンピョンとオリゴ糖たちが戻ってきた。菌には、それぞれに色がついているので、腸内フローラは花畑に見える。そして、その割合は善玉菌:悪玉菌:日和見菌が大体だが、2:1:7になっていた。これで問題は解決しただろう。


 人体の不思議さを、再認識させられた。

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