第6話 彼女と温泉旅行②

 心、無事でいてくれてよ。そんなことを考えれていたのは最初の五分くらいだった。現に俺はもうヘトヘトだった。やっと旅館に着いた。

 

「はぁ、はぁ。こんなことなら部活しておけばよかった」

 

 今にも倒れそうだが、最後の力を振り絞って心がいる部屋に向かう。

 

「大丈夫か、心……って、え?」

 

「あー、おかえり。そんな息を切らしてどうしたの?」

 

「空牙くんすごい汗びっしょりだね」

 

 心とゆめが二人でゴロゴロしながらアイスを食べていた。あれ、なんか襲われたんじゃないの?

 

「電話してた時、悲鳴あげたろ」

 

「あー、あれか。ごめんごめん。ゆめが電話貸してって引っ張ってきて転げそうになって、おまけにハエが首にとまってきてさ。大変だったよ」

 

 はぁ、そんなことか。あのおばさんが妙に真実っぽいこと言うから早とちりしちゃったよ。

 

「そのあと電話かけたんだけど繋がらなくて。心配したんだよ。あ、溶けちゃう溶けちゃう」

 

 絶対心配してないだろ。だって、帰ってきた時二人でゴロゴロしながらアイス食べてたもん。

 

「あぁ、そうか。無事で良かった」

 

「あのさ、空牙くんのこと『くーくん』って呼んでいい?お姉ちゃんと呼び方一緒だとなんかムズムズするから」

 

 ゆめちゃん『くーくん』は恥ずかしいよ。せめて、『空牙先輩』とか『空牙』にして欲しい。

 

「それはちょっと恥ずかしいかな」

 

「おねがいーおねがいー」

 

「わかったよ!もう、何でも呼んでくれ」

 

 こうなったらやけくそだ。こんな可愛い顔して頼み事するのはずるいぞ。断れないじゃないか。

 

「そんなことより空牙くん。汗かいてるんだかお風呂に入ってきたら?」

 

「そうだな。行ってくるわ」

 

 俺は自動販売機で水を買って温泉に向かった。温泉に入るのは久しぶりなので、ワクワクしていた。家でも長湯するタイプだが、温泉はもっと長い。さて、ゆっくり楽しもうかな。

 

「ふぅー、極楽極楽」

 

 自然と声に出ていたみたいだ。右に座っているおっちゃんが声をかけてきた。

 

「兄ちゃん、若造のくせに立派なもん持ってんなぁ」

 

「ちょ、どこ見てるんですか!」

 

「がはは、細かいとこ気にすんなって。俺なんてよ最近調子悪くてさ」

 

 

 

「……はぁ」

 

 癒されるために温泉に来たのに、このおっちゃんのせいで台無しだ。

 

「兄ちゃんよぉ、若い子はやっぱり活発なんけ」

 

「知りませんよそんなこと」

 

「そんな硬いこと言うなよ~。それより、今日ここに泊まりに来てるお嬢ちゃんたち可愛いよな」

 

 心達のことだろうか。もちろん可愛いに決まってるだろ。絶対に近づくなよ、エロ親父。

 

「そうですかね」

 

「いやぁ、あれは可愛いね。あと三十年早けりゃ抱いてたね」

 

「てめぇの木の実捻り潰すぞゴラァ」

 

 自分で何を言ったのか分からなかった。ただ、おっちゃんの顔が青ざめているので、よからぬ事を言ったのは確かだろう。

 

「……あ、もしかして兄ちゃんの彼女さんかな」

 

「はい、そうですが何か?」

 

「いやぁ、すまんね……どうか捻り潰すのだけは勘弁してください」

 

 捻り潰す?一体僕は何を言ったのだろう。

 

「あ、全然大丈夫ですよ」

 

「ほいじゃ、もうわしは出るわ」

 

 そう言って颯爽と逃げていった。いつの間にか周りの人達もいなくなっていた。ふぅ、やっと一人になれようだ。あと一時間は入るぞ。

 

「そこのあなた、お背中流しましょうか」

 

 女の人の声が聞こえた。あれ、ここ男湯だよな?気になって後ろを振り向くと心がいた。

 

「ちょ、え、何やってんだよ」

 

 一応タオルは巻いているみたいだが、色々とアウトだ。

 

「多分、空牙くん疲れているでしょ?だから、元気になって欲しくて」

 

 そうか。心は俺を癒すためにきてくれたのか。

 

「ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておくよ。ここは男湯だから、バレたら大変なとこになるからね」

 

「……そっかぁ。わかった」

 

「あれ、温泉誰もいない?」

 

「え、もしかして貸切?うっしゃー」

 

 ほら見ろ。誰か入ってきたぞ。しかも中学生二人組のようだ。絶対に心の裸は見せないぞ。

 

「心、俺の後ろに隠れて。できるだけ沈んで見つかりにくくして」

 

「わかった」

 

「ひゃほーい。あ、人いたんだ。すみません」

 

「お兄さんめっちゃ泡立ててますやん。どうしたんですか?」

 

 俺は必死に手でお湯をバシャバシャしていた。はたから見たらただの頭がおかしい人に見えるだろう。だが、今の俺には恥じらいの気持ちなんて一つもない。俺は心の裸を隠すための泡立て器だ。

 

「俺はいつか飛べたらいいなって思って、風呂では毎日してるんだ。結果腕の筋肉も着くしね」

 

 二人は見てはいけないものを見たような顔だった。多分二人は、世界には色んな人がいるということを学べただろう。

 

「……そうですか。頑張ってください」

 

「……俺、露天風呂行くわ」

 

「ちょっと待って、俺も行くから!」

 

 そう言って二人は消えていった。任務完了。

 

「心いまのうちだ。早く出るんだ」

 

「……空牙くんバスタオルが流されちゃった」

 

 そんなことある!?後ろをチラッと見たが本当にバスタオルがなかった。

 

「じゃあ、俺の使え」

 

「人のも借りるなんてダメだよ。私が空牙くんの背中に引っ付くから、そのまま一緒に来て」

 

 わけがわからん。心にはいち早く出て欲しかったので了承することにした。

 

「……わかった。できるだけ早くしてね」

 

「えいっ」

 

「ちょ」

 

 俺の背中にボタンが二つ当たっているのがわかった。そのまわりはマシュマロで覆われていた。

 


「あんっ……いやっ」

 

 歩く度にボタンが擦れ、その度に心から声が漏れる。

 

「うわぁ、あっぶね」

 

 滑ってバランスを崩してしまった。心の押し付ける力が増す。もうくっきりと固いものが二つあるのが感じられる。あと少しだ頑張れ俺。

 

「ほら、着いたぞ」

 

「空牙くんありがとう」

 

 温泉に入る前より軽く十倍は疲れた。俺も一緒に出ることにした。風呂から出たらすることは一つしかない。そうだコーヒー牛乳を飲むのだ。俺はこの世で温泉とコーヒー牛乳は一番の組み合わせだと思っている。

 

「……おいおいまじかよ」

 

 まさかの売り切れ。今日は本当に災難まみれだ。

 

「よぉ、兄ちゃん。風呂長かったな」

 

 誰かと思えばさっきのエロ親父だった。しかもそいつはコーヒー牛乳を片手持っていた。

 

「いやぁ、風呂出たあとのコーヒー牛乳は最高だわ。今日は運がいい。コーヒー牛乳はわしで最後やったわ」

 

 寄りにもよってこいつが最後のコーヒー牛乳を飲んだのか。一発しばいてやりたい気分だった。

 

「俺はいいですよ。それじゃ部屋戻りますね」

 

 部屋に入ると速攻寝ることにした。今日は本当についてない。これ以上起きてても、いいことなんて何もないに違いない。

 

「くーくん!起きてるー?」

 

 ゆめが来たようだ。だが俺は寝たフリを続ける。

 

 ――チュ

 

 え?今の感覚って……

 

「ふふふ、くーくんの唇ゲット」

 

 ゆめにキスをされてしまった。本当は起きていたと言うべきか。でも、それを知ったら傷つくに違いない。無視されるのは本当に辛いことだから。

 

「ゆめ、なんでここに居るのよ」

 

「お姉ちゃんおかえり~。私もここで寝ていいことになったの」

 

「えぇ、何それ!」

 

「静かにしないとくーくん起きちゃう」

 

「そっか、空牙くん寝てるんだ。今日ゆっくり出来てなかったからね……」

 

 申し訳なさそうにする心の声が聞こえた。そんなこと気にしなくていいのに。俺は心の笑顔が見れればいいんだ。

 

「明日は二人で癒そうね」

 

「そうだね。これだけはお姉ちゃんに賛成」

 

 二人ともありがとう。俺はなんて幸せものなんだろう。二人はそっと俺の両隣に寝転び、腕を抱き枕のように握りしめた。暑苦しいので出来ればもうちょっと離れて欲しい。でも、悪い気持ちはしなかった。これだけでも十分に癒されている気がした。そんなことを考えているうちに俺は眠りについていた。

 

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