第1話 彼女と初めてのキス

「空牙くんおはよう」

 

声のする方へ振り向くと、そこには学校一の美女、朝日奈心がいた。単刀直入に言うと、俺の彼女だ。だが、朝日奈のことが好きで告白した訳ではない。俺がトイレに行っている間に友達が俺の携帯で嘘コクしたら、成功したのだ。


「お、おはよう……心」

 

女子を名前で呼ぶなんて初めてだ。正直こんなに恥ずかしいとは思っていなかった。


「ふふっ、一緒に学校行こ」

 

朝日奈は手を握ってと言わんばかりに、こちらに向けてくる。


「――っ」


 こんなの可愛すぎる。俺は恥ずかしさを隠しながら、手をそっと握る。


「えへへー。手、意外と大っきいんだね」

 

無邪気に笑う朝日奈が可愛すぎて、このペースでいくと心臓が持たない気がした。


「別に、普通だと思うよ」


「そうかなー。あのね、前告白してくれたじゃん……?ワガママかもしれないけど直接聞きたいの」


「……」


「ダメ、かな?」


 朝日奈は甘えるように上目遣いで見つめてくる。こんなの拒否することは出来ない。


「え?あ、いいけど心の準備が……」


 俺はメールですら告白したことがないのに、いきなり直接告白するとなると、どうすれば良いのか分からなかった。


「じゃあ、今日の放課後屋上で待ってるから!」


「うん、わかった」


「えへへー。楽しみしてる」


 朝日奈は頭をくしくししながら笑っていた。


「学校遅れちゃうよ。早く行こ!」


 朝日奈はグイグイ手を引っ張っていく。リードされっぱなしの俺は少し情けない気がした。


 学校に着くといつもの三人組が絡んできた。


「うわ、あいつ朝日奈と付き合ったってまじかよ」


「あんな根暗陰キャがかよ。あはは、うけるんですけど」


「俺の方がよっぽどかっこいいわ。朝日奈も見る目ねーよな」


 やはり、この話題が来たか。まぁ、俺はいつもの事だから気にしない。人はすぐに自分より下だと、勝手に決めつけて見下す。弱いものほど群れると言うが、まさにその通りだ。


「お前ら、やめろよ」


「人を馬鹿にすることしか出来ないからもてないんだよ。だっせーの」


 龍馬と石田はいつも俺を庇ってくれる。あいつらは数少ないかけがえのない友人だ。


「何?若松のこと庇うの?」


「当たり前だろ。友達なんだから」


「友情とかうける。あーあ、しらけちゃったよ。どっか行こうぜ」


 そう言って三人組は教室をあとにした。


「ありがとうな」


「いいってことよ。気にすんな」


「あれれ、朝日奈ちゃんは?一緒じゃないの?」


「あぁ、朝日奈なら美化委員だから花の水やりしてるよ」


「おいおい空牙、付き合ってるんだから苗字はやめろよ」


 にやにやしながら龍馬が言ってきた。


「どうせ二人の時は、『こころたん』とか『くうちゃん』とかあだ名で呼びあってるんでしょう?あー、想像したら腹たってきた」


「いや、呼んでないから。あと勝手に妄想するな」

 先生が来たので会話は打ち切りになり、二人は席に戻っていった。

 


 放課後になり、約束の場所へ行こうと教室を出て屋上に入ろうとした瞬間だった。


「やめてよ」


 朝日奈の叫び声が聞こえた。


「おいおい逃げれないぜ?屋上なんかに一人できちゃって何が目的なのかな?」


「朝日奈ぁ、あんなやつより俺の方が幸せに出来るぜ?なぁ、俺と付き合えよ」


「どうする?一発やっとく?」


「やめて。離して。」


「ちょいと黙れよ。そうだ、うるさい口にはおしおきが必要だな」


「……くん助けて」


「え、なんて?聞こえなーい」


「空牙くん助けてぇええ!」

 

俺は今までに感じたことの無い怒りが込み上げてきた。俺の事を侮辱するのは構わない。だが、朝日奈が嫌がるようなことをするのだけは許せない。


 ――ドンッ


 俺は勢いよく扉を開け、殴りかかった。


「……ろに、俺の心に触るなぁぁあ!」


 俺は今まで人を殴ったことはなかった。多分それは、今まで自分にとって、大事な人を傷つけられたことがなかったからだと思う。

 


 少し昔の話になるのだが、俺は入学式の時に、風に飛ばされてきた帽子を拾ったのだ。桜舞う中、春風に吹かれていたその人はとても綺麗だった。


「拾ってくれてありがとう」


「いえいえ、どうってことないですよ」


「あ、私は朝日奈心って言います!あなたは?」


「若松空牙……です」


 多分だが、一目惚れしていたんだと思う。でも、俺は根暗で、なんの取り柄もないダメ人間だからどうせ無理だろうと勝手に思い込んでいた。内気だった俺は、この気持ちを胸の奥に閉まっていたのだ。

だから付き合うことになった時はとてもびっくりしたし、正直嬉しかった。でも、俺のせいで心に迷惑かけたらどうしようだとか、俺なんかが心にふさわしいのかという思いもあった。俺の胸の中はずっとモヤモヤした状態だった。

 でも今、俺にとって心はかけがえのない存在であることと、自意識過剰かもしれないが、心にとって俺が大事な存在であるということに気づいた。そして、俺が心のことが大好きだってことに。


「ご、ごめんなさい。許してください」


 (許すわけないだろ)


「お、俺は手伝ってって、頼まれただけだから。み、見逃してくれ」

 

(は?何言ってんの。俺の大事な人傷つけといて見逃すわけないだろう)


「後ろが、がら空きだぞばーか。おらぁ!」


「ぐっ……」


 殴られるのも初めてだが、なかなか痛いものだ。でも、心の痛みに比べればこんなもの大したことではない。


「――空牙くん」


 心の声が聞こえる。俺は全身を奮い立たせた。


「がっ……」


 俺の今日一番のパンチだった。


「いくら俺を侮辱しても構わない、でもな、心を虐めることだけは許さない」


「空牙くん!」


 心の声と同時に抱きしめられた。今までの痛みが全て飛んでいく気がした。


「空牙くんのバカぁ……心配したんだからぁ……」


 心は胸をポコポコ叩きながら涙を流した。


「ごめんごめん、心のことを考えたら、ついカッとなっちゃって」


 俺はにへらっと笑いながら、頭を撫でた。


「でもね、かっこよかった。ありがとう!」


 目は腫れているが、いつもの笑顔に戻っていた。心はやっぱり笑顔が似合う。


「あのさ、心。入学式の時から大好き。俺と付き合ってください」


「ふふふ、あの時は帽子拾ってくれてありがとう。私も大好きだよ。喜んで」


 お互い見つめ合い微笑む。とても幸せな気分だった。


「あ、顔になにか着いてる」


「え、どこ?」


「とってあげるから、目瞑って」


「わかった」


 俺は静かに目を瞑る。その瞬間、唇に柔らかい不思議な感触がした。驚いてつい目を開けてしまった。


「んんんんんんっっ」


 びっくりしてなんとも言えない声が出てしまった。心は俺にキスをしていた。とってもとっても甘くて、今にも唇が溶けちゃいそうだった。


「ふふ、私のファーストキスだからね」


 心はそう言って人差し指を俺の唇に当てる。


「俺もだから。俺もファーストキスだから」


 そう言いながら互いに見つめ合い、もう一度キスをした。今度は舌を優しく絡め合い深く深く愛し合った。心の中はとても熱く、湿っていた。


「はぁ、はぁ、好き……」


 吐息を出しながら、今にも消えそうな声で囁く。


「んっ」


心は、好きと言う度に何度も唇を重ね合わせてきた。焼けるように熱い心の唇から有り余るくらいの愛が俺の中に入ってくるのがわかった。俺は金縛りにあったかのように動くことは出来なかった。

 俺はその日たくさんの初めてを経験した。これから何があっても心と一緒に歩んでいくと静かに胸に誓った。

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