17話


 海岸に向けて降下していくモンスターの背で、一応戦闘服に着替えた東条が腰に手を当て周囲を観察する。

 ……なるほど、あれが黒潮ね。現在進行形で、海の色が徐々に黒く染まっていっている。水の上に漆黒の絵の具を垂らすみたいに、海面の至る所から発生する黒点。


「ひぇ〜、ワクワクしてきたな」


「ワクワク」


 インナーの上から大きな戦闘用ジャケットを羽織ったノエルが、手からウィツィロを生み出しカメラを埋め込む。


「配信は?」


「御心のままに」


「太っ腹だねぇ」


 祭服に着替えたディヴィナも横に並び、三人はみるみる近づいてくる砂漠地帯を見据える。


 乱立するベースキャンプ付近には、大勢の教団員達が戦闘に備え、低空には現在乗っているモンスターと似た様な包帯グルグルモンスターが大量に飛行している。


 一匹だけ持ち場を離れて下降してくる配下に気づいた指揮官達が、空を見上げ警戒態勢に入ったのが見えた。


 三人を乗せたモンスターは、ピリついた視線に囲まれながらも、砂を巻き上げ着陸した。


「……こ、これは、ダムナティオ枢機卿?」


 先にディヴィナの顔を確認した指揮官が、横に視線を動かし、……思考停止、再起動、――理解。


「――ッ拝跪‼︎」


 瞬間近くにいた教団員全員が、一斉に武器を下ろし地面に膝をついた。


 壮観な光景など気にした風もなく、三人はボスッ、と砂地に飛び降りる。


「く〜っ、久しぶりの地面だぜ」


「デジャブ」



『お、』『こんノエー』『こんノエー』『こんノエ』『こんノエ』『最近配信多くて助かる』『それな』『こんノエ』『こんノエー』『何だ何だ?』『お昼に配信とは珍しい』『昼夜逆転治ったか』『昼起きれてえらい』『えらい』『えらい』『ノ俺誇』『ノ俺誇』『ノ俺誇』『ノ俺誇』『ノ俺誇』『ノ俺誇』『?』『どこだここ?』『こいつらまた旅行してんのか』『鳥取砂丘じゃね』『にしては広くないか?』『人種も日本人じゃないだろどーみても』『てか何で皆跪いてんだ?』『そりゃお前』『ノエルだからだよ』『ノエルだからだな』『なるほどな』『間違いない』『草』『真理』――



 コメント欄に反応する二人を置いて、ディヴィナが膝をついていた大司教に歩み寄る。


「ごきげんよう大司教、いきなり申し訳ございませんわ」


「っ、ごきげんよう枢機卿。滅相もございません、長旅お疲れ様です」


 躊躇いながらも立ち上がった大司教が、二人の姿を見て唾を飲み込む。


「まさか、ノエル様自らこちらにいらっしゃるとは。それに眷属であらせられる東条様まで……。っもしや予定に変更が? 私の確認ミスです! いか様な処分も」


「落ち着いてくださいまし。予定はこちらで勝手に変更しただけです。あなたのミスではありませんわ」


「あの方達には、予定という概念がありませんの」というディヴィナの言葉に、露骨に胸を撫で下ろす大司教。


「わたくし達の試練を見学したいとのことですわ。構いませんね?」


「勿論です。では護衛を」


لا أريدهاいらない


 話に割り込んできたノエルに、大司教が慌てて膝をつく。


「アラビア語まで、流石ノエル様ですわ!」


「護衛とかいらない。邪魔」


「っ、……御心のままに」


「……なーんも分からんわ」



『お前がこっち側で良かったよカオナシ』『肩組もうぜ』『マジで何て言ってんだ?』『てか何でノエルは喋れるんだよw』『何語?』『ノ俺誇』『アラビアじゃね?』『てことはここアフリカのどっか?』『翻訳ニキー』『頼むー』『アラビア語まで、流石ノエル様ですわ! 護衛とかいらない。邪魔。御心のままに。こっからできる限り同時翻訳してくわ』『うおっ』『流石だわ』『同接一億はダテじゃないな』『どんどん増えてるし』『なんかめっちゃ敬われてんな』『メキシコ偏でも見たなこんな光景』『そりゃ敬うだろ』『ノエルだぞ?』『ノエル最高』『今日も可愛い』『こっち向いてーー!』『デュフッ、ノエルたんデュフフッ』『お前らちょっと黙ってろ』――


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