10話


 翌朝プニルの背に乗って沖縄を発ち、京都に帰ってきた東条とノエル。


 自宅の門を前にしたノエルとプニルが、怪訝な顔をして鼻をひくつかせる。


「フブルッ」


「どした?」


「ん。……何か嗅いだことある臭い?」


 首を傾げるノエルを不思議に思いながらも、東条は門を潜りドアを開け――……、目をパチクリしたまま固まる。



「サプライズ。だ」



《ドッキリ大成功》のプラカードを持ったファフニールが、無表情で二人を出迎えた。


 口を開けたまま放心する東条。「おー」と驚くノエル。クスクスと笑うアリス達。


 プラカードを掲げる彼の後ろから、ドッキリを見届けた東条家の面々が笑いながら出てくる。


「やっぱりファフニール。お久」


「久しいな、ノエル。息災か?」


「ん」


「おかえり〜」


「ん。ただま」


 ドアを開けたままポカンとしている東条の横を通り、ノエルは一足先に家に上がる。

 ……後に残され、見つめ合う二人。


 我に帰った東条が、ようやく疑問を口にする。


「……え、ファフにぃ何してんの?」


「アリスを殺しに来た。逆に殺されたがな」


「……は?」


 疑問が疑問を生んだ。


 そこで先に二階に上がっていたアリスが、階段の手すりからヒョコッと顔を出す。


「ファフにぃー、いつまで突っ立ってんの? ファームしてファーム、今日他陣営にレイドしかけるからね」


「分かっている」


「ファフにぃまだクソ雑魚なんだから、私達のために物資集めなさい」


「黙れ」


 罵り合いながら二階に上がっていく、いつの間に仲良くなったアリスとファフニールを目に、


「…………え、どゆこと?」


 東条は本日二度目の混乱に襲われるのだった。



「よくあんな得体の知れない奴上げたなぁ」


「ふふっ、うちも最初は驚いたわぁ」


 ソファに座り天井を仰いでいた東条に、紗命が紅茶を入れる。彼の腰に抱きつき東条ニウムを吸っていた灰音も、笑いながら体を起こした。


「自分のことドラゴンとか言う人、狂人か彼くらいでしょ」


「まぁ、見た目めっちゃ龍だしな」


「……あの、桐将様」


 側に立っていたユマが、ソワソワしながら口を開く。


「彼は、その、当家に住むことになるのでしょうか?」


「え? いやいや、あんなヤバいお尋ね者置けるかよ。物件探しくらいは手伝ってやるけど」


「そ、そうですか(ホッ)」


 露骨にホッとするユマに、東条が首を傾げる。


「ゆまはんねぇ、アリスはんを取られてカンカンなんよぉ」


「っそ、そういうわけでは……」


 そりゃぽっと出の人外に友人取られたら嫌だよな。

 恥ずかしそうに口を噤む彼女に、東条も笑って紅茶に口をつける。


「妬いちゃうなぁ。アリスがいなくてもさ、ゆまさんには俺らがいるだろ?」


「そうやよ? それとも、」


「僕達じゃ満足できないかな?」


「っい、いえ、あのっ、奥様方っ?」


 ニヤニヤと笑う紗命と灰音が、ユマをソファに座らせてお菓子を食べさせる。


 東条はそんな微笑ましい光景に立ち上がり、紅茶を飲みながらリビングを出る。階段を登り、アリスの部屋のドアをノックもせず勝手に押し開いた。


「よーう」


「っノックしてって言ってんじゃん⁉︎ てか東条くんは入室禁止! 貼り紙読めし!」


「ファフニール、ここいっぱい掘れる。ここ掘れ」


「そうか。む、アメジストが出たぞ。宝石だ。これは希少なのではないか?」


「ゴミ、溶鉱炉行き」


「……そうか」


「んな寂しいこと言うなよ〜。三人で何やってんだ?」


「ひゃ⁉︎」


 部屋に東条が加わり、騒がしさが二段階くらい上がる。


 東条は新キャラのレベリングをしているアリスの肩に腕を回し、紅茶を飲み干した。


「はぁ。今日戦争するから、そのための準備してるの。ファフにぃはもううちの下っ端構成員だし」


「下っ端ではない」


「ノエルとは同盟結んでるから手貸してもらってる」


「同盟なら俺も結んでるだろ。声かけろよ」


「だって東条くんの陣営、全員ネタ武器縛りの変態しかいないじゃん」


「良いじゃん!」


「やだよ⁉︎」


 シクシクとイジケモードに入った東条を、アリスは「分かった分かったからっ」と仕方なくサーバーに招待した。


「やった!」


 東条はドタドタと自分の部屋に戻り、ゲーミングノートパソコンを持ってドタドタと帰ってくる。


「レイドは総力戦になるから、どんどん暇な人呼んで」


「おけー」「ん」


 東条とノエルの陣営からも、昼間からゲームをしている暇人達が続々と集まってくる。


「我の場所を取るなっ、このっ、アリス! こ奴は殺せないのか⁉︎」


「味方は殺せないってば。仲良くしなさい」


「クッ。っな、何だこの掘削速度は⁉︎ 我の一〇倍は速いぞ⁉︎」


「あーノエルの陣営はマンモスクランなだけあって、廃人が数人いるからね。装備とか物資が潤沢なんだよ」


「っアリス! 城内にモンスターがいるぞ⁉︎ 首から上がドラゴンで、手にトウモロコシを持って走り回っているっ何だこ奴らは⁉︎ 我を冒涜しているのか⁉︎」


「あーそれ東条くんのクラン」


 ファフニールは一気にカオスになった画面を見ながら、本当にこれで勝てるのか? と心底不安になるのだった。


 夜二〇時。レイドバトル終了。


「……勝てた」


「当然」


「はい乙〜!」


「ふぅ。お疲れ皆」


 四人はゲームを閉じ、ハイタッチしながら夕食へと向かった。


 テーブルに並んだエスニック料理に舌鼓を打ちながら、他愛のない会話に花を咲かせる。


「ふむふむ、灰音ちゃん腕上げたねぇ」


「あははっ、でしょ? 試食付き合ってくれてありがとね!」


「このチーズナンうっま⁉︎ 何やこれ⁉︎」


「でしょでしょ〜! 僕が作ったんだよ? もっと褒めてっ」


「……美味い」


「灰音おかわり」


「はーいっ」


 マンゴーラッシーを飲みながら、東条が一息吐く。


「それで、ファフにぃはどこに住みたいとかあるの?」


「……邪魔をされない、静かな所が良い」


「いや無理だろ」


「なぜだ」


「日本もバカじゃねぇ。というか今じゃ、世界屈指の魔法科学技術を持つ国家だ。お前の存在は、近い内に絶対にバレる。ワンチャンもうバレてる」


「……」


 東条の吸っていたストローが、ズズッ、と音を立てる。


「……邪魔をする奴は呪いこ」


「め」「違うだろ?」「ちゃうやろ?」「アハハっ」「バカバカ」「ダメですよ」


 一息で否定され、ファフニールは舌打ちする。


「……なるべく、平和的に話し合う」


「「「「「「そう」」」」」」


 どんどん矯正されていく上位龍の姿を、ベランダから覗いていたネロとプニルが鼻で笑う。


 春巻きをパリパリと齧っていたアリスが、「あ、」とファフニールの顰めっ面を見た。


「それなら、私に考えがあるんだけど……」


「何?」


「マジで? じゃあ任せて良いか?」


「うん。でも同居人が許すかどうか……、まぁ明日聞いてみる」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る