3話


 買った物をビニールに詰め、灰音は夕食の食材を、紗命はノエルとアリス用のお菓子を片手に持って店を出る。


「どうする? タクシー呼ぶ?」


「最近動いてへんしなぁ、歩かへん?」


「良いね」


 二人は涼しい風を浴びながら、鴨川沿いをのんびりと散歩する。


「動いてないって言っても、紗命は体育の授業あるでしょ」


「週一やで? ないようなもんやろ」


「ジムは?」


「……行けてへん」


「うっわ〜〜」


「やかましい」


 紗命は見せびらかす様に露出している綺麗な腹筋を睨み、羨ましそうに唇を噛む。


「あんた最近新大陸行ってへんやろ? どうやって体作っとるん?」


「日頃のランニングと筋トレは欠かさずに、さ」


 灰音が「ふんっ」と力こぶを作る。


「……体はええんよなぁ」


「でしょ? 桐将君にも好評だよ」


「はっ、女は愛嬌やよ」


「じゃあ君ないじゃん! はっはっは」


「ふふふっ」


 前から来た散歩中の犬が、二人の禍々しいオーラに恐れ慄き踵を返して走り去る。焦ってリードを追いかけていく飼い主を、二人は「あらら」とを目で追った。

 そんな時、視線の先に、大きな荷物を持って石階段を上がろうとしているお婆ちゃんを発見する。


 顔を皺々にして一段一段上がっていくお婆ちゃんに、灰音は慌てて駆け寄っていく。


「荷物持ちますよ〜」


「あらっ、ありがとうねぇ」


「灰音、」


「うん、よろ」


 灰音は紗命に買い物袋を渡し、大きな荷物を軽々持ち上げお婆ちゃんと手を繋いだ。


 階段を登りきり、お婆ちゃんが一息吐く。


「はぁ〜、本当にありがとうねぇ」


「良いよ良いよ。てかこんな荷物持って、お婆ちゃんどこ行こうとしてたの?」


「ふぅ。息子のお家に行きたかったんだけど、操作が難しくてねぇ。迷っちゃったのよ」


「ふ〜ん」とスマホに登録されたマップを覗き込んだ二人は、顔を見合わせる。


「うちの隣やん」


「へ?」


「アハハっ、お婆ちゃんの息子さんご近所さんだし、送ってくよ」


「えええっ?」


 旅は道連れ世は情け。何度も頭を下げるお婆ちゃんに苦笑しながら、灰音と紗命は家に向かって歩き出した。


「ねぇねぇお婆ちゃん、子供ってやっぱり可愛い?」


「え? ええ勿論、それはもう可愛いわよぉ」


「だよねだよね! やっぱり僕はさ、男の子と女の子両方いた方が楽しくなると思うんだよね! 兄弟って作りすぎちゃダメなのかな?」


「ちょい、灰音。そんなこと初対面の人に話すもんやないで」


「ふふっ。二人目のことは、一人目を産んでから考えるのが良いと思うわよ。それと、家庭の経済事情も考えないとねぇ」


「わ、現実的」


 ふむふむと頷く灰音と溜息を吐く紗命を、お婆ちゃんがクスクスと笑う。


「いいわねぇ、そんなに好きな人がいるのね」


「うん! 世界で一番カッコいい人だよ!」


「まったく……、否定はしぃひんけど」


 ペラペラと今後の予定を話す灰音に呆れつつも、そこには紗命も同意してしまう。彼女とて、誰彼構わず旦那を自慢したい気持ちは変わらないのだ。


 二人の惚気オーラに、お婆ちゃんも頬を緩める。


「分かるわ。一目見ただけで、運命を感じたもの」


「旦那さん?」


「……ええ、そうよ。カッコよくて、優しいのだけど、でも少し危険な香りがするの」


「分かる〜!」「分かる」


「自分に向けられる獣を狩る様な目で、あぁ、私って女なんだって思いしらされるのよね」


「分かるーー‼︎」「分かる」


 三人ではしゃぎながら歩いている内に、いつの間にやら家の屋根が見えてくる。楽しい時間は早く過ぎるものだ。


「アハハっ、お婆ちゃんも若いねぇ」


「ガールズトークに年齢は関係ないのよ、ふふっ」


 とその時だった。


「……? ……」


 ふ、と灰音が顔を上げ、足を止める。

 塀を曲がれば家の門が見える。そんな場所でいきなり止まった彼女に、紗命も訝しむ。


「どしたん?」


「……家の前に、何かいる」


「え?」


 紗命からは見えない位置、魔力感知に大きな反応もない。


「うちの感知は反応してへんよ」


「殆ど人と変わらない。でも違う、人じゃない」


 灰音の感知領域と精度は、東条家の中でもズバ抜けている。彼女が言うのだから、それは間違いではないのだ。


 突然二人の雰囲気が変わりオロオロしていたお婆ちゃんに、灰音は荷物を返して微笑む。


「ごめんねお婆ちゃん、ここまででいいかな」


「え、ええ。大丈夫だけど、何かあったの?」


「ううん、ちょっと家の前に不審者がいてね。大丈夫よくあることだから!」


「よ、よくあることなのね」


「こっちの道で行くといいよ。隣だし帰る時言ってね! またお婆ちゃんと話したいから!」


「さようなら」


「え、ええ。さようなら、本当にありがとうね」


 丸まった小さな背中を見送り、「さて、」と二人は塀を曲がった。


「は?」

「……っ?」


 見慣れた家の黒い門。

 その門の前でズタ袋を持ってジッと立っている、白長髪の男。

 ……しかしその頭部からは六本の角が伸び、尻あたりから生えた黒い尻尾がアスファルトを擦っている。

 身長は一九〇㎝くらいだろうか。細身の体に、夏場だと言うのに真っ黒なローブを羽織っている。

 見たら分かる、人じゃない。


 灰音は塀の上から顔を出し牙を剥いているネロに目で合図して、魔力を纏って歩みを進める。


「やぁおにーさん! 何か用?」


「……む?」


 二人の殺気に気付き、男も振り返る。


 その顔を見て、紗命と灰音は改めて目の前の存在を人外認定した。


 気位が高そうな、精悍な顔つき。

 その肌は真っ黒に染まっており、瞳は黄色く縦に割れている。

 風に靡いたローブからはだけた腕は、黒い鱗でビッシリと覆われていた。


 男はバチバチと魔力を明滅させる女と、毒の玉を浮かべる女を交互に見て、


「……はぁ」


 一つ、大きな溜息を吐いた。


「己の魔力を消すと、強者の接近にも気づけぬのか。まるで暗闇の中を歩いている様だ。スリルがあってなかなか楽しかったがな、」


「ペチャクチャペチャクチャさぁ、何言っての君? ストーカー?」


「ストーカー……、追跡者や忍び寄る者という意味で言うのなら、我は広義的にストーカーということになるのか。些か不愉快だな」


「不愉快なのはこっちなんですけど〜」


「用があるなら、まずは自分の身分を証明するのが筋ってもんやない? 人の家の前にジッと立って、そんなんしたら殺されても文句言えへんよ?」


 劇毒の玉を持って微笑む紗命に、男は「……確かに、」と頷く。



「我の名はファフニール。東条 桐将が言っていた、最強のゲーマーを殺しに来た」




「「…………は?」」




 イギリスを滅ぼした使徒の内の一体。

 邪龍ファフニールが、白い髪を靡かせ名乗りを上げた。

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