第44話


 真紅の蛇眼が収縮し、その頬が獰猛に吊り上がる。

 炎の蛇は、哀れな天使を目に心の底から嗤った。


 巨人アズラエルが腕を引き、直後豪速で振り抜かれた肉と骨の剣。


「ふむ」


 眼前を通過してゆく巨剣を、身体を後ろに倒し見送ったカマエル。

 ……瞬間的な形態変化も可能なのか。隣で真っ二つになったビルが粉壊、その瓦礫の1つが彼の前を通過――した時にはもう、カマエルはその場にいない。


「ッ同じ手はくわん!」


 既に側頭部へと振り抜かれている長剣を紙一重で躱したアズラエルは、残る片腕も肉骨剣に変化させ下から振り上げる。

 同時に背中の数百の触手に骨の鎧を纏わせ、一斉に攻撃を開始した。


「ほう。その巨体でその速度、筋肉の密度も乗算されるのですか」


 一閃。

 下方から迫っていた肉骨剣を細断し、そのままからぶらせる。

 風切り音を鳴らし空を埋め尽くす骨触手の迎撃を5本の炎大剣に任せ、横から振り抜かれた肉骨剣に合わせくるりと回転、通過する瞬間に輪切りにした。


 しかしアズラエルの再生速度も先とは比較にならない。


「フハハハハハハハハッッ‼︎‼︎」


 バラされた側から再生し、強引に攻撃を継続する。

 叩き下される肉骨剣は一撃で高層ビルを爆砕し、風圧で民家を根こそぎ倒壊させる。連続する轟音と大粉塵は徐々に加速してゆき、最早彼の立っている場所は爆撃地帯と遜色ない。


 粉塵の中を飛び回り攻撃を避けるカマエルが、無線に手を当てる。


「そろそろ時間ですが、準備は?」


『っ申し訳ございません閣下!戦闘機部隊は現在飛行型のゾンビと交戦中です‼︎』


「首尾は」


『殲滅は可能かと!ただ今のままでは爆弾の投下は出来ません!』


「分かりました。モンテレイのゾンビは全て私が請け負います。貴方がたは他3都市の援護に向かいなさい」


『『『了解』』』


 方向転換したカマエルが肉骨剣をいなし急上昇、巨人に向け二刀を引き絞る。


「ッ先までの威勢はどうした蛇ィッ‼︎逃げてばか――」


 アズラエルの肉骨剣がカマエルを捉えた。その小さな首と胴体目掛け、渾身の力で両腕を振り抜く。

 入った‼︎そう確信した刹那、不思議な感覚に襲われた。

 ……目に映る景色が、何等分にもズレて見えるのだ。身体の自由がきかない。なぜだ?奴はまだ長剣を振るって――


 ……剣身についた血が蒸発する。


 カマエルを中心に半径500mに浴びせられた、神速の百太刀。

 一拍遅れ、景色に残炎の格子模様が走った。


「『Espada Tempestad嵐剣』」


 ようやく気付いた大気が収縮、大爆発を起こす。


 空を埋め尽くしていた触手、巨人アズラエル、自身に迫っていた肉骨剣、その全てが木っ端微塵に崩れ、爆炎に呑まれ吹き飛んだ。

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