そして先の問題が解決しない内に、朧はもう1つのミスに気づく。

 あの黒羽が、あれ程の強度を持っているとは正直予想外だ。俺の魔法がここまで無効化されるとは。

 強化済みのクソ師匠に、軽い火傷負わせるくらいには威力ある筈なんだけどな。……凹むな。


(……飛行タイプなんだから効果抜群であれよ、クソ)


「お!舌打ちの音が聞こえたなぁ?」


 ニヤける鳥頭にもう1度舌打ちした朧は、ナイフを構え目を細める。

 ……視覚で俺を捉えるのは不可能。別の感知器官が?聴覚?嗅覚?いや、鷲が特別優れているのは視覚だろう?……


 サバイバルナイフをホルダーに仕舞ったサムが、残る左腕、更に靴を脱ぎ捨て両足を獣化させる。全身を真っ黒な羽毛が包み、猛禽類特有の太い鉤爪が抉る様に地面に食い込む。


 ……視覚、……視覚?待て、鷲の目は、……まさか――



 ――ヒュルッッ



 瞬間、翼を広げ地面を蹴り砕いたサムの姿がブレた。


「――ッック⁉︎」


 頬を掠める踵落としを寸前で躱した朧は、既に側頭部に迫っている回し蹴りに上体を逸らす。

 そのまま片手を瓦礫に着き、バックスピン、離脱と同時に羽矢を切り払う。


 遅れて地面が陥没、爆砕、瓦礫が吹き飛び粉塵が打ち上がった。


「躱すかよ。流石だな」


「っ、フゥゥ……」


 着地、バックステップ。朧は羽ばたき1つで粉塵を晴らす黒い鳥人を、ジッと注視する。

 ……鷲の目には驚異的な視力の他に、もう1つ人間には無い能力がある。

 ……鷲には、紫外線が見えるのだ。


「なぁ、そろそろ1回顔出したらどうだ?一応エンターテインメントだ。観客が盛り下がってる」


 サムが翼で後ろを指す。観客から見ればサムが1人でドンガラガッシャンやってるだけなのだ。そりゃ盛り下がる。


「……」


 朧はナイフを握る自身の手を見る。

 ……もしかして、不可視が効かない原因は、アイツじゃなくて俺自身か?

 人間の見れる世界は可視光の領域だけだ。俺にとっての不可視は、俺の見えてる世界の不可視でしかねぇ。



 ……もし俺が、可視光の領域のみを前提にして透過を使ってたら。



 朧、サムを完全無視。サムショボン。


「なぁ、ずっと無視は流石に悲しいぞ?」


「……ハハッ、」


「お⁉︎」


 透過を解いた彼に、サムも観客も喜ぶ。

 しかし口角を上げる朧の目に、彼らの姿は映っていなかった。


 映るのは、己の内にある『己』のみ。


 朧にとっても初めての経験。

 明確に見える、限界を突き破れるかもしれない糸を手にした、興奮。


 Cellの能力は、使用者の想像力に大きく依存する。

 今の朧は、そのストッパーを外しかけている最中。

 嘗て東条が貯めたエネルギーを電気へと変換したように。千軸が4属性の空間から想像の具現化まで辿り着いた様に。

 Cellという自己には、無限の可能性が秘められているのだ。



 出来ないと思ってちゃ、出来ないのが当然なのだ。



 波長は1〜400ナノメートル。可視光線より短く軟X線より長い不可視光線の電磁波、だったか。太陽光線とか水銀灯の中に含まれていて、殺菌作用あり。あと、他には、 そうだ、大気中の酸素と反応してオゾンを発生させる。この際赤外線もいっとくか――


 朧の脳内を、今まで蓄積してきた知識が走り回る。

 己の身で事象を具現化させるため、ただひたすらに知識を掘り起こす。

 東条や千軸のとった創作物からのアプローチではない、科学という実にロジカルなアプローチでもって、ファンタジーを具現化しようと試みる。


 朧は興奮にフードを脱ぎ、ジャケットの前を開け風を通す。ニヤけてしまう口元を抑え、訝しげな鳥人に目を向ける。


「サム!」


「な、何だ?」


「感謝する!お前のおかげだ!」


「何言って、――ッ……」


 サムのパチクリしていた目が、一瞬で警戒に細まる。

 完璧に見えていた朧の輪郭が、突如ブレ始めたのだ。


「……どうなってる?」


「やっぱ難しいな。少しかかるか」


 ……何か掴んだか。

 サムが羽ばたき、全身を宙に浮かす。


「なら、」


 瞬間、


「その前に叩く」


 砲弾のごとく飛び出した。

 翼で地面を切り裂き超低空飛行で突っ込む巨鳥。


 に向かって、


「――ハハっ」


 あろうことか朧も正面突撃。

 衝突する寸前軽く跳躍し横回転、すれ違いざまジャケットの下に隠していたマチェットを抜刀、


「ッオッルァッ‼︎」

「――ッヌッグァッ⁉︎」


 雷撃を収束させた刀身で全力でぶん殴り、地面へと叩き落とした。

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