7話


「おーし、ちょっとテンション上がってきた」


 腕をグルグルと回し軽くストレッチする彼を見て、観客や参加者の中で騒めきが広がる。


「あの野郎っ⁉︎」「おい、あいつ……」「あぁ、あのビーチの犯人だろ」「誰だ?」「ギルド試験でもやらかしたって噂だぞ」「有名なのか?」「ビーチって?」「G1の3人が引退した話あったろ。あいつがやったって噂だ」「は⁉︎」「噂じゃねぇよ。あいつはヤベェっ」「SNSに拡散された動画もすぐ消されてな、国が隠蔽したって話だ」「何者だ?」「ギルドぶっ壊したのあいつだぞ⁉︎」「ハハハ、んなバカな」「誰だあんな化物ロウワーに入れた奴⁉︎」


 東条は聞こえてくるブーイングに耳を傾ける。


「……ノエル程オッズは上がらなそうだな。騒ぎ起こすんじゃなかった」


 しかしまぁ、後悔しても後の祭り。過ぎてしまったことは仕方なし。今の祭りを楽しもう。笑顔で手を差し出してきた対戦相手に、東条も手を差し出す。


 しかし握手に応じようとした瞬間、手を引っ込められからぶった。

 目を丸くする彼を外野の嘲笑が包む。


「……フュ〜」


 東条の口元が不敵に歪む。

 見る者が見れば自殺行為なその行動に、中には完全に青ざめてしまっている者もいる。因みにオリビアは爆笑している。


「Let's play a good game」


 煽り台詞を吐いて定位置に戻った長髪の男は、いきなり上着を脱ぎ上裸になる。鍛えられたその逞しく綺麗な肉体に歓声が起きた。


「……」


 確かによく鍛えられている。毎日欠かさずジムにでも通っているのだろう。


 外野で「ぬーげ、ぬーげ」と1人煩いノエルに苦笑し、東条も仕方なくシャツをたくし上げ、雑に脱ぎ捨てた。



「「「「「「「「……oh」」」」」」」」



 途端目に見えて小さくなる歓声。見惚れる、というよりも、その沈黙は絶句に近かった。


 肩口を切り裂いた切創。

 背中を削った擦過傷。

 腕を食い千切った裂挫創。

 脇腹を貫通した刺創。

 胸を穿った咬傷。

 頬から腰にかけて左半身を爛れ侵す大火傷。

 その他無数に付く傷跡を数えればキリがない。美しさなど微塵もない、血生臭く、荒々しい肢体。


 普段から戦闘に身を置くハンターだからこそ、そのハンターを追う観客達だからこそ、この肉体が辿ってきた道を想像出来てしまった。


 長髪の男は驚きながらも、そんな東条の身体を鼻で笑う。


「傷を誇るとは、3流が」


「英語勉強中なんだよ。もっと簡単な単語で頼むよ?」


 長髪がファイティングポーズを取り、東条は自然体のまま用意。


 ――カァン!


「――ッジャパニーズは共通語も喋れないのか‼︎」


 ゴングと同時に接近から振り抜かれた拳を、東条は半歩下がり見過ごす。

 右に1歩、後ろに1歩、しゃがんでバックステップ。連続で振り抜かれる拳や蹴りを紙一重で躱す。


「逃げてばかりか、ぁ⁉︎」


 そして長髪の重心が偏った瞬間、東条がヒョイと足を伸ばした。


 見事にすっ転んで尻餅をついた長髪は、周囲から漏れる笑い声に顔を真っ赤にして立ち上がる。


「舐めるなぁっあ⁉︎」


 突っ込んできたところを東条は半身ズラして膝を曲げ、大振りを躱すと同時にすれ違いざま足をかけすっ転ばせる。


 顔面から地面にダイブした長髪に、今度こそ観客は爆笑した。


「っっ!」


 倒れたままワナワナと震える長髪の怒り顔を前に東条はしゃがみ、それはもう嫌〜な顔でニヤつく。


Get up立てよ, you third-rateド3流


「――ッッッ」


 観客から歓声が飛んだ。


 嫌味に対する完璧なアンサー。綺麗に決まったパンチラインに、東条は満足しながら雑な拳をひらひら躱す。

 あぁ楽しい。これだから弱い者イジメはやめられない!

 下げていた右手を左の大振りに添え、軌道を曲げると同時に左拳を引き絞る。


「――っ?――ッカ、ハ⁉︎」


 瞬間、ドドンっ、という音と共に、長髪の腹部に2つの拳痕が刻まれた。


 的確に肝臓を狙った2発のレバーブローが呼吸困難を引き起こす。

 うずくまり目を見開き口をパクパクする長髪に、東条は手をヒラヒラと振り背を向け、


「GG〜」


 ブチ上がるオーディエンスの歓声に酔いながら、リングを降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る