第26話



 ――警察署を出た2人は、蒸し暑い風を感じながら身体を伸ばす。

 空はすっかりと暗くなり、大通りがカラフルにライトアップされていた。


 事情聴取を担当した警官は、そんな2人の背中を見て軽く笑う。

 あんな事件を起こしたというのに、その顔はもう日常に戻っている。


「……Hey, 」


「はい?」「?」


「……今回君達が行なったことは、警官として見れば許されないことだ。

 ……しかし一個人として、俺は君達に礼を言いたい。あのクズ共をぶっ殺してくれて、ありがとう」


「?ユアウェルカム」「んー」


「ハハ、……この時代、一歩間違えば世紀末だ。力を持っちゃいけない奴がヒーローとなり、あまつさえ我々はそれに縋らざるを得ない状況にある。

 ……君達のような人間が、本当のヒーローなのかもな」


 手をポケットに突っ込み顎をしゃくる東条に、ノエルはクスリと笑う。

 ……自分達がヒーローとは、面白い冗談だ。


「……Hey, cop」


「?」


 警官に背を向け手を振る東条と、不敵に微笑むノエル。



If anythingどちらかと言うと,……We are villainsノエル達は悪者だよ



 夜の喧騒に溶ける赤い蛇眼と紫の瞳は、ヒーローと呼ぶには禍々しく、


 ……そして美しすぎた。




 署の敷地を出た所で、脇に止まっていたフードトラックからオーナーとお姉さんがバタバタと降りてくる。


「っ、大丈夫だった?」


「オーケーオーケー。アイムファイン」


「だいぶ早ぇな?仮釈か?」


「違う。釈放。警察はもうノエル達に手出せない」


 ノエルの言葉にオーナーとお姉さんが驚く。


「……ほんと何者だよお前ら、」


「絶世の美女と無職のプータロー」


「ハハハっ、うちで雇ってやろうか?……なぁ?」


「っ……」


 頬を染め下を向くお姉さんにポリポリと頭を掻く東条を、ノエルは呆れ顔で睨む。


「……はぁ、気持ちだけ受け取っとく。ノエル達はハンター免許取る」


「ああ、分かってるよ。お前らはうちの店に収まっていい玉じゃねぇ。楽しかったぜ」


「ん。ノエルも」


「センキューおっさん」


 ノエルと東条と握手したオーナーが、溜息をつきお姉さんを肘でつつく。


「ほら、良いのか?」


「……うるさい、」


 彼女は恥ずかしさを隠すように一歩踏み出し、東条を見上げる。


「あ、あの、っ⁉︎」


 何かを言いかけた彼女の唇は、しかし突然の人差し指に無理矢理止められた。


「sorry,アイハブフィアンセ」


「――っ、……ok……thank you」


 一瞬息を飲んだ後、困ったように笑う彼女に、東条も苦笑する。


「もういい?」


「……ああ。待たせた」


 2人でエプロンを脱いで返し、オーナーとお姉さんに背を向ける。


 ノエルにとっては初めての、東条は2年ぶりのバイト。ここ2年激動の中を生きてきた彼らにとって、このハンバーガショップでの労働は確かに楽しいものであった。


「また行く」


「おう、いつでも来な!」


 2人の背中にブンブンと手を振るオーナーは、隣で唇を噛み締めている彼女の帽子をガシガシ撫でる。


「失恋は誰しも経験するもんだ。俺も若い頃はなぁ」


「うるっさい!」


「痛っでぇ⁉︎」


 怒りのローキックに、オーナーが崩れ落ちた。




 再び漆黒のパンイチとなった東条に、ノエルは歩きながらジト目を送る。


「……マサ、タチ悪い」


「あ?いきなりなんだよ」


「惚れさせといて結局手つけない。食えば良いのに」


「んなの紗命と灰音に悪ぃだろ。……あとノエルにも、」


「……」


 ノエルは口を尖らせ、生意気な彼に強めのローキックを叩き込む。


「っっ、っ、っぅぅ」


「何やってんだお前⁉︎」


 結果カロン仕込みの足首に弾かれ、自分の足首を押さえピョンピョンするハメになるのだった。

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