6章〜For Children〜

第10話



 世界中で約10億人。


 虐待を受けている、受けたことのある子供の数だ。


 WHOが法整備の強化や支援の取り組みに尽力している一方、助けを願っているその全てを救えないのもまた事実である。


 子供は世界の宝である。


 子供は未来の宝である。



 だから彼は、そんな子供のために戦い続けるのだ。




 ――同時期。アラスカ――



 町外れの小さな村。

 しんしんと雪の降る中、家の中から2人の兄弟が投げ出される。


「ッ我儘言うんじゃねぇクソガキがっ‼︎」


「ッ、」「お兄ちゃんっ」


 口の端から血を流す兄に弟が駆け寄る。2人とも身に纏う服は貧相で、頬も痩せこけてしまっている。


「ッ何だよその目は⁉︎」


「ぐふッ」「っやめてよおとうさん⁉︎」


 睨みつける兄の目を見た父親が彼の腹を蹴り飛ばし、弟が涙ながらに訴える。


「我慢するから!お腹減っても我慢するから!」


「当たりめぇだろ⁉︎俺らだって腹減ってんのにギャーギャーギャーギャーよお!んな食いてぇなら自分で獲ってこいこのクソ共が‼︎」


 勢いよく閉まった扉に、弟は泣きながら縋り付く。


 兄は震えながらそんな弟を見て、悔しさと怒りに唇を噛む。

 何で自分達がこんな目にあわなきゃいけない?何でモンスターはあのクソ親父を殺してくれなかった?何で誰も助けてくれない?

 何で、何で、何で。


「……お兄ちゃん、」


「っほらこっち来い、寒いだろ?」


 外の気温は氷点下17℃。降りしきる雪の中、兄は弟を抱きしめこの世の全てを憎む。


 ……こんな辛い思いをするなら、いっそここで……。


 肌を刺す雪の冷たさが、段々と暖かく感じてきた、



 ……その時だった。


 ファサっ、と2人に真っ白な毛皮が羽織られた。


「……え?」「……だ、れ?」


 兄と弟が見上げるそこに立つ、……毛むくじゃらの、巨人?


「……寒かったろう。もう大丈夫だ。よく耐えた」


 3mに届きそうな巨躯に、はち切れんばかりの途轍もない筋肉。


 後ろで一括りにされた白髪。

 豊かな白い髭に覆われたイカツイ顔面には、それなりの歳を重ねてきた証である深いシワが刻まれている。

 ブラウンの瞳に悲しみを浮かべながら、翁は2人を毛皮の上から更に分厚いコートで包む。


 そんな巨人を不思議そうに見つめながら、弟が一言。


「……おじいさん、サンタさん?」


「……フッフッ、かもしれんぞ?」


「「!」」


 翁は2人の目を見つめ、真剣な表情をする。


「……1つ聞きたい。お前達は、自分の父親のことをどう思っている?」


 兄は俯き歯を食い縛り、弟は兄の胸に顔を埋める。


「……殺したい程憎い」


「……嫌い、大っ嫌い」


「……分かった。……この州にまだお前達のような者がいるとはな。少し空けすぎたか」


 立ち上がった翁は、ドアを開けズカズカと中に入ってゆく。


「っは⁉︎何だテメ――」


 ドンッ。


「「っ⁉︎」」


 一撃で半壊した家屋から出た翁は、驚く2人を抱え、歩き出す。


「……殺したの?」


「ああ。……悲しいか?」


 兄と弟は少しだけ考え、首を横に振る。


「全然。お前は?」


「僕も。スッキリしてる」


「……そうか。強い子だ」


 微笑む翁は、大きな手で2人の頭を撫でる。


「もう二度と、お前達に辛い思いはさせない。これからは自由に、思うがまま進みたい道を歩め。俺のことを親だと思って、何でも頼れ」


「え?」「へ?……サンタさんが、お父さん?」


「フッ、特別だろう?」


 笑うサンタが2人を抱え直す。


「お前達、高い所は大丈夫か?」


「え?まぁ」「飛行機⁉︎乗りたい!」


「似た様なものだ……少しだけ跳ぶぞ。舌を噛まないよう気をつけろ」


 2人が顔を見合わせながらも、ギュッと口を閉じた、瞬間


「「――ッ⁉︎」」


 地面が一気に離れ、空が近くなる。

 民家が米粒のように小さくなり、広大な大自然を一気に眼下にした。



 数歩で山2つを超えた翁は、透明な膜に覆われたとある施設の前に盛大に着地。積もっていた雪が弾け飛び地面が剥き出しになる。


「怖くなかったか?」


「(白目)」「あはははっサンタさんすげー!」


 爆笑する弟に翁が微笑む。


 とそこで、施設を覆っていた膜が上がり、白い迷彩服を着用し、銃を持った青年程の男女達がバタバタと走って来た。20人はいるだろうか。


「オヤジィ⁉︎」「お父さーん‼」「やっと帰ってきた」「遅すぎんだろ」「親父!」


「ただいま。少し遅くなった」


「少しじゃねぇだろ⁉︎」「2ヶ月よお父さん?」


「少し遠くまで行っていてな。色々話し合いたいからついて来てくれ」


「ったく、」

「オケー、でその子は?」


 リーダーの女性が翁の腕の中の2人に目線を合わせ微笑む。


「さっきそこの村で保護した。酷い虐待を受けていてな」


「は?マジか、見落としてたのか?」


「……子供育てるって言えば州から支援金貰えるし、私達にも隠してたんじゃないかな」


「チッ、すまねぇオヤジ。俺らのミスだ」


「お前達のせいではない。俺のミスだ。対策を見直さんとな」


 リーダーの男性が2人を撫でる。


「すまねぇなお前ら、助けるのが遅れた。でももう大丈夫だからな」


「う、うん」「あ、ありがと」


 扉を潜り施設に入ると、中にいた私服の青年達や幼い子供達が、翁に気づくや否やぞろぞろと集まってくる。


 その全員が彼を『父』と呼び笑顔を浮かべている光景を目に、2人もここがどういう場所なのかを理解した。


 この場所は言うなれば児童養護施設。


 翁が世界中から集めた可哀想な子供達に、学業や訓練をつけるための場所である。




 元軍の特殊部隊であった彼は、仕事中に妻と息子を亡くしてしまう。

 絶望し悲嘆に暮れる中でも、国と平和のために任務をこなし続けた彼。


 ……しかしある日、自分が尽くしてきた国で、子供が虐待されている光景を目の当たりにする。


 その光景に息子の姿を重ね、怒りに呑まれ、気づいた時には父親含め虐待に加担していた者を惨殺していた。


 そして退役、収容生活を終えた後、彼は世の救われない子供達のために人生を懸けた。


 学問を教え、技術を教え、夢を持っていいこと教え、独り立ち出来るまで面倒を見た。


 金が底をついた時は自ら傭兵稼業を始め、衰えを知らない戦闘技術で子供以外のあらゆるターゲットを殲滅した。

 中東で戦争の道具として育てられた子供達に寄り添い、心を開き、逆に武装組織を潰したこともあった。


 次第に子供達の中にも、自分達を救い、自分達のために戦ってくれる父の様になりたいと思う者も多く現れ出す。


 彼は普通の生活を歩んで欲しいと語るも、子供達の押しに負けて、民間軍事会社『Familia』を設立。

 学問を学び、18歳になり、それでも軍事の道に進みたいものだけに加入を許した。


 数は少ないながらも、脅威の任務成功率を誇る『Familia』はその界隈で瞬く間に有名になり、同時に彼らの目的に賛同したWHOが協力関係を希望。


 一躍彼は、最強の聖人として世界中に名を知らしめた。


 しかし反面、子供のためには手段を厭わないその苛烈さから、何度も牢にぶち込まれては釈放を繰り返すという異例の経歴を持つ。


 子供達も成長し、親元を離れ飛び立ってゆく者も多くなり、歳のせいもあって隠居しようとしていたところで、


 ――世界が変わった。


 そして彼は魔力により全盛期以上の力を得て、新たなる敵にその腰を上げた。



 Galleonガレオン Barnesバーンズ



 世界で最も怒らせてはいけないと言われた、老兵の名である。




 2人を預けたガレオンは、会議室で『Familia』を集めホワイトボードに向かう。


「この2ヶ月、俺は周辺地域がどうなっているか見てきた。

 結果カナダはここアラスカと別段変わりなく。ワシントンやオレゴンもモンスターの対処は済んでいるようだったな」


「新大陸はどうだった?」


「強力な個体が多く、特殊な力を持つモノが殆どだ。お前達なら問題ないが、軍レベルだと手を焼くだろうな。警戒しておけ」


「「「了解」」」


「オヤジ、カリフォルニアはどうだった?マジで無くなってたか?」


「ああ。だが今は急ピッチで開発が勧められている。シリコンバレーを復活させるために、ステラ嬢が買い取ったらしい」


「あの子、本当に凄いわよね」


「ああ、アメリカの未来は明るい」


 そこでだ、とガレオンが1枚の紙を貼る。


「そのステラ嬢が、今私兵を募っている。給与も破格だ。加え次代の学者や『ハンター』を育成するため、カリフォルニアに学校や訓練施設を作るらしい。

 ……どう思う?」


「ハッハッハッ、何だぁそりゃあ?俺達のために出された求人じゃねぇか!」


「良いと思うわよ。ねぇ?」


 Familiaの面々も賛同する。それを見てガレオンも頷いた。


「分かった。連絡を入れておく。皆には今夜伝える。地方に散っている者達にも招集ををかけておいてくれ」


「はーい」


「以上だ」



 皆が準備のために出ていった部屋の中、ガレオンは席に座り、今回の旅のことを思い出す。


 その内容は今伝えたことで全てだ。


 ……1つを除いて。


(……Familiaには言うべきだったか、……いや、)


 ガレオンの脳裏に、カリフォルニアで会った老人の顔が浮かぶ。


(……彼は学校に通う子供達の安全を約束してくれた。……その代わりに必要な時の助力を頼まれたが、……そこが問題だ。人の身にこなせる物だとは到底考えにくい)


 ガレオンは溜息を吐く。


(第一、あの場で俺に断る勇気は無かった。……初めてだ、無条件で降伏したくなったのは)


 あの紅い瞳を思い出し、軽く笑ってしまう。


(……これからの世界は、彼の顔色を伺いながら回ってゆくだろう。……家族達を神の庇護下に置けるなら、)


 ガレオンは白い毛皮を羽織り、


(……老骨の命などくれてやる)



 決意を胸に部屋を出た。

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