第6話
「っおい、早く立て‼︎」
男は固まる彼女の腕を無理矢理引っ張る。何をしたかは分からないが、こいつといれば化物に襲われないかもしれない。いざとなれば囮にすれば良い。
そう考え彼女を立たせた後、引きずる様に引っ張ってゆく。
ったく、手間かけさせやがってっ。
……てかこいつ何見てんだ?
不思議に思った男が、彼女と同じ場所に目を向けた。
――刹那
「あ」
「……へ?」
男がガク、と体勢を崩し尻餅をつく。
「ロココココ……」
半壊した部屋の中に、一瞬で現れた白い化物。常人の目では追える筈もないその速さに、2人は再度固まる。
そこで男は気づく。……何だ?肩が、熱い?
彼女の腕を掴んでいた筈の自分の手。
「……」
男が自分の右腕に目を向けると、そこにあったのは、剥き出しになった骨と、肩口からむしり取られ血を吹く無惨な腕、だった物であった。
「……あ、あぁ、ギャァアアアッ⁉︎」
転げ回る男、など気にした風もなく、白い化物はむしり取った腕を齧りながら彼女を見る。
「いだぃぃっ、いだいっ、助けでっ、痛いぃいい⁉︎」
「……ロコココ、」
「……」
彼女はジッと、自分を見つめるエメラルドの複眼を見つめ返す。
なぜだろう、恐怖は感じない、それよりも何か、火照るような、落ち着くような、……これは。
そこで彼女の足を、泣き喚く男が掴んだ。
「おいっ⁉︎助けろっ、早くぅ‼︎」
「……」
……何て醜いんだろうか。
そう思ってしまった自分に、彼女自身驚いた。愛している筈なのに、こんな風に思ってしまっても良いのだろうか?
「早くしろよこのクソアマァ⁉︎」
耳を打つ怒声と罵声に、彼女は理解する。
……あぁ、分かった。この人は、私のことなんて愛していなかったんだ。
……じゃあもう、良いよね。
「……は?」
彼女はパシっ、と男の手を軽く蹴り払った。
今まで反抗などされなかった男は、あり得ない物を見る目で彼女を見上げる。
「……お前、何してんだ?」
「っご、ごめんなさい。あの、……別れてください」
「…………ほぇ?」
ローディング、ローディング……、理解。
「ッッッざっけんなよテメェエエエ⁉︎⁉︎」
「っ」
「俺がいねぇと何も出来ねぇくせに調子乗ってんじゃねぇぞゴミがァ⁉︎殺すぞボケ早く助けろカスァアッ‼︎」
彼女がさっ、と白い化物の後ろに隠れる。
「はぁあ⁉︎」
勿論男は驚愕する。
「……コ、コロロ、」
腕をムシャムシャしていた白い化物も、自分の背中に触れる彼女に驚く。
彼女はどうしようかとオロオロし、顔を上げ、一言。
「……助けてください」
「――ッ」
その庇護欲をくすぐり、愛欲を犯す潤んだ瞳に、白い化物は今度こそエメラルドの複眼を見開いた。
言葉は分からない。状況もよく分からない。されど、その瞳が言わんとしていることが痛い程に伝わってくる。
何より己の中に渦巻くこの感情が、熱く燃えている。
「ロコココ……」
「ぁ……」
化物は彼女の髪を掬い、腫れた頬を見る。
キャミソールからこぼれた肢体に付く、痛ましい痣を見る。
……化物の中で、何かが弾けた。
「っわ」
瞬間化物と男の姿が掻き消え、突風が巻き起こる。鳴り響く地震。大破し、吹き飛び、崩壊し、爆散する周囲の建築物。
最後に特大の爆風が起こった後、
「わ」
「……」
再び彼女の前に化物が帰ってくる。
彼女にゆっくりと差し出される手。
その中には、最早原型を留めていな男の頭蓋骨と脳の1部が握られていた。
「こ、殺してくれたの?」
「ロコココ」
「……ふふ、あははっ、ありがと!」
「ッ」
箍が外れたように笑う彼女に抱きつかれ、化物はあたふた。
「あなた名前は何て言うの?あ、私は
「ヤ、ン、ミ、ンロロ?」
「そう!大丈夫、私が言葉教えてあげるから。名前もつけてあげる!……私、あなたのこと好きになっちゃったの」
「ッロ」
火照る女の色香に、化物は息を呑み、……そして、ゆっくり跪く。
「え?」
化物、否、彼は楊の手を取り、甲にそっとキスをした。
それは永遠の忠誠と、愛の誓い。
「っ…………ロマンチック、」
今までのような偽物の愛ではない。本物の愛の感触に、彼女の頬は悍ましく歪んでいた。
――燃える街の中、楊と彼は手を繋ぎ歩いてゆく。
とそこへ、数匹のモンスターが駆け寄って来る。
「ッロコココココッ!」
「「「ッ⁉︎……」」」
「こらこら、威嚇しないの」
苦笑する楊は、ビクつくモンスター達に優しく笑いかける。
「あなた達も、私を愛してくれるの?」
「ッガルァ」「ゴルルルルッ」「ブフルゥ」「ギェエ!」
「ふふ、ありがと。一緒に行こ」
楊 命運――
今この時、炎に飲まれた北京の街に、モンスター達の女王が誕生した。
――高層ビルの頂上。足をブラブラしながら、楊は自分の愛する者達が人を食い散らす様を見下ろす。
「あ、ありがと!」
「ロココココ」
楊は白い彼が取ってきてくれた小籠包や豚足、そこら辺の屋台料理を一緒に食べる。
「どう?美味しいでしょ?」
「……ロォ」
「あはは、やっぱ人の方が美味しいかぁ」
「ヴォ?」
「いやいや、私はいらないって」
人間の足を差し出してくる彼に、楊はケラケラと笑う。
「……それでさ、名前考えてみたんだけど、『ココ』なんてどうかな?」
「……ココ?」
「そうココ!」
彼を指差し、楊は頷く。
「……ロコココ」
「ほらそれ!ろこここーって言うから、ココ!」
目をパチクリする彼は、自分の声を真似する彼女に、思わず吹き出す。
「っココココ、」
「あ、笑ったー!もう、っ」
むすくれる楊はニヤリと笑い、勢いでココの頬にキスをする。
「どうだ!参ったか!……あれ?ココ?おーい」
顔を赤くし後ろにぶっ倒れたココ。
そんな彼が面白くて、愛しくて、
「あははっ」
楊も彼に飛びつき、その冷たい外骨格に頬を染めた。
【後書き】
ギリシャ読み〜アプロディーテ ミトラ〜
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