1章〜幸せの強要〜

第1話 



 12月24日のあの夜から、1年後。


 東条がカロンと激闘を繰り広げ、

 ノエルが涙を流し、

 お互いの温もりを確かめ合い、

 そして結ばれた2人が、新たなる冒険へと向かった。





 ――同時期。フランス――




 大都市から外れた、寂れた街の中。


 そこら中に横転した車が転がり、しんしんと降り積もる雪が倒壊した建物や死骸を隠してゆく。


 悲しげに静まり返るその空気の中に感じるのは、隠しようのない恐怖と、必死に押し殺す息遣い。


「っ」


 家の中で身を寄せ合い隠れていた母と娘の身体が、道路を叩くモンスターの足音に震えた。


 娘の痩けてしまった頬に涙が伝う。


「……mèreお母さん、私もうヤダよ、辛いよ」


「っごめんね、ごめんねっ」


 母は細くなってしまった腕で娘を抱きしめ、嗚咽の音を胸で抑える。


 娘を宥める母だが、彼女自身の心ももう限界だった。

 頼りの夫も食い殺され、食糧を求め仲間割れが発生し、人同士が殺し合う。

 そんな中、助けも見込めず1年だ。自殺する者も何人も見た。しかし自分では自死する勇気もない。

 ……もう、心が限界なのだ。


 軍は大都市を優先して救助に向かい、次にインフラの復興と防衛に着手した。

 フランス内に無数にある寂れた都市に住む彼女達のような存在は、実質捨てられたのだ。


 しかしそれが世界の現実。優先順位をつけるという、国の仕事。




 ならば彼女達のような不幸な者を、誰が救うというのか?


 絶望の中、ただ怯えうずくまる彼女達に、誰が手を差し伸べてあげられるのか?


 ……人は皆分け隔てなく、幸せになるべきなのだ。


 いや、人だけではない。人を食らうモンスターを含めた、全ての生物が幸福に向かって生きている。


 皆、同じ場所に向かって生きているのだ。




「「ッ」」


 壊れた扉が開き、母と娘の心臓が飛び跳ねる。

 しかし入って来た者の姿を見て、幾分か落ち着きを取り戻した。


「驚かせてすみません。安心してください、人ですよ」


 ブロンドの短髪に緑の瞳。ジャケットとジーンズにスニーカーを履いた、言ってしまえばどこにでもいそうな青年。


 ニコニコとジャケットに付いた雪をはたく彼に、2人は疑念の目を向ける。


「あ、あの」


「今まで大変でしたね。これどうぞ」


 隣に座った青年が、リュックから缶詰を数個出した。それを見た2人が目を見開く。


「い、いいのですか?」


「はい、構いませんよ」


「っ」


 久方ぶりの食事にがっつく娘を笑顔で見守る青年に、母も涙を流しながら缶詰を頬張る。


「ありがとうございます。ありがとうございますっ」


「いえいえ、喜んでもらえたようで何よりです」


 窓からモンスターを警戒しながら微笑む青年に、母が尋ねる。


「あ、あの、あなたは?」


「ん〜旅人みたいなものですかね?困ってる人を助け歩いているんです」


「……凄いお方なのですね」


「ただ皆を救いたいだけですよ」


 微笑む青年に、2人も自然と笑みを浮かべる。


「……お2人は、幸せになりたいですか?」


「へ?それは、まぁ」


 唐突な質問に、母と娘は顔を見合わせる。幸せになりたくない人間なんていないだろう。


 その答えを聞き、青年は微笑んだ。


「そうですよね。……君にとっての幸せは何ですか?」


「え?ん〜、美味しいもの食べて、大きな家で暮らすこと」


「それは良いですね。お母さんは?」


「……この子が、元気に、大きく育ってくれること」


 抱き合う2人を、青年は優しく、それはもう尊い物を見る目で見つめる。


「……きっと、幸せの中では全てが叶いますよ」


 青年はリュックから毛布を取り出し、2人にかけてあげる。


「今日は僕が見張りをしておきます。ゆっくり休んでください」


「そ、そんな」


「良いんです。僕がしたいことですから」


「本当に、ありがとうございます」


「お兄さん、ありがと」


「はい。……目を瞑って」


 青年は手袋を外し、ゆっくりと2人のまぶたを下ろす。



「…………Fais de bea良い夢をux rêves」



 静寂の中目を瞑る母と娘の顔は……とても穏やかで……とても幸せそうで。


「……」


 2人に優しい笑顔を向けた青年は立ち上がり、扉を開け、再び雪の中を歩き出す。




 全ての生物が幸福に向かって生きている。


 皆、同じ場所に向かって生きている。



 ……であれば、その終着点とは?




 ――――死、だ。




 僕はその手伝いをしたい。


 皆が幸せになれる手伝いをしたい。



「……願わくば、全ての存在が『幸せ』へと至れますよう」




 心優しき青年の通った道には、まるで眠っているかの様なモンスターの死体が散乱していた。


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