「(約20匹)……私はボスみたいにモンスターに詳しいわけじゃないが、貴様らはあれか?ワイバーンという奴か?」


「ギャー‼︎」「ギャァー‼︎」「グェエエッ‼︎」


 先頭の個体は4本脚に大翼が1対。これはドラゴンだろう、まず顔つきが違う。

 比べその他は2本脚と翼化した腕部、身体特徴的に鳥に進化途中の恐竜に近い。


 ホバリングしながら叫んでいるワイバーンを目に、まぁいい、と紅は煙草に火を付け、


「竜だろうが鳥だろうが、バラせば肉だ。……それとドラゴン、」


「……」


 紫煙を吐いた。


「下方注意だ」


 瞬間大跳躍した灰音の蹴りが、ドラゴンの頭部をカチ上げる。

 ガィイインッ‼︎と鉄パイプを殴り合わせた様な音が響き渡り、ワイバーンがビビって鳴くのを止めた。


「ッグォ⁉︎⁉︎」

「かっった⁉︎」


 予想外の攻撃力。想像以上の鱗の硬さ。互いに驚いたドラゴンと白雷を纏った灰音は、睨み合いながら距離を取る。


「焔李っ、ダイヤモンドより硬いよアイツ!」


「そうか、大変だな……」


 紅は隣で深刻そうな顔をする灰音に呆れた目を向ける。

 そう、隣で。


「それよりも、お前のそれは何だ?どうやっているんだ?」


 ボッ、ボッ、と片足でステップを踏みながら、空中で停止する彼女。


「ほら、沈む前に水を蹴れば沈まないじゃん?あれと同じ原理」


「そうか、聞いた私が悪かった」


 理解を諦めた紅は煙草を咥え、更に高く飛ぶ。


「『雷霆監獄』」


「「「――ッ⁉︎」」」


 途端紅を頂点に構築される巨大な電雷の鳥籠。

 閉じ込められた群れを嘲る様に笑い、彼女は親指を下に向けた。


「『淋浴リンユゥ』」


 直後稲妻に貫かれ、1匹のワイバーンが煙を上げ落下。


 段々と足を強め、降り出すのは1億ボルトのにわか雨。


 ワイバーン達は一斉に散開し、高い飛行能力で天からの雷撃を躱し始めた。


「……」


 そんな中でも微動だにせず、ジッと灰音を見つめる黒龍。

 直撃する雷撃も黒鱗に当たり火花を散らすだけ。ダメージなど微塵もない。


「……どうしたんだいそんなに見つめて?モンスターから迫られるのにはもう懲りたんだけど、」


「……ゴルルルルゥ、」


「……やっぱり、効かないか」


 灰音は発動していたcellを止め、確信する。

 今回襲撃してきたモンスターは、皆何かに縛られている。洗脳に近い強さで心を支配されているせいで、cellの効果が深層まで届かない。


 自分だから分かる。その根源にある感情は、恐らく『恐怖』。


 ……彼らは皆、何かに怯えている。


「……君は、何を怖がっているんだい?」


 黒龍の金色の双眸が収縮する。


「いいよ、お姉さんが受け止めてあげる……おいで」


 灰音の口元が、寛容と支配に歪む。


 瞬間、


「――ッゴルルゥッ」


 翼を羽ばたかせ突風を起こした黒龍が、前傾姿勢で突っ込んだ。


 灰音も空気を蹴り飛び出し、頭部目掛け拳を打ち出す、


「っ⁉︎」


 が寸前で黒龍は翼を広げ急停止、グルン、とその場で前宙、強靭な尾を縦に振り抜いた。


 この巨体で何という機動力、


「ッヌゥぅ!」


 直撃した尾を、しかし強引に掴んだ灰音は身体をしならせ、反転、


「ぅラァ‼︎」

「ゴ、ア⁉︎」


 真下に向かって空気を蹴ると同時に黒龍をぶん投げた。


 回転しながら落下するも、翼を広げ空中で停止した黒龍、


 の背中目掛け


「――落ちろッッ」

「ゴガ⁉︎」


 間髪入れずに振り下ろされた彼女の踵がめり込み、鱗を粉砕、海老反り、地上に叩き落とし土煙を上げた。


 スタっ、と着地した灰音はすぐさま跳び退き、砂塵を吹き飛ばし打ち出された火球を躱す。

 ――ジャンプ、サイドステップ、直角に舵を切り、

 1歩――加速、2歩――更に急加速、3歩――地面に足跡が残り、放射状に割れ、4歩――遅れて大地が爆砕した。


「『射干シャガッ!』」

「ゴルォォエッ⁉︎⁉︎」


 火球を貫き放たれる電光石火の飛び蹴りが、黒龍の巨体をくの字に曲げ、直後途轍もない速度でぶっ飛ばした。


 山肌を削り大地を抉り民家を破壊し、されど黒龍は前脚を地面に突き立て減速、翼を開き空中に飛び立


「ッ⁉︎」

「逃がさないよッ」


 とうとした瞬間に跳躍していた灰音が、遠心力をつけ片翼に手刀を叩き落とす。

 落下しながらも放たれた尾を腕をクロスしガード、弾き飛ばされマンションをぶち抜き瓦礫に尻をついた。


「……いったた、硬すぎるって」


 今の手刀は翼をへし折るつもりで打った。手応えもあった。だというのにダメージを負ったのはこっちだ。


「ゴゥルルルルル……」


 対する黒龍も翼を折り畳み苦い顔をする。流石に痛めたか。


 灰音は恐らく罅の入ったであろう手を振りながら、瓦礫を押し除け立ち上がる。


 これがドラゴンか。基本性能が生物の枠を超えている。……強いなぁ。


「……フフっ、フフフっ」


「……?……ルルルゥ、」


 黒龍は静かに唸り、突然笑い出した人間を金色の瞳に映す。


「あぁごめん、僕の大切な人がね、強敵と戦う時程笑えって言うんだ」


「……」


「苦しい時程、悔しい時程、笑うのが1番なんだよ」


「……」


 黒龍は己に付けられたを見つめ、……女を見つめ、……首をもたげ天を見つめる。



「……グルルルルっ、ゴルっ、ゴルっ、」



「っ……ハハっ、……やっぱり君、頭良いね」


 喉を唸らせ笑う黒龍に一瞬驚いた灰音も、それで良い、とお腹を抱え負けじと笑う。



「フフッ、アハハハハハっ、はぁ、はぁ、……ふぅ、」


「ゴルっ、ゴルっ、ゴルッゴルっ……ゥルルゥ、」



 互いに笑い合った後に残る、満足げな、しかし引き締まる空気。


 ニヤリと笑う灰音の周囲を、白雷が渦巻き髪がユラユラと逆立つ。


 気温が下がったと思わせる程に恐ろしく、直情的な覇気。

 小石がガタガタと身震いを始め、瓦礫が崩れる中、


「ゥルルゥ……フシュゥゥウ」


 黒龍は1歩を踏み出し、大きく息吹く。


「晴れたかい?」


「……」


「なら良いさ。君の硬さは見切った。覚悟は良いね?」


「ゥルル」


 灰音は拳を握り、腰を落とす。



「……全力で耐えてみろ」


「――ゴルォアッッ‼︎」



 ――刹那、軽く粉塵が舞い、彼女の姿が掻き消えた。


 驚愕に目を見開く黒龍の、首の下。


 気づいた時には、拳は既に放たれている。


「――ォ⁉︎」


 表面を揺らし内部までインパクト届かせるのは無理。ならば鱗を無視し、直接内臓を抉れば良い。


 ――白い拳が半回転し、インパクト、魔力の塊がドラゴンの内臓を貫通する。

「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎ゴォゲェッ⁉︎」


 ――捻る様に振り抜かれた白い手刀が、ドラゴンの筋肉を切り裂く。

「ブシャアッッ⁉︎」


 ――捻り放たれる回し蹴りが、ドラゴンの靭帯を断裂させる。

「カッハッ⁉︎」


 ――頭蓋顔面前脚甲指後脚脇腹首胸郭側頭脳天正中線――殴殺、撲殺、滅尽、破壊。

 尋常でない速度で打ち出される連撃に、『阿修羅』が白い火花を散らす。


 灰音を中心に、芽吹き、広がり、咲き誇る曼珠沙華。


 黒い龍を苗床に、一斉に顔を出す閃光の彼岸花。


 まるで神に捧げる花束の様。踊る様に、しかし烈火の如く拳を振るう彼女の姿は、まさに天上の戦乙女。


 放たれた拳から蹴りの1発に至るまで、その全てが致死の極技。


 彼女がいざなうのは獄楽に非ず、



「『Lycorisリコリス albifloraアルビフローラ』」



 刹那の救済が待つ、極楽のそのである。


 大輪の白火花を散らした黒龍が、白目を剥き全身から血を噴き出し倒れ伏す。


「っ」


 灰音は鱗に切り裂かれ血塗れの手を、ボロボロの黒龍の額に当てた。


 深層意識に侵入、黒龍の意識が飛んだ以上、あとは『恐怖』との力比べのみ。


 彼女の口が傲慢に歪む。


「……舐めるなよ?支配で僕と渡り合えるのは、あの毒蜘蛛だけだ」


 ――強奪。黒龍に植え付けられた潜在的恐怖を根こそぎ消し飛ばした。



 灰音はバタン、と倒れ、大の字に寝っ転がる。


「……ふぅうう〜、疲れたぁあー」


「……派手にやったな」


 そこに降りて来た紅が、白目を剥く黒龍を見て苦笑する。


「どれ、手を見せてみろ。包帯くらいは巻いてやる」


「あ、それよりもこの子蘇生してあげて?お願い」


 手を合わせる灰音を、紅は訝しむ。


「どう言うつもりだ?」


「いーいーかーらー」


「……はぁ。生き返るかは知らんぞ。……死んでるだろこれ」


 紅はよっこいしょ、と黒龍をひっくり返し、ボロボロの鱗の上から心臓に手を添える。


 バチンッ、バチンッ、と跳ねる巨体。


 そして3回目の電気ショックの直後、


「ッ⁉︎ゴフッ、ゴルルッ、ブフっ」


「……マジか。どんな生命力だ」


 血を吐き起き上がる黒龍に、灰音が笑顔を向け手を伸ばす。


「おはよ」


「ッ」


「……大丈夫、怖くないよ」


 黒龍は一瞬伸ばされた手を警戒し牙を剥くも、鼻先に触れたその温かさに動きを止める。



 黒龍は知らなかった。この温もりを、感情を。


 黒龍は今まで、恐怖以外の感情に触れたことがなかった。



 ――卵から産まれ最初に見た景色は、親と思われる成龍の惨殺死体だった。


 近くに立っていたに首を掴まれ、群れに放り込まれた。


 失敗すると叩かれた。


 怖くて逃げると叩かれた。


 負けて死にかけると叩かれた。


 痛かった。嫌だった。逃げたかった。恐かった。


 日が昇った。また戦いが始まる。


 人間が沢山いた。


 この人間は強い。油断出来ない。もう叩かれたくない。


 頭の中に何か入って来た。笑う?笑顔?こうか?


 なんだか、気分が良い。


 殴られた。蹴られた。でも、痛くない。痛いけど、痛くない。


 ……目が覚めたら、人間がいた



 ……もう、何も恐くなかった。



「うぉっと、あはは、どうしたのさ?」


 灰音は顔を擦り付けてくる黒龍に驚き、……優しく微笑みその大きな額を撫でる。


「……辛かったね。もう大丈夫、大丈夫」


「ゴルルルっ、ぅルルッ」


 ボロボロと涙をこぼす黒龍を抱き締め、小さく、強く言い聞かせる。



 紅はその光景を見ながら、瓦礫に腰を下ろす。


「……cellか?」


「うん。でも今回は、元からあったのを消しただけ。……この子、まだ子供だよ」


「……だがモンスターだ。どうしてそこまでして助ける?」


 灰音は天を仰ぎ、懐かしげに笑う。


「……僕に似てた、のかな」


「……」


「何も出来なくて、力が足りなくて、絶望して、泣いて、世界を恨んでた。昔の僕に、」


「……」


「僕は、桐将君とノエルに助けられた。だから今度は僕の番だ。……ほっとけるわけないだろ」


 自分に言い聞かせるように、子をあやす様に言葉を紡ぐ灰音を目に、


「……(ふっ)」


 紅は小さく笑い、立ち上がり灰音と黒龍の頭を撫でる。


「わっ、何すんのさ⁉︎」「ゴルル!(離せこの野郎)」


「……お前は良い女だ。……私も覚悟が決まったよ」


「な、なんだよぉいきなり」


「…………灰音、イヤカムを貸せ」


「え?うん。っあ」


 受け取った紅は、自分のと一緒に落とし踏み潰す。


「え、焔李?どうしたの?」


「傷口に魔力を集中させて出来る限り癒せ。……龍、貴様もだ」


「僕は別に、あと少し休めば回復するけど。いきなりどうしたの?」

「……ルゥ(傷心)」



 紅は遠くを見つめ、残り短くなった煙草を吐き捨て踏み潰した。



「……戦力は、多いに越したことはない」


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