2章〜土豪劣紳〜
来たる悪魔
嘗ての華やかさなど見る影もない、荒れ果て埃を被った繁華街、サン・ヴィトレス・ロード。
立ち並ぶリゾートホテル群を挟み、その向こう側には、エメラルドグリーンに輝く穏やかな海が広がっている。
ここは世界的観光地。常夏の島――グアム。
――時刻は昼前、あるリゾートホテルの中では、300人程の避難民達が宴会場に足を運び、配給される昼食を受け取っていた。
食事をする彼らに疲弊は見えるが、顔色は悪くない。食料がしっかりと行き届いている証拠だ。
それもその筈、彼らの食べている料理の中身は、殆どがモンスターを材料としている。
現代食料の確保すら難しくなった彼らにとって、討伐すると食糧にもなるモンスターの存在はとても大きかった。
モンスターのせいでこんな苦しみを味わっているのに、モンスターのおかげで生き延びているとは、何とも皮肉なものだ。
今ここグアムでは、保護された避難民がビーチ沿いに立ち並ぶホテルを数棟に分け暮らしている。
総数は約5000。生き延びた軍人を中心に部隊を組み、襲撃に対応しつつ内部崩壊が起きないように纏めているのが現状である。
そんなホテルの1室、豪華なスイートルームにて、片目に眼帯をした全身傷だらけ筋骨隆々の巨漢が、裸のままデスクに置いた地図を眺めていた。
後ろのベッドで女性がシーツを手繰り寄せながら、もそもそと身体を起こす。
「……
「Map.……個々の力も付いてきた。そろそろ南の方に足を伸ばしてもいいかもしれない」
ウィリアムの言葉を聞いた女性はベッドから降り、甘えるように身体を寄せる。
「そんなに急がなくてもいいんじゃない?こうやって安全に暮らせてるんだし、本土から助けが来るまでここにいましょうよ?……ね?」
誘惑するように耳元で囁く女性は、
「っひ」
しかし次の瞬間ウィリアムの鋭い眼光に射すくめられ、短い悲鳴を上げた。
「お前が安全に暮らせているのは誰のおかげだ?お前は戦線に立って皆を守ったことがあるか?
この小さな島国にも、まだ俺達のように、脅威と戦っている人間がいるかもしれないんだ。
俺は弱者に戦闘を強要しない。だが命を張っている人間に、身体を売るしか能のない奴が指図するな」
「っご、ごめんなさい」
「出てけ。邪魔だ」
急いで服を着て部屋から出てゆく女性を尻目に、ウィリアムは窓の外を眺める。
ガラス越しに広がる美しいオーシャンビュー。
どうしてか海から襲ってくるモンスターはいないため、海を背にしたここタモンのホテルは防衛にもってこいの場所だった。
そして眺める海のその先には、突如現れた新大陸がある。
ここグアムは新大陸に囲まれているせいで、各国との連絡が途絶えた今、他国に救援を求める場合どうしてもあそこを通る必要がある。
新大陸がどれ程続いているのか分からないが、距離的にも国力的にも、1番現実的なのは同盟国であるJAPANへの要請。
そのためには、今の自分含め最低でもあと2人、あそこを通れるだけの力が必要だ。
実力者は着実に育ってきている。あと少しの辛抱……。
「……?」
そうウィリアムが考えていた、その時だった。
新大陸とグアム島の間、エメラルドグリーンの海に、黒い点がポツポツと見え始めた。
正体の全貌は見えないが、その数は加速度的に増えてゆく。
「まさか海から?」
ウィリアムは即座にズボンとブーツを履き、上裸の上から軍服を羽織る。
同時に2つの無線機がけたたましく鳴った。
「どうした」
『北方よりモンスターの軍勢が進行中!数は約300!』
『南方も同じです!数は約300!あと10数分で我々の拠点にぶつかります‼︎』
「……タモン湾沖に無数の影が見える。恐らく全てモンスターだ」
『『――⁉︎』』
ウィリアムは地図を見ながら高速で頭を回転させる。
「……こうなった以上仕方がない。北と南に仕掛けていた爆弾を全て起爆、進行を遅らせろ。ビーチ側、西方に戦力を集中させて1点突破、海に出る」
『避難民はどうしますか⁉︎』
「用意していた客船に乗せろ。俺たちは防衛の後ボートで出るぞ」
『『了解!』』
即座に伝達された緊急事態に、ホテル中が慌ただしくなる中、ウィリアムは窓を開けバルコニーからビーチに飛び降りる。
……3方向からの挟撃。明らかに首謀者がいる。
「……『White devil』か?」
彼は眼帯をなぞり、嘗て戦った白いモンスターのことを思い出す。
モンスターを押し返していたグアム駐留のアメリカ軍がここまで減ってしまったのも、あの『白い悪魔』のせいだ。
あの時は紙一重で勝利したが、奴は恐ろしく強く、加えて頭も切れた。軍勢を指揮する個体が現れてもおかしくない。
隊列を組む部隊。
バシャバシャと浅瀬に足をつき上陸するモンスター。
ウィリアムは無線に口を当て、
「……
手始めに数100発のロケット砲で歓迎の挨拶を送った。
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