30話



 ――「マサ終わった?」


「一応な」


「お腹すいた」


「わりぃな。おい藜、めし」


「藜ー、めしー」


「はいはい」


 嫌がる東条にくっつくハイネと紗命を見て、凛が疲れた顔をする。


「あんた達さぁ、もうちょっと平和に出来なかったの?あたし見てらんなかったよ」


「ほっほっ、流石に肝が冷えたわい。……東条君、久しぶりじゃの」


「はい。お久しぶりです、御2人とも」


 感慨深い空気もすぐに消え、ノエルに急かされた藜の後に続き、彼らは本部に歩きながら戻る。


「でもまさか、アイドル声明出したハイネが東条君とね〜。これは許されないぞ〜」


「あなたは?」


「月島凛、紗命の友達よ」


 いきなりのスキャンダルに、凛がニヤニヤと彼女を見る。


「あぁ、敵ですか」


「敵って、」


「そもそもアイドルだって人間だよ。恋愛くらいするでしょ?僕の場合それがデビュー前だったってだけ。アイドルが守らなくちゃいけないのは、ファンのために真実を隠し通すことだけだよ」


「お、おぅ」


「ほっほっ、だが今、こうして儂ら4人に知られてしまったわけじゃが?」


「……まだ伝わらないかな?」


「「っ」」


 グリン、と後ろを向いた灰音の瞳に、2人は頬を引き攣らせる。


「……別に俺は、」「ふふ、もう一回やろか?うちはええで?」


 挑発する紗命を灰音は鼻で笑う。


「はっ、せっかく繋いでもらった命、もうちょっと大切にしなっ⁉︎」


 東条が灰音の頭を引っ掴み、無理矢理下げさせた。


「すまねぇが、このことは黙っててくれ。不義理なことは重々承知だが、俺達にも色々事情がある。こいつがやりたいと決めたことを、俺は応援したい。頼む」


「桐将君……」


「(ボソ)忠告したよな?……次俺の大事な人にcell使おうとしたら、俺は紗命だけの物になるぞ」


「……ごめん」


 頭を上げた東条は苦笑する。


「どうせお前炎上するんだから、今のうちに謝罪会見の練習しとけ」


「え、ちょっとそれ酷くない?」


 皆が笑う中再び歩き出す東条は、隣を歩く紗命に怒気を向ける。


「……だから紗命、分かってるな?」


「?何のことやぁ?」


 紗命はス、とスマホをポケットに隠した。


「もし灰音を貶めるようなことしたら、俺はあいつの洗脳を自分から受け入れる」


「……」


「お前らの力が拮抗してんなら、俺の意識次第でどっちかに傾くだろ」


「そんなんしたら、」


「俺の中から紗命への感情が消えるだろうな。嫌だろ?」


「……ふふ、うちに脅迫なんて、桐将も成長したなぁ」


「バカ野郎、愛の告白だよ」


「愛の何だって⁉︎」


 笑い合う東条と紗命の元に、3人と話してた灰音が後ろから飛んでくる。


「あんたには言っとらんわ、去ねや」

「あ?」


 だいぶ我慢していた東条が、キレた。


「っ自重しろボケがァ‼︎」


「ぬぁ⁉︎」


 自分の背中に引っ付くアイドル失格の腕を掴み、前を歩くノエルに向かってぶん投げた。


「ふぎゃ⁉︎」




 改装された藜組本部にて。


 東条が宴会場の扉を開くと、


「うおっ」


 小気味良い音と共に、一斉にシャンパンの蓋が飛んだ。いくつかビンも飛んできたが、気にしないでおこう。


「あーー!っ佐藤さんっ!久しぶりです‼︎」


 春野(母)に押され、車椅子に乗った佐藤が前に進み出ててくる。


「ははっ、お久しぶりです東条君!元気そうで何よりです」


「聞きましたよ?全部佐藤さんのおかげらしいじゃないすか?」


「らしいですねぇ」


 佐藤が苦笑する。ずっと眠っていたらしいし、やはりその身体はどこか生気が薄く見える。


「正直何も覚えてないんです。私からしてみれば、目を覚ましたら皆さん逞しくなってて驚きですよ。タイムスリップした気分です」


「それもそっすね。どっすか?俺カッコ良くなったでしょ?」


「ふふっ、はい。とても凛々しくなりましたね」


「あ〜やっぱ佐藤さんだわ。何で昔嫌いだったのか分からねぇ」


「価値観の違いというやつですよ。ちなみに私は今も嫌いです」


「あははっ、違ぇねぇ!」


 東条は佐藤に投げ渡されたシャンパンを掴み、掲げる。


「ッそれじゃあお前ら待たせたなっ、酒を掲げろオッ‼︎」


「「「「「「「「「おお‼︎」」」」」」」」」




「俺達の邂逅を祝してッ、ん乾杯ィイイッッ‼︎」


「「「「「「「「「乾杯ィ‼︎」」」」」」」」」




「宴だァアアアア‼︎っぶね、誰だビン投げた奴⁉︎」




 ――「え⁉︎佐藤さんその足もう治んないんすか⁉︎」


「ええ、残念ですが、無理矢理能力を使った代償です」


「たはー、」


「……おそろだな」


 左肩を上げる葵獅に皆が笑う。



 ――「紗命さんに続いてノエルたんまで‼︎」「許さねぇ」「脳天かち割ったるぜボケがァ‼︎」


「やってみろカスコラァ⁉︎」


「っお前ら加勢しろ‼︎」「空ビンドンドン持ってこい‼︎」「死ねやぁ‼︎」「男の風上にもおけねぇ畜生が‼︎」「デスソースあったぞ!」「瓶に詰めて食らわせてやれ‼︎」


「ぐあ⁉︎目がああああ⁉︎」


「今だ首取れぇ‼︎」「「「「「「「「おおおおおおお‼︎」」」」」」」」


「あんた達やめなさい‼︎」「……ほんと男って。あはは」



 ――「あれハイネじゃね⁉︎」「嘘⁉︎」


「……げ。あ、ノエル行かないでっ」


「特別ゲスト⁉︎」「東条の野郎も分かってやがる!」「私ファンなんだけど!」「あ、あのハイネさん!」「テメェ抜け駆けすんな!」


「あはは、どうも〜」


「「「「「「「「喋ったァアアアアアアアアアアアアッッ⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」」」」


「何か食べます⁉︎俺取ってきますよ!」「喉乾いてません⁉︎」「練習動画見ました!頑張ってる姿カッコいいです」「歌みた聞きました!めっちゃ声好きです!」「全部カッコよくて好きです!ハイネ様抱いて‼︎」「私も!」「ずるい私も!」


「アハハっ、皆ありがとうねっ」


「俺あの振り付け完コピしたんすよ!見てください!」


「おっ、凄いね。じゃあこんなのはどうかなッ」


「っブレイク⁉︎っ俺ら特区にいたんすよ?舐めないでください!」


「ハハッ、いいね‼︎」


「スゲェ!」「負けんなよー!」「踊れるやつ来い‼︎」「ダンスバトル始まったぞ‼︎」「俺歌うわ‼︎マイク!」「俺ギター取ってくる!」「あっちにドラムセットあったぞ‼︎」「何でもあるなここ!」



 ――「(もぐもぐ)」


「ノエルたん、こちらお肉になります」「こちらパスタですノエルたん」「オレンジジュースですノエルたん」「ノエルたん」「ノエルたん」「こちらサラダで」


「いらない」


「御意」「お前ら野菜系統はどけろ。ノエルたんは肉をご所望だ」「「「「「おう」」」」」


「甘いの欲しい」


「「「「「御意」」」」」




 ――2度とないと思っていた邂逅と豪勢な食事が、久方ぶりの談笑を弾ませる。


 そんな彼らを見ながら、壁に寄りかかる藜と紅が微笑む。


「私は結構好きだよ。ああいう光景は」


「マサの喜んでる顔が見れて俺も嬉しいぜ」


「……本当にそれだけだね。混ざらなくていいのかい?」


 楽しそうに笑う東条を目に、藜は苦笑する。


「流石にありゃ無理だろ」


「ようやくうちのボスも空気を読めるようになったか」


「何言ってんの?俺程空気読める奴もまぁいないぜ?」


「読めない奴に限ってそう言うのさ。そういえば読めない代表のジジイは?最近どうだい?」


「笠羅祇?あ〜この前連絡あったぜ?『死にかけたわ〜( ^ω^ )』って。楽しそうだよ」


「ジジイにとっちゃ、あそこは天国だろうからね」


「まぁな〜。定期的に連絡途絶える癖は直して欲しいけどな」


「夢中なんだろう。真狐は?」


「呼んだけど来たくないってよ。殺されるから」


「相変わらずビビリだね」


 会話になど参加せずバクバク食事を頬張るノエルを見て、紅は目を細め、次いで笑った。


「……てことは、今日のボスは誰からも相手にされない、可哀想な奴ってことか」


「そ、人望ないのかね?俺」


「今だけは私が相手してやるよ」


「これはこれは、有り難き幸せ」


 うやうやしくお辞儀する藜。

 2人のグラスが、小気味よく鳴った。

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