20話
「――っ、何?」
「……お、始まったかな?」
真狐は天井の穴を見上げ、頃合いか、と立ち上がる。
「……どうする?外に出る?」
「んー、せやなー」
紫苑はダラスにナイフを向けたまま、真狐に提案する。あれが上で暴れれば、地下がどうなるか分からない。
「出るなら早くした方がええ」
「……なぁ紫苑ちゃん?」
紫苑の肩に真狐の手が乗る。
「何?」
「すまんなぁ」
「……え――」
掌から電流が走り、彼女の意識が一瞬で飛ぶ。
崩れ落ちる紫苑を、真狐はそっと抱き止めた。
「……ふぅ」
ダラスが立ち上がり、土埃を払う。
「感謝する」
「ええですって。ボス裏切ったら逃す約束やったやないですか?」
「まぁそうだが、……おぅお前ら」
「ご無沙汰です、ダラスの兄貴」
広間の入口から、真狐に手を貸した元構成員が5人歩いて来る。彼らは真狐の合図があるまでずっと隠れていたのだ。
これも全て安全なルートを通りシャバに出る為。
ここにいる数人は、早々にボスを見限り真狐の計画に乗った、多少は考える頭がある裏切り者達だった。
「ようやっとこのクソみたいな場所出れるんか」
「長かったなぁ」
「おら真狐、さっさと案内せぇや」
「まぁまぁそう焦らずに。まだ揃ってないんですよ」
逃げられると分かって上機嫌だった裏切り者達は、ヘラヘラと笑う真狐に疑問符を送る。
「あ?俺達以外にもいたんか?」
「何で黙っとったんやワレ?」
「……そりゃまぁ」
真狐が頭を掻いた、
その時、
10数人の黒いローブを身に纏った者達が、新たに入口からぞろぞろと入って来た。
異様な雰囲気の彼らに、裏切り者達が身構える。
「……何もんや?」
「知らねぇ面ばっかやな。おい真狐、ほんまに誰や?」
「誰て、まぁ、仲間?」
先頭の男がローブを脱ぐ。
「よぉ真狐、久しぶりじゃねぇか」
「笠の旦那ぁ!ひっさしぶりすね!少し老けました?」
「はっはっ、殺すぞ」
ローブを部下に投げ渡した笠羅祇はベルトから刀を抜き、肩に担いで歩き始める。
「おい、誰だあのジジイ?」
「おい真狐!」
「……待て、あのスーツと、バッヂ」
ダラスが目を見開き、真狐を見る。
「……藜組、か?」
「…………すんませんね」
ニヤリと笑う真狐に、ダラスは全てを悟った。
「――ッテメェ‼︎」
「ほれ、大人しくしねぇか」
「ぐっ⁉︎」
「な⁉︎」「ギャが⁉︎」「やめッ」「ひぃッ」「ボェっ」「びゅっ」
軽く踏み込んだ笠羅祇は、目にも止まらぬ速さで刀を振るい、一瞬にして6人を血祭りにあげた。
「んん〜、やはり人の方が良い」
楽しそうに笑う翁とは裏腹に、両腕を斬り飛ばされたダラスは目を充血させ真狐を睨む。
「いつからやッ、いつから裏切ってやがった⁉︎」
「え?そんなの数年前、大阪に来た時からっすよ」
「なっ」
紫苑を背負った真狐は、ダラスの前にしゃがんで指を立てる。
「俺は元々、あんたらの組潰す為に送り込まれたスパイやったんよ?
そしたらいきなり世界がファンタジーになるわ、ここのバカがモンスター使って実験し出すわ、挙げ句の果てには地下での生活を強要されるわ、ほんっま地獄やったわ!
っおい笑うなや!」
ローブの組員達に怒鳴る真狐を、ダラスは信じられない物を見るめで見つめる。
ボスを裏切り、自分達を裏切り、でもそれは元々の計画通りで、でも途中で何度もイレギュラーが発生して、その度に状況に合わせ計画を変え、自分の都合の良いよう進むように周りを騙し続けた?
一体何手先まで読んでいればそんな事が可能なんだ?
(……俺達はずっと、コイツの掌の上で踊らされていただけだったのか?)
「あんたらの組潰すだけなら、国にチクれば良いだけやし簡単やったんやけど、何か藜の旦那がモンスターを使った商売始めるとか言いよってな?
いきなりここに残って死体横流しにしろとかほざき出したんよ!俺の苦労も知らんで!信じられる⁉︎」
「どうやって……」
「んなもんあんたらが節穴なだけでやり用はいくらでもあるわ。
それでよ?
加えて藜の旦那、あの2人に惚れちまったらしくてさ、俺に素性の調査まで依頼して来たんよ!
厄介なストーカーかってんだよ⁉︎自分でやれやそんな事‼︎忙しいっつってんやろ⁉︎バカなの?死ぬの?いっぺん死ねやほんま!」
「……」
「そんでまぁ、色々あって今に至るってわけや。
……はぁ、ようやく肩の荷がおりる。
……愚痴も吐き散らしたし、満足や」
「は?――
拳銃でダラスの頭を撃ち抜いた真狐は、ヨイショ、と立ち上がる。
「んじゃそろそろ行こか」
「その前にノエル嬢が上にいるらしいじゃねぇか。ちょっと挨拶を」
「笠の旦那も頭おかしなったんですか?ウチでイカれてるのは藜の旦那だけにして下さいよ」
「ハハハッ、言うようになったじゃねぇか」
「そりゃここまで苦労押し付けられりゃぁね」
「真狐さん、その女は何すか?」
「うお、美人」
「俺らへのお土産っすか?」
真狐は振り返り、薄目を開けにっこり笑う。
「……この子に手ぇ出したら、殺すでほんま」
「じ、冗談っすよ」
「え、ええ」
「……こっちも冗談やて、そんなビビんなや」
「は、ははは……(冗談の顔じゃねぇって)」
真狐は気絶した紫苑を背負い直し、申し訳なさそうに微笑む。
「……この子はこの区域で一番強い。万が一の時の逃げの切り札やったんよ」
「何だテメェ、カタギ巻き込んだのか」
「やめてくださいよ、俺だって悪いと思ってんですから。
……こんな任務、女の子とのほのぼのがなきゃやってられないんすよ」
「動機がクソだな」
「ロリコンの旦那に言われたくはないですね」
「よし切る」
「ごめんなさい」
こうして真狐は長かった任務を終え、本当の仲間達と帰宅する。
その胸に、大きすぎる秘密と、憂鬱を残しながら。
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