決着

 


「――ッ」


 粗方の火災を消化し終わったキマイラが、急激な温度の上昇に鋭く反応する。

 長い首をもたげた、


 瞬間、


「カア!?」

「――チィッ、」


 爆風を纏い突進してきた東条が、空気を燃やしながら顔面スレスレを通過した。


 東条は着地と同時に振り返り、突き出される2脚を両脇で挟む。

 ヌメりを一瞬で気化させ、罅割れた脚を躊躇なく圧し折った。


「カロロァアアアアアッ⁉︎」


「――ッ」


 ――疾駆。


 その足は駆けるだけで肌を削ぎ、骨を潰す。


 その手は触れるだけで肉を焼き、命へと消えない刻印を刻む。


 怪物の肌を守る装甲は、今この時消え去った。


 これで対等。故に戦闘。始まるは死闘。


 逃げようとするキマイラの前足を強引に掴み、反転、全体重を軸足に乗せる。


「ラァッ‼︎」

「ッ⁉︎」


 一本背負いで巨体を宙に浮かし、顔面から叩き落とした。

 大地が揺れ、大きなキノコ雲が打ち上がる。


「ァアアアアアアッッ‼︎」


 そのまま前足を引き千切り、襲い来る尻尾を両手で掴み、握り潰す。


 体液を全身に浴び蒸気上げながら、暴れ狂う6脚を真っ向から圧し折りまくる。


 再生と暴力の殴り合い。

 辺りに爆風が吹き荒れ、膨大な粉塵が二匹の獣を覆い隠す。


「ダルァアッ‼︎――っ」

「キュロロッ‼︎――ッ」


 横薙ぎに振るわれた長大な首に、身体を捻り右の大振りを合わせる。


 ――インパクト。

 衝撃波で粉塵が晴れる中、キマイラの頭部が爆散し、東条がぶっ飛んだ。


「「――ッ」」


 両者共に跳ね起き、突貫。


 互いが互いを脅威と認識した今、最早背中を見せる余地など無し。


 再生と同時に突っ込んでくる噛み付きをスライディングで躱し、伸び切った首を下から思いっきり蹴り上げる。


 頑丈な皮膚が一瞬で融解し、肉が破裂する音と共に首が飛んだ。


 間髪入れず動こうとする前足を巨大な爪ごと踏み砕き、回し蹴りを放つ


 瞬間、

 背脚に脇腹を打たれ、漆黒が弾け腰が曲がった。


「――っく!」


 途轍もない速度で景色が横に流れる中、押し飛ばされぬように脚を掴み、今度はそれを足場にして上空へ跳躍。


 回転、空気が爆発。


 踵を振り上げ急加速した東条が、垂直に急落下した。


「――オルァアッ‼︎」

「ギョぺ⁉︎」


 ガードに回された脚6本を全て砕き飛ばし、背中を覆う甲羅に踵が直撃。


 キマイラの全身が逆側に反り、甲羅が放射状に爆散、衝撃が体内を貫通し腹が吹き飛び、陥没した地面に臓物をぶちまけた。


「キュロロァアッ‼︎」

「ッ⁉︎」


 にも関わらず、着地寸前を狙い、再生した顎が東条に噛み付く。


 あまりにも馬鹿げた再生力。これでは一向に手数が減らない。


「クッソがッ」


 両腕で食い止めるも、ヤスリの様な牙が火装を貫通し血が噴き出る。


 強靭な顎の力にミシミシと骨が軋み、暴れまくる首の所為で平衡感覚が消える。


 これはマズいッ。


 東条は胴体の漆黒部分も全て熱エネルギー化させ、発光。


 刹那――大爆発を起こした。


 眩い紅蓮の閃光と共に大気が震え、人工物が悉く吹き飛び大地が禿げる。



 一撃でキマイラの半身を消し飛ばし解放された東条は、ボロボロになった火装を復元しながら高所から落下、


「――ッ⁉︎ざっけんなッ‼︎」「キシュシュシュシュッ‼︎」


 している最中に今度は左足をを尻尾に噛み付かれ、再び空中へと攫われた。


 宙ぶらりんのまま地面に叩きつけられ、視界が赤く染まる。


「っ」


 武装が間に合わ。――ベキゴキボキッ


「ガッ⁉︎ん、の野郎ッッ」


 激痛で意識を保ち、両手で尻尾を掴む。


 完全に折れた左足を無視し、東条は火口の如き口をガバっと開けた。


「――ッッ」


 バツンッ!


 ぶっとい尻尾を噛みちぎり、勢いのまま地面を削り転がる。


 すぐに立ち上がり、武装を完成させた。



「フー、フー、……ペッ」

「……カロロ、……カロロロ、カロロ」



 気付けば、辺り一面血と臓物と焼け野原。


 鉄の香りが充満し、不思議なくらいの静けさが身を包む。


 だがやはり、内にある熱気と狂気が、まだ何も終わっていない事を知らせてくれる。


「……ふー」


 新品同然のキマイラを睨みつけ、しかし東条はニヤリと笑う。


 キマイラの大きさが、最初と比べ3割は減っていた。20mあった全長が、既に14m程になってしまっている。


 彼は気づいていた。

 キマイラの身体は、超速で再生出来てしまうが故にか、飛び散った血肉を集めるよりも早く別部位が欠損部位を補ってしまう。


 無限に再生出来るとは言え、奴は細胞の増殖と変異、回復を同時には行えないのだ。


 となればやる事は一つ。


「ハハっ」


 一撃で消し飛ばせるまで、小さくしてしまえばいい。


 蠢いている肉片が気になるが、それは後回し。まずは、



 本体を叩く。


「――シィッ!」

「――キュラッ!」


 折れた左足の代わりに両手を地に付け、全力で蹴る。


 一瞬で互いの距離が潰れ、眼前には開かれた大口。


 身体を捻り勢いそのまま、口から首元にかけて一気に引き裂いた。


 2枚に卸した首を叩き切り、前足に指を食い込ませを捻じ切って投げ飛ばす。


「キュルアァア‼︎」


「グッラァあ‼︎」


 頭、胸、腕、脇腹、足、あらゆる箇所に6脚が襲い掛かり、全身を激痛が埋め尽くすが、


 それよりも速く敵の全身を引き裂き、潰し、噛みちぎり、内臓を引き摺り出す。


 思考が鈍化し、目の前がクリアになる。

 血の匂いが脳を満たし、感覚が鋭敏になる。


 嘗て幾度も感じた、死の気配。


「――ッハハハハハハハハッッ‼︎」


「――キュロロロロロロロッッ‼︎」


 ゼロ距離で殴り合い、殺し合い、貪り合うその光景は、まさに


『喰い合い』


 だった。


 生物界の摂理を、生物の枠から外れた2匹が奪い合う。

 ならばその結果、残る者は1匹でなければならない。


 ――キマイラの全長が10mを切った。


 刹那、


「……」


 東条は一歩引き、あろう事か全身の武装を解除した。


 これを隙と捉えずして何とする。


「キュロァアアアアアッ‼︎」


 目をギラつかせ勝利を確信するキマイラの牙を前に、


 彼もまた、終わりを確信した。



 ――右手を上に、左手を下に、大きく広げる。


 その形はまるで、


 ――全ての漆黒が両腕に集まり、膨張。


 獲物に食らい付く、


 ――巨大な顎を形成した。



 餓狼。





 煌々と燃え滾る地獄の入口を、キマイラは遅延する思考の中知覚する。


 灰すら燃え尽きる閻魔の口内で最後、


「カロ」


 キマイラは、心底楽しそうに笑った。




「『灰顎門アギト』」




 両手を噛み合わせ、餓狼はその口を閉じる。


「……」


 霧散する漆黒。


 訪れる本当の静寂。


 心を満たすのは寂寥感。


 友達が帰った後、遊んだ痕跡を家で一人眺めている様な感覚。



「…………楽しかったよ」




 空に舞う一陣の風に、東条は笑って返事をした。


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