13話 怪物とは、怪物足り得る故に、怪物なのである。
――大地が爆ぜる。
地面を抉り駆ける東条は、キマイラの複眼に映る自分を見ながら腕を振り被る。
「――ジィッ」
風圧で民家を消し飛ばす拳は、しかし空振りに終わる。
視線の先には、今の一瞬で後方に退避したキマイラ。あの巨体で何という俊敏性か。
そのまま踏み込みと衝撃波を利用し、加速、流れる様に間合いに入り込み、
「――フゥッ」
右斜め下からボディを突き刺した。
衝撃波がキマイラの体内を貫通し、十mを超す巨体が数㎝浮く。
インパクト部分の鱗が少し弾け、波紋を描く様にキマイラの表面が揺れた。
(成程ね――
刹那、パパンッ!という音と共に視界がブレ、景色が横に飛んだ。
建物をいくつかぶち抜いた後、崩れたマンションの中で瓦礫に寄り掛かる。
攻撃の全てを受け止めるより、自分で衝撃波を起こし相殺した方がダメージは少ない。
しかし相殺でここまで飛ばされるとは、化物が。
立ち上がり、削れた部分の武装を確認。
この全身武装は何百もの漆黒の層によって形成されている。多少削れた所で何の問題もないし、修復も一瞬。
「ふぅ」
穴から出て、此方を凝視するキマイラにガンを飛ばす。
あれの原理は分かった。
表面を覆っているヌメりが、外部からの攻撃を全て受け流している。
あの図体からは想像出来ない移動速度も、走っているというよりは滑っているに近いんだろう。
まぁ俺の攻撃は衝撃波。効いてねぇって事はないと思うが、
「……もうちょっと苦しんでくれよ」
ケロッとしているキマイラに悪態を吐く。
どうせ回復速度も馬鹿げているんだろう。
……こりゃまずは攻略法探しだな。
東条は数回軽くジャンプし、着地点で獲物を狙う肉食獣の如く体勢を低くする。
……雷装、
「――『
その全身を、バチバチと青白い線が走り始めた。
「カロロロロ……」
キマイラはその幼い脳で、自分に向かってくる一匹の生物を不思議に思っていた。
生まれた時から頂点を強いられていた自分には、他の生物は全て俯かなければ見えない存在であった。
故に、自分以外の生物とは全て食料に過ぎず、それ以外の何者でもなかった。
「カロ、カロ、カロ」
外に出ようとしたら、狭い穴に隔離され、意識がある中で眠りにつかされた。
たまに起こされたと喜べば、新しい生物が自分の中に入ってゆくのを感じるだけだった。
つまらなかった。
つまらなかった。
つまらなかった。
「カルルァアッ‼︎――キシュシュシュッ」
キマイラは、ただ遊びたかっただけなのだ。
「――ふっふっふっふっふっふっふっ」
漆黒だった身体が青白く発光を始め、バチバチと高圧電流が漏れ始める。
途轍もない帯電量に周囲の電磁場が狂い、小石や砂利が浮き始めた。
人が何故雷を恐れるのか。
何故神格化してまで崇めるのか。
今の東条を見た者なら、その理由を悟るだろう。
完全に総身が雷と化した時、
「――ッッッ‼︎」
――彼は音の壁を超えた。
地を蹴った東条が一筋の雷光と化す。
キマイラの眼前で軌道を直角に変え、あらゆる建築物を利用し撹乱。残光が滅茶苦茶に跳び回る。
「カロロッ‼︎」
東条を追う六脚が暴れ狂い、崩壊と地響きが空気を揺らす。
大地を粉砕しコンクリートを捲りあげる爆撃を掻い潜り、まず一発。
「カロッ、カロアッ!」
離脱。
目の前を鋭利な脚が通過して行く。
宙を舞う道路を足場に、守りの薄くなった場所へ跳躍。
殴る。
離脱。殴る。離脱。殴る。離脱、殴る、離脱、殴る、離脱、殴る離脱殴る離脱殴る離脱殴る離脱殴る離脱殴る離脱殴る離殴離殴離殴離殴離殴離殴離殴離殴離殴離殴離殴――
「――ラァアアアアッッ!!」
「ロッッカッ⁉︎」
360°全方位から、キマイラを囲むように繰り出される神速の連撃。
逃げる隙すら与えないその尋常でない速度は、残像がドーム状に可視化される程である。
余波で人工物が吹き飛び、トレントの群生林が炎に包まれる。
一方的で圧倒的な手数の多さはしかし、
「――冗談キツ過ぎんぞッ⁉︎」
キマイラに外傷を与えるには至らなかった。
雷撃が全て表面で拡散され、ダメージが肉まで通っていない。どんな身体構造してやがんだコイツ⁉︎
「カロっカロっカロっカロ!」
推し量らずとも、それはこの楽しそうな顔を見れば一目瞭然である。
「舐めてんなァ」
後方に跳躍し一度距離を取り、再度爆発的に加速。
空気の膜を破り、真っ正面から突っ込んだ。
速さは重さ。全体重全速度を乗せ、拳を縦に突き出した。
「――『
「カ、ピッ⁉︎」
ガインッ、と空気が爆ぜ、地面が融解する。
胸部に閃光が直撃したキマイラが、雷鳴と共にぶっ飛んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、ちょっと、はぁ、タンマ、ふぅ」
雷装を解き、ビーストに戻った東条は、ピリつく筋肉を伸ばし砂煙の奥を見やる。
流石効いたろ。てか効いてろ。効いてなきゃへこむ。
「……カロ?」
「へこむ!」
ニョキ、ともたげられた首がキュートに曲がる。
立ち上がるキマイラの胸部は無惨に焼け爛れ、脇腹にかけて抉れているが、
言ってしまえばその程度。あれを食らってその程度。威力を逃された証拠だ。
そして次の瞬間には、
「……おいおい、嘘だろ」
跡形もなく元通り。瞬きで完治しやがった。
「カッカッカッカァアッ‼︎」
「っば、タンマ!タンマ‼︎」
バタバタと走ってくる巨獣に背を向け、東条は一時退却を選択した。
――
彼の怪物の細胞は、体内器官全ての役割を網羅する。
幾ら傷つけられようと、削がれようと、消し飛ばされようと、他の細胞が瞬時に足りない部分へと変化する。
故に不死。
その不死性を守る粘液と、肉体性能。
「カロロロロロォオッ‼︎」
「少し休ませやボケがぁッ‼︎」
故に、無敵。
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