12話 初心、忘れるべからず
――「――ッ」
爆音と共に眼下に街が広がる。
暗闇から一瞬にして日の元に引き摺り出された東条は、回る視界の中冷静に着地した。
大したダメージは受けていない。大半の威力は逃した。
「……」
しかしその左腕を伝い、ポタポタと垂れる赤い液体。
初撃で盾に使った漆黒が弾け飛んだ瞬間、少しでも腕の武装が遅れていたら致命傷だったかもしれない。
……本気で防御して血を流したのなんて、いつぶりだろうか。
「――カロロロロロロロロ」
白いタテガミを揺らし、長い首を擡げる異形の怪物。
大きく歪な角が伸びるウナギの様な頭部には、左右三つずつの複眼が光り、首まで裂けた口には剃刀の様な歯が何重にも並んでいる。
前脚二足はまるで肉食恐竜の如き太さと強靭な爪を有しているにも関わらず、対となる後脚が存在せず、代わりに背中の岩の様な甲羅から、昆虫染みた六本の脚が地面に突き立っている。
尻尾なのか何なのか分からないが、尻から伸びるヌタウナギみたいな器官は、意志があるのか勝手にぶんぶん暴れ回っている。
爬虫類の様な深緑色の細かい鱗がびっしり生えていて、オマケに全身がヌメッている。
……端的に言って、
「バチクソキメェな、オイ」
「カロロロロロ――キュシィィ(ビタンビタンッ)」
(ん?)
ビタンビタンした尻尾の口から、何かが飛び出る。
その粘液塗れになった何かはベチョ、と地面に落ち、白目を剥いたまま動かなくなった。
そう、ボスだ。敵ながらとても可哀想だ。
一応助けられたのだろうが、あんな物にベロベロされたのだ。生きているのか怪しい。主に精神が。
「マサっ」
「おぉノエル、見ろよアレ。うんこの方がまだ可愛げがあるぞ」
初めて外に出たのか、キョロキョロしたり建物を食ったりしている怪物を指差す。
彼の隣に立ったノエルが、東条の腕から垂れる血に驚いた。
「防御貫通する?」
「ああ、久しぶりだよ。でも防げない事はない。……なぁノエル」
「ん?」
「俺大分
昔の俺なら、きっと初見の攻撃には全力の守りを展開した。でもさっきは、経験と予測から漆黒の量を制限した。
瞬時に攻撃に移るなら後者の方が良い。
……だけど、この世界で殺し合いをするというのは、そんな舐めプができる程生ぬるい物だったか?
「マサ、ノエルもやる。……マサ?」
――東条は羽織を脱ぎ、刀と一緒にノエルに渡す。
正直、最近じゃ強敵らしい強敵と戦わなかった所為か、日常が平坦に感じてならなかった。
試験でわざと不利になってみたりもしたが、ただ楽しかっただけで満たされはしなかった。
別にそれが悪い事だとは思わなかったし、そういった日常をノエルと過ごすのも好きだ。
ただ、何かが違うのだ。楽しいだけ、楽しいだけなのだ。
「ねぇマサ、ノエルも戦う。あれは危険」
「……確かに、魔力が混ざり過ぎて動き読めねぇし、膂力も漆黒込みでトントンってとこか。
悪いけど刀遊びは終わりな」
「ん。だからノエルもんむっ」
東条は左の人差し指でノエルの唇を押さえ、彼女を見下ろす。
「……なぁノエルさんよ。お前、『白い』モンスターに過剰反応するよな?」
「っ。……してにゃい」
「いいやしてる。
前にも言ったが、俺はお前の秘密に興味がない。だから深くは詮索しない。
……しかしだ、今回は一つ聞く。
お前はアレと戦いたいか?」
「?」
「俺は今、猛烈に戦いたい」
「……ふぇ?」
東条はノエルの唇に指を当てがったまましゃがみ、黒い顔で彼女を見つめる。
「俺は今日、初心に帰ってみようと思う。いいチャンスなんだ。……俺にやらせてくれねぇか?」
何だか変に興奮している東条に、ノエルは押されて黙ってしまう。
「それとも、俺が負けると思うか?」
「(ふるふる)」
「そうか。ならそこで見ててくれ。お姫様」
柔らかい唇を横になぞり、己の血で朱色の紅を塗る。
立ち上がった東条は彼女に背を向け、興奮を表す様に赤い口を三日月に裂いた。
「ふぅううう」
俺は戦うのが好きだが、自分と互角以上の相手と戦うのは好きじゃない。
弱者に俺ツエーして、圧倒的な力でボコボコにするのが好きなだけ。
だってそっちの方が気持ち良いし、負けるの嫌だし、強い奴怖いもん。
俺は所詮そんな奴。……ずっとそう思っていた。
「……『
――東条の全身を、膨れ上がった漆黒が包む。
皇居でモンスターの大群に追いかけられた時?
狒々と殺り合った時?
生身でミノタウロスを相手した時?
……いや、多分、もっと、もっと前だ。
「形態変化――『
――人型の闇となった彼の体躯が数倍に膨れ上がり、腕と脚に化物染みた黒い筋肉が武装される。
三日月の口がトラバサミの如く凶暴な形に変わり、両手両足の鉤爪が地面に食い込んだ。
それは以前旅に出る前、ノエルと戦った時に見せた姿の、完成版。
人でありながら二足で走る事を辞めた、万物の悉くを蹂躙する獣の威容だ。
「……くふっ」
デパートの中で、初めてゴブリンと殺し合ったあの日から、
「くひひっ」
――俺は、『死』の虜なんだ。
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