29話

 

「ぅお、何だ?」


 いきなり降ってきたスポーティな美女に、東条が驚く。


「マサをずっと見てた」


「マジで?」


「マサの感知、まだ甘い」


「いやいやいやっ、数千匹のウジャウジャに襲われてる中、敵意の無い視線に気づくとか無理だろ⁉︎」


「ノエルは気付いた」


「お前戦ってねぇじゃん!」


 やいのやいのと言い合う二人へ、紫苑は躊躇いがちに手を伸ばす。


「あ、あの、……ちょっとええ?」


「はい?」


「ここ、キラービーの縄張りのど真ん中やねん。移動した方がええと思う」


「キラービーって、さっきの?」


「ああ」


 東条が指差された方に目をやると、再び黒い影が此方に迫って来ているのが見えた。


「マジじゃん⁉︎やってられっかよ!」


「こっち」


 走り出す紫苑に、二人もせかせかと着いて行った。



 東条は彼女の腰に見え隠れする拳銃とナイフを確認し、走りながら一息つく。


「ふぅ、ありがとな。君結構若いけど、調査員?」


「ああ。……そういうあんたは、カオナシさんで合うとる?」


「俺の事知ってんのか」


「知れへん方がおかしいねん」


 三人は一度大型のデパートに避難し、蜂が過ぎ去るのを待つ事にした。


「ったはー!」


「お疲れ」


 東条が刀を投げ出し床にぶっ倒れる横で、ノエルは手すりに座り足をぶらぶらする。


「マジバカ疲れた」


「ジュース飲む?」


「飲む」


「ん。持ってきたげる」


「サンキュ〜」


 飛び降りて飲料を探しに行くノエルを、東条は手を振って見送る。


 そんな光景を横目に、紫苑は手すりに寄り掛かった。


「……仲ええんやね、あんた達」


「そうか?普通だ普通」


「……」


「……」



 ――……静かな空間の中、ノエルの鼻歌が響いてくる。



「……一方的に幼女連れ回してる訳やないってのが分かって安心した」


「そりゃどーも!」


 フードの下で小さく笑う紫苑に、東条はジト目を送る。


「……」


「……」


「……うちは紫苑、よろしゅうおっさん」


「待て待て待て、俺はまだ二十前半だぞ」


「さよか」



 ――……¬モンスターの鳴き声がよく聞こえる。



「……」


「……何?」


「いや、お前、会話下手くそだな」


「は?」


 若干ラグのある会話に、東条は笑ってしまう。

 見た目はレディースの総長みたいな雰囲気してんのに、あまり他人と喋り慣れていないらしい。

 それでも危険を知らせてくれたのだから、いい奴なのだろうけど。


「悪い、ただの偏見だ」


「……あんたも相当失礼やね」


「正直なだけだよ」


 東条はよっこらせ、と起き上がり、胡座をかく。


「そういや調査員だったよな、グレードは?」


「二級」


「マジかすげぇな!」


「……どうも」


「見た感じ高校生くらいだと思うんだけど、学校は?」


 その質問に、紫苑の目が鋭くなる。


「……何?あんたも説教?」


「え?いや、単純な疑問。気に触ったなら謝る」


 頭を下げる東条を見て、彼女はそっぽを向く。


「……別に。……やめただけ」


「そりゃまたどうして?」


「あんたに関係ある?」


「……ないな。すま「あ、いや、関係ある。ごめん、今のなし」……?そうか」


 謝ろうとしたが何故か止められ、東条は目をパチクリした。

 そこでノエルが帰還。投げ渡されたペットボトルをキャッチする。


「サンキュ」


「ん」


 再び二人の目が紫苑に向けられる。


「……ウチ、人を探しとんの。その為にここで依頼こなして、グレード上げようとしてた」


「なるほど」


 東条は納得する。

 今の日本、人探しをしていない人間の方が少ないかもしれない。

 誰もが大切な人を亡くしたこの世界で、彼女は学生生活を捨ててまでその人を探そうとしているのか。


「……俺に声をかけたって事は、」


「ああ。彼女はあの日、東京の池袋におった」


 東条が残念そうにペットボトルを置く。


「確かに、俺もあの日は池袋にいたけど、俺の周りの人間は皆死んだし、道中人影も見なかった」


「……」


「救助作戦が行われたのは知ってるだろ?捜索のプロが、命を懸けてあの結果なんだ。……残念だけど、望みは薄いと思うぞ」


「……あの子が死ぬ筈ない」


「ん?」


「っあの子が、そんな簡単に死ぬ筈ないんだ」


 紫苑は顔を歪め、拳を握りしめる。


「一ヶ月くらいは連絡も取れとってん。属性魔法も発現したって言うとった。

 それに、あの子は適応する天才や。他人を犠牲にする事も厭わへん、……そんな強いあの子が、モンスター如きに負ける訳があれへん。きっとどこぞで生きとる筈やねんっ」


(……随分と怖い子だったんだな)


 東条とノエルは顔を見合わせる。


「隅から隅まで全部を探した訳やないんやろっ?

 行ってへん場所で、他に人がいそうな所を教えて欲しい。軍と行動しとったアンタなら、それが分かる筈や」


「まぁ」


「頼むっ」


「……」


 頭を下げる紫苑が、とても痛々しく見えてしまう。

 東条は立ち上がり、彼女の肩を叩く。


「頭上げてくれ。それは構わないけど、二級じゃ特区には入れないぞ」


「今のウチの能力なら、気付かれんと侵入出来る。逃げるだけなら可能やと思う」


「んー……」


 犯罪ではあるが、まあそれは良い。未来ある少女を死地にやるのが、とても寝覚悪いだけだ。

 彼女がどんな能力を持ってるのか知らないが、あそこはそんなに簡単な場所じゃない。


「その前にさ、なんか写真とかないの?もしかしたら見た事あるかもだし」


「あ、そうだっ、忘れとった」


 池袋で一ヶ月生活していたなら、何処かで会っていてもおかしくない。



 彼女には酷だが、確実な死を突きつければ、諦めもつくかもしれない。



 紫苑がカードケースから、一枚の写真を取り出す。



「小学校の頃の写真なんやけど、面影はあると思う。……どう?」



「んー………………」




 渡された写真を見る東条の顔から、みるみると表情が消えて行く。




「……――」




 それは何処かの誰かではなかった。


 一度会った事があるなんて、そんな薄いレベルではなかった。


 この死を突きつける事に、どれ程の痛みが伴うのか。



 俺はそれをよく知っている。









「………はっ」



 蛍光灯が点滅する天井を仰ぎ、悲嘆とも、失笑とも取れない溜息を吐き出した。

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