5巻最終話

 


 ――「おい、キラービー共の数が減ってへんか?」


 地下に造られた大きな巣を見上げる、サングラスを掛けたスキンヘッドの男。


「え?見間違いやないすか?アイツ等一万匹くらいいるし」


「……いや、ちゃう。女王がいねぇ」


 サングラスは眉間に皺を寄せ、歩き出す。


「ボスに報告するぞ。ついて来い」


「ぅえ〜、絶対怒られるやないすか」


 カツカツと歩く二人の進む先には、無数の檻、飼育スペース、地底湖が広がっていた。


 檻の隙間から覗く、怪物達の瞳孔。


 絶えず響く低い唸り声。


 今にも襲いかかってきそうなモンスターの間を、二人は何食わぬ顔で歩いて行く。


 サングラスは扉を開け、大広間へと足を踏み入れる。



「グルァァアア‼︎」

「ギシャァアア‼︎」



 そこはコロシアム型の闘技場。中心では今正に、二体の歪なモンスターが血みどろになりながら殺し合っていた。


「ギャハハハっ」「やれ!」「殺せ‼︎」――


 客席では数十人のギャラリーが罵詈雑言を吐き散らし馬鹿笑いしている。


「うへ〜、また派手にやってるっすね」


「……」


 サングラスは客席の一番上、一人殺し合いを静観していた男の前まで行き、お辞儀する。


「ボス、お話が」


 派手な金髪、派手な服装、派手なアクセサリーをジャラジャラとつけたその男は、しかし目付きだけは獣の様に鋭く凶悪。


「どうしたよダラス、そないに畏まって」


 ボスと呼ばれた男は、立ち上がりダラスに肩を組む。


「お前も見てけよ。今日のは何やったかな、ホブゴブリンとグレイウル混ぜた奴とー、あ、グランピードと骨齧り混ぜた奴や!雑魚同士頑張っとるぞ」


 ケラケラと笑うボスを、ダラスはサングラスの奥から見つめる。


「キラービーの女王が帰ってきていません」



「…………あ?」



 ボスの纏う雰囲気が変わり、ダラスの隣にいた下っ端の肩が跳ねる。


「巣を見てんところ、働き蜂も半分程減っとりました」


「……そうかそうか。……ふぅ」


 ダラスの肩に回された腕に、段々と力が籠っていく。


「なぁダラスよ、アイツ等は俺の命令に逆らえへん。日が暮れるまでには、狩りは終わらせろって命令した筈やねん」


「はい」


「やのに何で帰ってきてへん?」


「……殺されたのかと、っ」


「アハハっ、五千匹が、半日で?馬鹿言っちゃいっけねぇよダラス。……あの軍隊作んのに、俺がどんだけ苦労したと思うよ?」


「ぐっ、はい」


「ん?おお済まねぇ!」


 苦しそうなダラスに気付き、ボスはパッと腕を離す。


「すまんな、大丈夫か?苦しくなかったか?」


「……はい。大丈夫です」


 ボスに気付かれないように、ダラスは堰き止められていた空気を吸い込む。


「しっかし、キラービーがねぇ……」


 闘技場の中心では、グランピードと骨齧りの混合種が、敵の死体を掲げ雄叫びを上げている。


 それを見たボスは、


「へ?」


 ダラスの横にいた下っ端を引っ掴み、闘技場へと飛び降りた。いきなりの事態に、ギャラリーも声を止める。


「ギシャァ」


「ボ、ボス、何を?」


「……いやね、俺今クッソムカついてんやけどさ、ダラスは大事な仲間やさかい」


「ひぃッ」


 ボスは逃げ出そうとする下っ端の首を掴み、もう片方の手でモンスターに触れる。


「ッや、やめ「すまんなぁ」


 途端、下っ端とモンスターが互いに引き寄せ合い、細胞レベルでグチャグチャと混ざり合ってゆく。


 新しい生命の誕生と呼ぶには、あまりにも悍ましく、惨たらしい光景。


「……ぎ、ギェぇ」


 出来上がったモンスターは、ボスに向かって数度泣き、その場に倒れ伏した。


「……やっぱり人間と混ぜると、すぐに死んじまうな」


 ボスは頭を掻き、辺りを見回す。


「真狐っ、いるか?」


 そう呼ぶと、暗がりから狐目の男がヘラヘラと姿を表す。


「はいはい、どしたんボス?」


「何か知っとるか?」


「いやぁ、今日は外でたこ焼き売ってたさかい、キラービーの事は何も」


「なら調べて来てくれ」


「はい〜。明日調べてみるよ」


 ボスと真狐が互いに笑い合う。


「……」


「……はぁ、分かったて。今行けばええんでしょ今行けば」


「ハハっ、悪いな。緊急や」


 背を向ける真狐に笑いかけ、ボスはモンスターを踏みつけ自室へと戻るのだった。


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