2章 国家試験

6話

 

「はぁ……緊張してきた」


 用意して貰ったスーツに身を包んだ東条は、黒塗りの車から降り、天高く聳えるホテルを見上げる。その横で、綺麗に着飾ったノエルがあくびをした。


「では私は車を止めて参りますので、マサ様とノエル様は、お先に部屋でお待ちください」


「あ、はい」


 運転手が目配せでホテルスタッフを呼ぶ。


 本日は関東圏のお偉方が一堂に会する日。

 東条は面倒臭さを噛み殺しつつ、若干の緊張に気を引き締めるのだった。


 ――数十分後。


「此方が大会議室でございます」


「有難うございます」


 二人は扉を開け、静かな緊張感に満たされた部屋を見渡した。


 円形に組まれた大テーブルに座る、大臣、官僚、有権者。そんな物々しい面々の中にいて、視線を集める者が一人。


「おおマサ!久しぶりだな。ノエルも元気か?」


「……あんまおっきい声出すなよ」


「んー」


 既に着席していた藜が、二人へ向け手を振る。

 彼も特別警戒区域及びdead zoneの重要参考人の一人として、この場に呼ばれていたのだ。


 東条は自分の名札が置かれた席、藜の隣に腰を下ろす。


「美見さんから聞いてたけど、本当に来たのな」


「何だよ冷てぇな、俺が来たらダメなのか?」


「ダメっつうか、この人達あんた等の天敵だろうよ」


 当然と言うべきか、犯罪者である藜をよく思う人間などいる筈もなく、今も周りから不信と警戒の目を向けられている。

 当の本人は全く気にしていない様だが。


 しかし藜はクツクツと笑い、それを否定する。


「甘いぜマサ。俺達はもう、真っ当なカタギも同然だぜ?」


「……?何言って」


 そこで扉が開き、岩国大臣、我道総理、総理秘書の美見が入室する。

 他の人達に合わせ東条も立ち上がるが、彼の両隣は立つ気配すら見せない。


 続いて亜門、彦根、千軸の三人も入室。千軸の片目に付けられた包帯が、治癒出来なかった部位を証明していた。

 三人は東条とも目が合うが、今は公務の最中、会釈だけに止める。


「待たせて済まない。早速始めるか」


 総理の一声に、全員が着席。東条も慌てて座る。


「では頼む」


「はい」


 美見が立ち上がり、巨大なスクリーンに会議の内容を投影した。


「今回の議題は、事前にお伝えした通り、魔法顕現者と、仮称cell覚醒者の管理機構確立、及びその適正検査内容のすり合わせについてとなります」


 全員にアジェンダとレジュメが行き渡る。


 東条もざっと流し読みをしている最中、ふ、とある場所で目が止まった。


「……なぁこれ(ボソ)」


「ん。退屈はしなさそう(ボソ)」


「……ククっ、来て良かったぜ」


 三人は驚きを隠しながらも、美見の話を聞く。


「今現在も、日本を混乱に陥れているモンスターですが、これと同様に警戒しなければならないのが、特殊な力を手にした民間人達です。

 昨今では、緑化を免れた地域でも、この力による悪戯や軽犯罪が多発しており、対策が急がれています。

 生憎緑化地帯以外では、殺傷性の高い力が発現しない事が判明しておりますが、早急な対策が急がれている事に変わりはありません」


 スクリーンに犯罪率の推移が映し出される。


「そこで考え出されたのが、今回の管理機構案です。

 民間人に力の行使を許可する代わりに、緑化地帯、及び近郊への物資派遣、情報収集、モンスターの駆除、人命救助などの仕事を斡旋する場です。

 この資格は、適性検査に合格しなければ与えられず、もし資格保有者以外が力を行使した場合、厳罰に処される法案も既に可決済みです」


 マジか、と東条も驚く。そこまで決まっているとは知らなかった。


「現在大規模な緑化が確認されている地域は、東京、大阪、愛知、広島、香川、青森の六都府県。小さい場所を含めると、日本の凡そ十五%の機能が停止しています。

 適性検査には段階を設け、より上位の適正を示した者から、これ等大規模緑化地帯への派遣を依頼したいと考えています。

 尚現在モンスターを生み出す紫の玉の存在は確認されておらず、駆除すればした分だけモンスターは減ります。


 故に我々が目指す場所は、全緑化地帯の奪還です」


 国のトップ達が力強く頷く。


「まずは開催場所ですが、東北は秋田。中部は長野。近畿は兵庫。中国は岡山。四国は高知。九州は熊本。ここ関東は群馬で。各地方に一箇所ずつ、最も被害が少ない場所に用意しています。

 それぞれ、各地方のAMSCU(Anti Monster Supecial Combat Unit)の管轄とし、本部を関東の群馬適性検査場とします」


 皆がページを捲る。


「では検査内容に移ります。適正検査は、


 ・体力測定

 ・魔法適正、及び魔力量測定

 ・筆記

 ・人格適正


 の四項目に分けられます。そして別枠として、


 ・仮称cell特別測定検査


 を設けます。

 仮称cellは未だ分かっていない事が多く、覚醒事例も極めて稀です。

 しかしその力は、人によっては個人で軍を相手に戦える程強力なものである為、特別枠として厳重注意をお願いします」


 東条が顔を上げると、国の視線が突き刺さる。知らん顔をしておこう。


「筆記検査は、モンスターの種類や、最低限のサバイバル技術の知識を試験内容とします。

 しかし第一回目の検査は例外とし、合格者にのみ個別のレクチャーを施します。

 第二回目以降は問題集を販売し、レクチャーを受けれる場も用意したいと考えています」


 財務大臣が頷く。


「人格適正は、その者に前科がないか、力を扱う判断力があるか否かを検査します」


 全員の視線が一斉に藜を向く。そりゃそうなる。


「彼は特例です。数日前、犯罪事業を完全に畳んだ事を此方で確認しましたし、彼がいなければ、特区からは誰一人帰って来ませんでした。

 それに現在、彼には国の研究に力を貸して貰っています。数々の功績と改心の結果が、藜さんが今ここにいる理由です」


「そうだぜぇ?美見ちゃんの言う通りだ。犯罪ダメ絶対」


 どの口がほざくのか。しかし皆それを分かっているのか、渋々と引き下がる。


「藜、そんな事してたの?」


「ああ。これからの時代、モンスターはビジネスになる。犯罪なんかやってる暇ねぇのさ」


「研究って?」


「美見ちゃんが話してくれるさ」


 藜のウィンクに、美見が嫌な顔をする。


「えー、つきましては、昨日新たに判明した事を、この場を借りてお伝えしたいと思います。

 まず魔法と呼ばれている現象ですが、これ等は元々地球にあった元素と、新元素、魔素が結合し起こる化学反応だと判明しました。

 魔法の属性は、確認されているだけで、火、水、風、土、電気、光、氷の七属性。いずれも大気、もしくは地中に含まれる元素と魔素が融合し、発現するものです。

 しかしこれら魔素の扱いに長けた者の中には、適正魔法の元素を魔素そのものから創り出してしまえる者もおり、そうして形創られた魔法は総じて強力な物となります。

 ここから分かる通り、魔素は使用者に応じて変幻自在に形を変える性質があり、仮称cellも、精神的、肉体的な何かによって、魔素が変化した物と考えられています」


 ここでノエルは納得する。何故自分の土魔法と、他の人間の使う土魔法に圧倒的差が生まれるのかを。


 自分はその膨大な魔力量故に、無自覚に魔素から土の元素を生成し、操っていたのだ。


 遥か昔に感じる快人との戦闘で、彼が宙に浮く土の槍に驚いていた理由がようやく分かった。


 魔素から元素を創れない人間にとって、土魔法とは地面と繋がっていなければならない魔法なのだ。


「二つ目は、モンスターの体内で生成される、特殊な部位についてです。

 Level 5相当のモンスターから見られる特徴として、そのモンスターにとっての重要部位が、死亡した後も品質が損なわれず、残り続ける場合がある事がわかりました。

 藜さん」


 呼ばれた藜は、新調した杖をつき立ち上がる。

 白と黒の斑模様が散りばめられた、可愛らしい杖だ。


「此方の杖は、先の戦いで我々に甚大な被害を与えた、白猿、個体識別名『逢魔』の右腕から削った物です」


「マジか」


 前言撤回、全く可愛くない。なんて物を持ち歩いているんだこの男は。


「よく回収出来たな」


「あの後死体転がってねぇか見に行ったらよ、更地にこいつだけ刺さってたんだよ。トレント共も怖がって避けてたぜ」


 美見が咳払いをして注目を戻す。


「そして今まで我々が確認した特殊部位は、ミノタウロスとミノライノスの角だけですが、今回はその二つには確認されなかった現象が起きました。

 お願いします」


「お願いって言われてもな……。あ、君」


「……え、はい?」


 周りを見渡す藜が、千軸を呼びつける。


「生きてた時のコイツは、文字や言葉を使って攻撃してきました。だから俺もこの骨に、何の気無しに文字を書いてみたんですね?……すると」


 藜が魔力を流した杖を、千軸の額に当てる。


「……嘘だろ」


「まさか」


「…………見える」


 ハラリと外れた包帯の下から、無傷の眼球が現れた。


 驚いたのは国のトップ達である。それはこの能力に、ではなく、元犯罪者が、そんな埒外の武器を持っている事にだ。


「生前の能力が残っているのか⁉︎」


「何故そんな物をこの男に渡したのだ⁉︎」


「国で厳重に保管するべきであろう⁉︎」


「有難うございます藜さん‼︎治ると思っていなかったのでっ、有難うございます!」


「いいよいいよ。君の傷跡は運ばれている時に少し見たけど、殆どが魔素によって癒着してしまっている。

 俺でも治す事は出来ないし、cellを暴走させたんだろ?代償とでも思っておきな」


「目が治っただけでも有難いです。何とお礼をしていいか」


「いいデモンストレーションになったからね。構わないよ」


 無視され騒ぎ出す皆を、総理が手を上げ制す。


「特殊部位が、国の物だと定める法はない。『逢魔』を倒したのは彼だ。骨の所有権は、彼にあると見るのが妥当だろう」


「しかし、」


「それにこれからの時代、至る所で特殊部位が発見される筈だ。この性質を秘匿するのも難しい。

 強引に回収すれば、隠し勝手に扱おうとする者も必ず出る。

 ならば発見者には報告を義務付け、高額な取引対象として提示するのが、最も効率的だ。

 売るもよし、使うもよし。売れば国の戦力が強化され、使えば緑地解放が早まる。どちらに転んでも我々に利がある。

 選択の自由を与える事で、特殊部位の秘匿所持を防ぐ。これが此方側が取れる最善手だ」


 一人拍手する藜を睨みながら、お偉方は着席する。


「現在貴方の杖に掛けられている能力は、『復元』。そうですね?」


「ええそうです。今お見せした通り、部位欠損すら治す『復元』です。

 これの対象は生物、非生物を問わず、対象が傷を負った期間が短ければ短い程効力を発揮します。

 心配性の皆様の為に補足しますと、この杖で使える能力は『復元』のみ。書き換えも不可能なので、あまり警戒せずとも大丈夫ですよ?」


「……信じられるか(ボソ)」


 着席する藜に、東条が話しかける。


「それって俺の傷も治せるの?」


「んー、多分無理だな。マサの傷も取り込んだ魔素で武装されちまってるから、俺が上から重ね掛けしても意味ないんよ。彼と一緒。

 あとこれめっちゃ疲れるからもうやりたくないし、それに、そっちの方がカッコいいぜ?」


「ありがと」


「コホンっ」


 再び美見の咳払いが響く。


「以上が研究で判明した事です。……それでは、最後の会議内容です」


 霧散していた緊張感が、その一言で新たに張り直される。

 東条と藜も真剣な表情になり、半分寝ていたノエルも目を鋭くした。


 そう、この詳細こそが、今日最も聞きたかった内容なのだ。



「結論からしまして、地球の表面積が広がっていると判断されました」



 美見の言葉に、三人が息を呑む。


「現在も濃密な魔素の影響により、衛星との通信がシャットダウンしている状況です。他国との連絡も未だつきません。

 そこで我々は、領空侵犯を承知の上で、魔素の妨害を想定した新型無人ドローンによる国外調査を実行しました。


 そうして鳥型モンスターの襲撃を掻い潜った先にあったのは、……未開の大森林地帯でした」


 ドローンの映像が映る。

 そこは正に、果てしなく続く森の海であった。


「ユーラシア大陸とオーストラリア大陸、そのどちらもが、元あった場所から姿を消していました。

 調査の結果、緯度経度が大幅にズレている事も判明し、国が呑まれたのではなく、地球の方が大きくなったのだと結論付けられました」


 そこで見た事のないモンスターによって、ドローンの映像が途切れる。


「恐ろしい事に、この新大陸の魔素濃度は、凡そ特区の数十倍、安全地帯の数百倍の数値を記録しました。

 訓練した者でも、数分で死に至る猛毒の空間です。


 しかし国内の状況も儘ならない今、外の事を考えていても仕方がありません。

 故に我々は、一旦この新大陸から目を逸らす事にしました。

 ただ分かっていて欲しいのは、他国からの支援は一切受けられなくなった、という事です。

 恐らく、他国も我々と同じ状況にあると見て間違い有りません」


 国のお偉方が頭を抱えてしまう。


「そして、ここからが本題です。

 現在日本国内でありながら、通信が取れない県が二つ存在します。

 それが北海道と沖縄。両者ともに新大陸に近い場所に位置している為、濃密な魔素が流入している所為だと考えられています。

 最新の調査の結果、その危険度は特区と同等か、それ以上に引き上げられました」


 ああ成程。

 東条は理解した。この場に自分が呼ばれた意味を。


 総理の目が此方を向いた。


「日本国内で現在、最も自由に動ける者、それがマサ、ノエル、主等だ。

 今の我々のレベルでは、突入しても無惨に食い殺されるだけだ。身にしみてそれが分かった。

 この場を借りて正式に依頼する。

 適性検査を受けた後、まずは米軍基地のある沖縄へと足を運んでくれ。

 すぐにと言っても主等は聞かないだろうから、道中寄り道しても構わん。ただ、目的地を沖縄にして欲しいのだ。

 頼む」


 頭を下げる総理に続き、国の上層部達も頭を下げる。こうやって大切な物の為にプライドを捨てられる人間を、無碍にはしたくない。


「ククク、壮観だな」


「いい眺め」


 何故か一緒になって笑う藜に、ふんぞりかえるノエル。


 こうして今、二人の次の行き先が決まったのだった。

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