第5巻 1章 休息
side)とある救助者の会話
窓枠から昇る朝日に目を擦り、穏やかな目覚めに伸びをする。男は簡易ベッドから起き上がり、肌けた病衣を慣れた手つきで直した。白で統一された室内はカーテンで仕切られており、そこでは自分と同じように、運よく特区から脱出できた人達が休んでいる。
「おはようございます。調子はどうですか?」
隣のカーテンが開き、病院生活で仲良くなった彼が話しかけてくる。
「特に変わりないな」
「それは良かったです」
二人は小さく笑う。
「そもそも私達の中に、身体的な重傷者はいませんからね」
「まぁな。俺達には必死で逃げ回って無傷で生き残るか、その甲斐虚しく無惨に殺されるかの、どっちかしか無かったからな」
「……私達は運が良かったですね」
「ああ、全くだよ」
窓の外を流れる雲は、特区で見上げたものと変わらない。しかし随分ゆっくりと、静穏に進んでいるように見えるのは、恐らく気の所為だろう。
「……」
しかしそこから視線を下ろせば、モンスターとは別の喧騒が、今日も今日とて懲りずに病院の門の前に屯している。
報道陣が、マスコミが、野次馬が、英雄達に一声貰おうと、もしくは糾弾しようと、黒く光る眼球を此方へ向けている。
「……朝早くからご苦労なこったな」
「ええ。報道陣が押し掛ける理由は分かりますが、今回の作戦を失敗と決めつけて報道するのは、少し腹が立ちます。亡くなった方に、それこそ命を懸けて戦ってくれた彼等に、失礼だ」
怒りを滲ませる隣の彼に、男は小さく笑う。
「……いいや、失敗だよ」
当初五百人程いた避難民だが、最終的に救助された人間は1/10にも満たない。その中には、余りの凄惨さに耐えかね、精神を病んでしまった者も何人かいる。
送り込まれた軍は初撃で壊滅的被害を受け、部隊は散り散りに。モンスター共に蹂躙を許してしまった。
各々の場所で英雄の如き活躍をした人間がいたとしても、大局的に見れば、それで救われた命などごく少数に過ぎない。勿論自分も彼等には感謝している。彼等の事を非難する気など起きはしない。しかし当事者から見たら美談になる話も、部外者から見れば醜聞でしかない。
落ち度を晒した人間を寄ってたかって叩く事が、古くから続く日本の伝統芸能だ。
「こと人命救助においちゃ、間違いなく失敗だろうさ」
「……確かに、そうなのかもしれませんね。でも、」
それでも彼は、晴れやかな瞳で男を見た。
「それを私達が口に出すのは、ダメだと思います」
男は彼の言葉を耳に、頭を枕に預ける。首を傾け、再度四角い窓を見た。
「……ああ、そうだな。もしマスゴミが来たら、黙れってぶん殴ってやろうぜ」
「ははは、それはやめときましょう」
同室の患者達も、二人の会話を聞いて微笑む。
切り取られた空は、何処までも澄んだ青色をしていた。
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