59

 


 §



 朧は若干急ぎながら地を駆けていた。


 予想より長居してしまったせいで、数時間大学を空けてしまった。


 半グレとの繋がりなどないとは伝えたが、勝手な行動に何か言及されるかもしれない。


 まぁ、モンスターを狩っていたとでも言っておけばいいだろう。


 早く鍛錬に取り組みたい。そんなことを考えながら姿を消し、大学の外壁を飛び越えようとした、


 その時、


 目の端に一匹のモンスターが引っかかった。


「……見た事ないな。……猿か?」


 トレントの影から大学を覗く、ゴリラとテナガザルを足した様な茶褐色の生物。


 数秒様子を見ていると、さっ、と奥に逃げてしまった。


「……」


 朧は大して気にすることもなく、壁を飛び越えて中に戻るのだった。



 §



 ――日も落ち、暗くなった室内。

 外から差し込む薄い明かりに、東条が目を覚ました。


「ふぁ~~。……」


 時刻は十九時前。

 ポットでお湯を沸かし、のそのそと着替え、隣で寝るノエルを揺する。


「ほら起きろ~」


「む~」


「東京タワー行くんだろ?いい感じにライトアップされてんぞ」


「ん~。……ほんとだ」


 夜の街に聳える、真赤な塔。

 周りの光源が少ないのもあり、その存在感は中々の物だ。


 二人は諸々用意を済ませた後、小さなリュックだけ背負い、タワーに向かって歩を進めた。



 ――「とうちゃーく」


「ちゃーく」


 トレントがそこら中に絡まった赤い鉄骨を、真下から眺める。


「こうして見るとデカいな」


「まさも初めて?」


「ああ。別にわざわざ行くとこでもないと思ってたかんな」


 高い、デカい、というだけで、あまり魅力を感じたことが無かった。

 正直今も、別に惹かれるものはない。


 ノエルが彼のズボンを引っ張り、急かす。


「登ろ」


「上るか」


 東条がエレベーターに向かおうとすると、なぜか当然の様にノエルが背中に飛び乗った。


 嫌な予感がして、肩に顎を乗せる彼女を睨む。


「何してんだ、早く上ろうぜ」


「ん。早く登ろ」


 言っている事は同じなのに、決定的なまでに何かが違う。


「……マジかよお前」


 彼女が何を言いたいのか理解した東条は、もう一度タワーを見上げる。


 横から刺さるキラキラとした視線に負け、彼は鉄骨に手を掛けた。




 ――「たかー」


 風に白髪を靡かせ、ノエルが夜景を楽しむ。


「たけーなこりゃ」


 四肢を武装した東条も、一度片手を離し眼下を見下ろした。


 高さ的には百六十mといったところか。Cellが無ければ脚が竦んでいる。


「うし」


 頂上まではまだ遠い。彼は再び上を見て動き出した。



 ――円状に展開した漆黒に手を掛け上り、ノエルを下ろす。


「ふぅ……精神的に疲れた」


 ようやく到達した、三百三十三m地点。その天辺に漆黒を乗せ、即席の展望台を作ったのだ。


 後ろに手をつき座る東条は、遥か彼方を見やる。


 超高層から見渡す景色は、正に圧巻。

 ぽつぽつと灯る近辺に加え、安全地帯の無垢で燦然とした輝きが夜空を照らしている。


「……」


「どうだ?」


 縁に立ち、遠くを見つめるノエルの横に立つ。


 夜景とは人の営みを結集させたもの。モンスターである彼女が、その光に何を見るのか、自分には分からない。


 しかし、そんなことはどうでもいいのだ。


 彼女の横顔を見るだけで、この場所に連れてきて良かったと思えるのだから。


「……ん。綺麗」


「そりゃ良かった」


 ノエルは座り、リュックを下ろす。中からカップ麺と水筒を取り出した。


「どっちがいい?」


「シーフードで」


「じゃあノエルはカレー」


 彼女は熱湯をカップ麺に注ぎ、手を翳して待つ。


「ん。ありがと」


「おう」


 漆黒をローブ状にしてノエルに被せてあげた。



 ――「ズゾゾ」

「ズゾゾ」



「はぁ~」「はぁ~」



 のほほんとした白い吐息が、ゆらゆらと天に昇る。


 彼女は感慨深く麺を見てから、遠くに目を向けた。


「まさに初めて食べさせてもらったの、これだった」


「そーいやそうだったな」


 あの時はまだ、ノエルには名前すらなく、箸も持てなかったのだ。

 随分と懐かしく感じる。


「……うまいな」

「うまい」



「ズゾゾ」「ズゾゾ」




「はぁ~」「はぁ~」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る