29

 


 表参道ヒルズにて一夜を明かした彼等は、池袋の物とは比較にならない美しさのクリスマスツリーの前で、カップ焼きそばをズゾズゾと食す。


「ブティックばっか」


「まぁ、そーゆーの集めた場所だからな」


 口を尖らせるノエルに、しょうがないと言い聞かせる。


 レストランはレストランで、良い食材を使っているいいレストランが多い為、冷凍を求める自分達からすると渋いというもの。


「勿体ねぇよな~。原宿のスイーツ巡りは俺の楽しみだったのに」


 甘味好きの自分からしても、この場所が無くなったのには悲しいものがある。


 ついこの前までJKやJDで溢れかえっていたこの聖地も、今では閑散とした魔境だ。


 そんな昔の思い出に浸っていると、前方から怨嗟の混じった視線を感じた。


「……うらやま」


 頬を膨らますノエルに吹き出す。


「そうむくれるなって。日本も案外無事みたいだし、ここ出たら食い放題だぜ?」


「……ん。金も入った」


「金も入ったしな!」


「グラララララ!」「ゼハハハハハ!」


 彼等の高笑いの理由は一つ。先日遂に、国から口座の用意ができたという知らせが届き、加えて藜によって即日金が振り込まれたからだ。


 故に今の彼等は、貯金残高二十億を超える金持ちなのだ。



 ――「せっかく来たんだし、何かやってこうぜ」


「んー」


 ヒルズを歩きながら頭を捻るノエルだが、そんな彼女の目に一つの店舗が映った。


「……ファッションショー」


 大人びた服を着る、子供のマネキン。


「……いいね」


 笑い合った彼等は、悠々とお洒落な扉を潜った。






 ――試着室の前、東条がソファにどっかりと腰掛ける。


「準備はいいか?」


「ん」


 山手線内はクリスマスで時間が止まっている。

 今回はそれに合わせて、テーマをクリスマスコーデとした。


 準備完了の合図を受け、カメラを構える。


 さて、お手並み拝見といこうではないか。


「題‼」


「童貞殺し」


 瞬間、バッ、とカーテンが開き、着替えたノエルが短いランウェイを歩いてくる。


 シンプルな黒のニットに、ブラウンのチェック柄のフレアスカート。

 シックでおとなしめな雰囲気に、甘い栗色のレザーバッグが良い味を出している。


 優しい温かみを感じさせる、大人可愛らしいコーデだ。

 確かに、童貞ならば一撃で殺されていただろう。


 ノエルは自分の前でポージングを取った後、再び試着室に戻りカーテンを閉じた。



 そこからは只々、彼女のセンスの良さに脱帽させられ続けた。



「題!」


「パリジェンヌ」


 クリーム色のワッフルニットに、フランス産の赤ワインを彷彿とさせる、ボルドーカラーのセンタープレスワイドパンツ。


 黒のベレーと黒のショルダーバッグ、黒のバレーシューズを合わせれば、それは最早プァリのジュェエンヌに他ならない。



「題‼」


「大人のクリスマス」


 淡いベージュのツイストニットワンピースに合わせ、タイツを類似色で、パンプスを同色で揃える。


 シンプルながらも漏れ出す余裕と上品さは、男ならば誰しもが振り返ってしまうに違いない。



「だぁい‼」


「クラシカル」


 白のブラウスに黒のサロペットを合わせた、シックなモノトーンコーデ。

 エナメルブラックのハイヒールに、ストライプ柄のスカーフで、気分は異国のレトロ嬢だ。


 目の前でサングラスをくいッ、と上げられた時は、不覚にもドキリとしてしまった。

 やはり白黒は不動の組み合わせだ。



「んダァイっ‼」


 そして最後。



「ノエル」



 カーテンを開き現れたのは、真赤なモックネックワンピースに身を包んだ、この世ならざる美を持つ少女。



 その姿はまさに、物語から出てきたお姫様の様であった。



 遠慮なくボディラインを魅せるセクシーさから反転、ウエストからふわりと切り替わるフレアスカートは、少女の可憐さを最大限に引き出している。


「……」


 凝視しすぎていたのか、ノエルがもじもじと頬を赤く染める。


「……どう?」


 そんなの、決まっているじゃないか。


「……あぁ、とても綺麗だ」



「ん。……うれし」



 彼女は心底恥ずかしそうに、満面の笑みを浮かべた。



(……)


 東条はあの日あの時の、遠いようで近い過去を思い出していた。


 いつだったか、嘗て紗命とも似たようなことをしたものだ。


 彼女を連れて店内を巡り、お互いに着替えては見せ合った。


 似合っていると褒め称え、何だそれはと爆笑し、彼女の美しさに魅せられた。


 ノエルの純情で真っ白な鮮麗さは、その思い出を引き摺り出す程、自分の心を震わせたのだ。



 東条はそんな自分を可笑気に笑い、思い出の感謝と、幾許かの罪悪感をに捧げた。


「まさ?」


「あぁ、わりぃわりぃ。お前に見惚れてた」


 不思議そうに覗き込むノエルの頭を、ワシャワシャと撫でる。


「ん~。それは知ってる。まさのも用意したから着て」


「俺の?」



 いったい何を?言われるがまま試着室に入り、……そこにあった衣装を半眼で見つめた。


 ――「着替えたー?」


 ノエルが待ち切れないとばかりに足をぶらつかせる。


「……一応聞いとくけど、間違ってないか?」


「ノエルは間違えない」


 東条の弱弱しい声に、彼女は絶対の自信を持って答える。

 そこにあるのが答えだ、と。

 さっさと見せろ、と。


「……はぁ。えぇいッ、刮目せよ‼」


 諦めた東条は吹っ切れ、カーテンを力いっぱい引き千切った。


「あハハハハハッ、ダメっ、ツボっ、ふふふっ」


 ノエルが真赤なドレスを振り乱して転げまわる。


 彼女の視線の先に堂々と直立するのは……


 白いボンボンが付いた赤い帽子、グルグル鼻眼鏡、顔を覆い尽くす程の真っ白な髭、赤を基調としたふわふわな上下。

 そして左手に大きな袋、右手にはトナカイの押し車。


 正に、サンタクロースその人であった。


 しかし一つだけ、子供の味方皆大好きサンタクロースとは程遠い点がある。


「ぶふっ、似合ってる」


 ここは言っても子供服売り場だ。大人用のサイズがあるはずがない。


 故にサンタの見た目は、バチバチにはち切れそうな子供服を着た、変質者以外の何者でもなかった。


「……せめて大人用持って来いよ」


 サンタが溜息を吐く。髭がふぁさっと揺れた。


「ほら、ポージング」


 言われた通り彼は歩き出し、その度にトナカイがカラカラチリンと楽し気な音を出す。


「ふんっ」


 ノエルの前でマッスルポーズをとった瞬間、筋肉に押し上げられ、限界だった服の至る所が引き千切れた。


「ニャハハハハハッ」


「だいぶ楽になったな。……笑いすぎだろ」


 涙を流して腹を抱える彼女。彼の額に青筋が浮かんだ。


「おらっ」


「よっ」


 サンタは右手の袋を開き被せようとするも、背凭れに手をつきバク転したノエルに躱されてしまう。


「わるぃごはいねがぁってなァ」


「あははっ、鬼さんこーちら」


 互いにニヤリと笑った後、地面を蹴り抜き、お姫様と変質者の鬼ごっこが始まった。



 §



出典 folk-media.com

zozo.jp

https://wear.jp

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