12
――康を抱えて外周のトレントを飛び越え、少し進むと、目的である発電所が目に入った。
康と同じく黒いスーツに赤のバッヂを付けた男女が、入口の前で待っている。
「ちびるなよノエル?」
「はっ、まさなんてもう漏らしてるくせに」
「漏らしてねーよ」
「あまり怖がらなくても大丈夫ですよ」
入口を通され、大きなソーラーパネルの間を抜け、管理室の様な場所に案内される。
康がドアをノックすると、「入れ」という、凛とした女性の声が中から響いた。
「失礼します。姉御」
彼に続いて二人も入室すると、途端に充満したヤニの臭いが鼻を突いた。
室内には大量の空き缶が転がり、灰皿の上には吸い殻の山が形成されている。
「姉御、お客呼ぶならもう少し片付けたらどうすか」
「それはお前の仕事だろ」
「初耳ですけど……」
テーブルから脚を下ろす彼女が、康を無視してすっくと立ち上がる。
身長は百七十以上あるだろうか、東条と殆ど変わらない。
黒いスーツに身を包み、赤いバッヂも他と変わらず。
ただ違うのが、はち切れそうな胸元に差された真赤なポケットチーフ。
そして最も目を引く、腰付近まで伸びた燃える様な深紅の長髪。
獣の様に鋭い目が細められ、銜え煙草の火が燻った。
「……挨拶遅れて申し訳ない。が、ノエル殿、先ずはそのカメラを止めてくれないか?」
「ダメ?」
「ダメ、だ。こいつと会った時から今までの動画を、今ここで削除してくれ」
部屋の掃除をする康を首で指す。
(おぉ~何か映画っぽい)
東条の関心を他所に、しょうがないと言った風体でノエルは動画を消し始める。
「貴殿等の動画は面白いが、うちの組の内部まで流されては流石に堪らないのでな」
「ん。理解」
「ハハハ、感謝する」
一瞬ピりついた空気が流れたものの、許してくれたみたいで良かった。
そんなことを考えていた東条と、姉御の目が合う。
「……しかしまぁ、本当に頭部だけ黒いな」
「セルフモザイクですね」
「便利だな。確かに貴殿の名前も、動画内ではモザイクが入っていたな。隠しているのか?」
「動画内では一応。普段はまさと呼ばれています」
「まさ殿か、ならば私は
「分かりました。……一つ聞きたいのですが、ここをずっと守っていたのは紅さんですか?」
改めてこの質問を、本人だろう人にぶつける。
「そうだな」
彼女は何の迷いもなく、その疑問を肯定した。
「……私が生き残れたのも、電気が途切れなかった影響が大きいです。本当に有難うございました」
目の前の女性は、自分が感謝すべき数少ない内の一人だ。東条は躊躇わずに腰を折った。
「構わないよ。私達も電気が無いと困る。しょうがなくさ」
然して気にした風もなく、彼女は手をひらひらと振る。
「まぁ感謝してくれるってんなら、素直に受け取っとくけどね」
二人の会話が終わると同時に、ノエルの作業も終わった。
「行くなら速く行こ。ここ臭い」
鼻を摘まむノエルに、東条が頭を抑える。
こいつはオブラートというものを知らないのだろうか。
一瞬ヒヤッとしたが、当の紅は笑って許してくれたのだった。
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