6話
「ぶはっ、大丈夫か?ひひっ」
「…………」
地面に倒れ伏すノエルを笑いつつも、森の奥から近づいてくる何かを警戒する。
感じる威圧から察するに、今日一番の大物だ。
「ボルルルル……」
木々の暗がり現れたそれは、大きな手で死肉を掴み、バリバリと噛み千切り咀嚼する。
四mに届きそうな体躯は筋肉で覆われ、何より特徴的なのが、顔の半分を占める程の単眼だ。
一つ目の巨人は東条の持っている巨肉を瞳に映し、三日月型に牙を覗かせた。
「キュクロプスってとこか。すげー迫力だな」
肉を肩に担ぎ、ベヒモスを除いた過去一の威容と向き合う。
東条は、あの象とノエルを理解という枠組みから外している。
そうして作られたランキングの中で、目の前の化物はパッと見の魔力量、肉体能力共に間違いなくトップに君臨するだろう。
因みに現在の東条の位置は、ライノスより上、ヒポポタより下と言ったところだ。
人間の中では、潜った修羅場の数が違いすぎるせいでずば抜けているだけであり、強者の中では特段高いというわけではない。
何度も言うように、強くなればなるほど魔力量は増大するが、一概にそれが全てとは言い切れないのだ。
技量や、それこそcellによって、いくらでも戦況は変わる。
彼がキュクロプスを分析している隣で、ノエルがゆらりと立ち上がった。
「……まさは手出さなくていい。持ってて」
「んぁ?生きてたんか」
先のお返しと冗談を言うが、ノエルは何も言わず、カメラを投げ渡し歩いていく。
(……あちゃ~、怒ってらっしゃる)
確かにあんなことをされれば切れるのも当然だ。
東条は邪魔にならないよう、出来るだけ二人から離れ始めた。
「一応気ぃつけろよ。強ぇぞ」
「ん」
「冷めねぇ内に終わらし」
「ん」
「ボルァア‼」
肉が去って行くのを見たキュクロプスは、全身のバネを使い突進。前方に立つ小さな邪魔を無視して地を蹴った。
瞬間、
「ルっ⁉――ッ」
足元から連続で生える土棘を、巨体からは想像のつかない驚異的な身体能力で躱し、自分を追って迫ってくる分を殴り壊す。
「……ルオォ」
睨む先には、一人の少女。邪魔と判断した少女が、此方を見ている。
「ノエルを見ろ」
縦に割れた紫眼が、瞬きもせずにキュクロプスを射抜く。
「ノエルは怒っている」
風に髪を靡かせ、空気が揺れる程の殺気を滾らせて、
「ノエルとまさは、邪魔されるのが嫌いなんだ」
「ボルッ‼」
少女を邪魔者ではなく敵と判断したキュクロプスは、土の盾を作り出し突貫。生成される棘を薙ぎ払い、瞬きで肉薄し振りかぶる。
「ゴッ⁉グっ――」
と同時に、岩石でできた巨大な拳に殴り飛ばされた。
途轍もない衝撃に脳が揺れるが、辛うじて空中で体勢を直し、地面を削り向き直る。
見れば少女の両脇には、先程までは無かった巨腕が生えている。あれをどうにかしなくては、近づくこともままならない。
口から垂れる血を拭いたキュクロプスは、地面に手をつき、
「ボルル……ッ」
うねる特大の土柱を十本、ノエルへ向けて放った。
高く打ちあがった十の柱は、空を覆い隠し、たった一人の少女を圧殺せしめんと降り注ぐ。天を地が犯すその光景に、
「……はぁ」
ノエルは一つ、苛立たしさを孕んだ溜息を零した。
「……ボ、ボルァ?」
キュクロプスは眼前の光景に疑問を抱く。……土柱が伸びるのを止め、空中で止まっている。
バシバシと地面を叩いて魔力を送り込むが、うんともすんとも言わない。
「ボルッ、ボルァッ‼」
必殺の一撃の不発に、玉の汗が浮かぶ。
そこに、
「どいつもこいつも。ノエルの前で、大地に命令するな」
弾かれる様に顔を上げれば、自分が放ったはずの土柱が全て、進路を変え此方に降って来ていた。
「――ッボ、グルァ‼」
数段威力を増した魔法は、爆撃の如く降り注ぎ、地面を陥没させ尚も止まらない。
コンクリを抉り、森を破壊し、一体の巨人を執拗に追いかける。
後には、濛々とした砂煙が辺りを包んだ。
「グ、ボルァ……」
砂煙が晴れて現れたのは、四肢を棘の生えた蔓で貫かれたキュクロプスであった。
土柱を躱し、受けきったは良かったものの、隙をつかれ腱を貫かれてしまっていた。
「三分くらいか」
「ボルァアッ」
興奮が収まり人間の瞳に戻ったノエルが、動けない単眼を興味なさげに見る。
「……『ロゼ』」
「――ッボっグボッ、ボァ‼っギャベっぁびゃ――
途端、蔓がうねり、キュクロプスの身体を縫う様に進み始める。その悍ましい恐怖と激痛に叫び声を上げるが、最後には蔓が収縮し、バキベキと巨体を捻り潰した。
彼女が背を向ける頃には、天辺に、血の様に赤い薔薇が咲いていた。
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