第107話

 


 ――都会のビルの上階にあるという、珍しい水族館。

 道中店内は当然の如く荒らされていたが、やはりというか、モンスターは襲ってこなかった。


 そして目の前にノエル念願の入口が見え、……まぁそうだよな、と肩を落とす。


 装飾ははボロボロに剥がれ、植物は中まで浸食している。モンスターが来た証拠だ。


「一応入ってみようぜ。魚は無事かもよ?」


「ん」


 暖簾の様になっている蔦を潜り、少し進む。


 ……そこで二人は目を剥いた。


 確かに至る所から木が生えてるが、薄暗い室内にズラリと並ぶ水槽は、どれも美しくライトアップされている。


 その中で元気に泳ぐ魚達は、人がいた時よりもどこかリラックスして見えるほどだ。


「わー」


 初めて見る魚類に興奮し、大きな水槽に抱きつき、ビデオで撮るのも忘れかぶりつく様に見るノエル。


 そんな年相応の姿に、東条は連れてきて良かったと親心を滲ませた。彼女が何歳なのかは知らないが。


「あれ美味しい?」


「イワシか、美味いぞ。蒲焼かなー」


「おー。あれは?」


「刺身だな」


「あれは?」


「煮つけ」


 走り回るノエルの疑問に答えながら、東条も館内を見て回る。


 不思議なほどに綺麗な水槽に、水。……人の手が入っているとしか思えないのだが。


「はやくっ」


 ノエルに手を引かれ、そんな疑問も霧散してしまった。



 ――上階は水辺の生物コーナー。熱帯地域に生息するモノも多いこの階には、歪に生えるトレントがよく映える。


「まさ。この蛙動かない」


 ノエルに見つめられ、片足を上げたまま硬直するカラフルな蛙。見れば水槽内の全ての蛙が、思い思いの形で硬直していた。


 絶対的捕食者を前に、己の生を悟ったかの様な顔つきで。


「蛇に睨まれた蛙ってな」


「あー。……わっ!」


(((ビクゥッ)))


「あははは」


「あんま虐めてやんなよ?」


「ん。バイバイ」


 恐怖に動けなくなってしまった彼等の姿は、走り去る彼女に手を振っている様にも見えた。



「わー、まるまる」


「バイカルアザラシ、だってさ」


 久しぶりに現れた人間に驚いているのか、パチクリとこちらを見ている。


 まさかここまで大型の生物も生き残っているとは、ウルフとか喜んで食いそうだけど。


 そんなことを考えていると、突然水槽内の扉が開き、


 中から小太りの飼育員がバケツを持って入ってきた。


「はーい、御飯ですよー。よしよし、お腹す、き、ま……」


 優しそうな笑みは一転、外側にいる東条達に気付き、動きが固まる。

 図らずも先程見た動きだ。


 顎が外れたのでは、と心配になる飼育員のバケツには、数匹のアザラシが群がり魚を貪り食っていた。


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