第73話

 



 ――(……死んだな)


 霞みがかる脳裏で、自分の敗北を理解する。


 もう指の一本も動かない。このまま握り潰されるか、食われるかのどちらかだろう。


 彼は諦め、最後に唾でも吐いてやろうとキングの顔を見る。







          笑っていた







 ようやく見れた敵の悶える姿にか、自分の勝利を予感してか、キングの顔にはべったりとした笑みが張り付いていた。




(……あ?)


 状況も忘れ、唖然としてしまう。


(……何、笑ってんだ?)


(……俺が、笑われてんのか?)


 極限の身体状況の中、思考が暗い闇に呑まれ、感情の濁流に意識を持っていかれる。



      緊張?


                        焦り?



                                 

恨み?       


                後悔?


(……なぜ?)



自分という定義の境界が曖昧になっていく。




不安?




              自責?





     嫌悪?



(……俺が、守れなかったからか?)    



諦念?



                    絶望?





    憎悪?





                      悲しみ?




(……俺が、皆を、死なせたからか?)





 自分の中にある願望が、欲望が、無理矢理広げられていく。





(………………違うだろ)



                                 怒り?





(……悪いのは、お前だろ)






(俺から奪ったのは……お前だろ)



 自分が抱いてきた大切な感情、想い、記憶は漆黒の中へ消え、『奪われた』という他者からの干渉のみに強烈な執着が纏わりつく。



 (……笑うな)



 思い通りにならない世界に対しての、



                  放心?



 容認?



                                拒絶?



 (その顔を……)



 自分をを阻む全てに対しての、  



                       恐怖?




(……やめろ)




 不可侵な程に自己中心的な、








            殺意







 ――――「……」





 ゆらりと擡もたげた東条の貌は、のっぺりとした漆黒に包まれ表情が無かった。



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