第72話



 ――中心に、ドス黒い緑をした何かが、十数人の人の死体の上に座り背中を向けている。


 耳を澄ますと、奇妙な音はそこから聞こえてくる。




 クチャっ、バリバリッ、グチャクチャ――




 まるで、何かを食っているような……



「――っ」


 見てしまった。見えてしまった。あれは、


 ……腕だ。


 それもよく知っている腕。


 筋骨隆々な、何度も手合わせした、逞しい腕。


「――っ紗命ッ‼皆ッ‼」



 ――返事はない。



「葵さんッ‼佐藤さんッ‼」



 ――返事はない。



 ……そうだ、隠れてるのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。そうに……



 こつん。


 靴に何かが当たり、下を見る。






 ……そこには、赤く染まった花飾りと、罅割れた菊のブローチが転がっていた。






「――ッッッッ‼‼‼」


 大地を蹴り砕き、一瞬で肉薄する。


 脚から腕へ漆黒を移し、醜い顔を全力でぶん殴った。


「ばガぁァっ⁉」


 ゴブリンの王は衝撃で飛んでいくが、すぐに起き上がり殺意を滾たぎらせる。


「――ッッ‼」


「グガァァッ‼グぅっ」


 唸る拳を地面ギリギリで躱し、脇腹を殴り飛ばす。


 強引な追撃を後ろに飛んで躱した。

 外れた拳は地面に小さなクレーターを作っている。


「……」


「ゲェェェェアァッ‼」


 両者同時に地面を踏み抜いた。



 ――右から来る剛拳を躱し、鳩尾を殴る。


 ――左下からくる蹴りを屈んで躱し、右膝の関節を横から殴る。


 ――崩れ落ち低くなった顔面に、回し蹴りをぶち込む。


 ――倒れる前に顎あごを蹴り上げ、顔面を殴り地面に叩きつける。


 ――蹴り飛ばし、殴り、弾き、抉り、突き刺し、また殴る。


 ――殴り、殴り、躱し、殴り、躱し殴り殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴――


「グゲァァァアアッッッ‼」


 ゴブリンの王の怒りが頂点に達した。



 キングは自分のプライドを傷つける者を許さない。


 万全の状態を整え復讐を決行した。


 その復讐も完了し、気持ち良く食事をしていたら、いきなり殴られた。


 羽虫の一匹、一撃当てれば終わるのに、それなのに、どうしても当たらない。


 ちょこまかと避けては突いてくる。


 痛くはないが、その一方的な攻撃が、キングのプライドを傷つけた。


「ゴルァッ‼」


「……」


 東条は突っ込んできたキングを避け、後ろから攻撃しようとし、

 キングが狙い拾った大戦斧の大薙ぎにブレーキをかけた。



「…………はぁーー。……落ち着け、落ち着け」


 大きく息を吐き、嫌な考えを外へ追い出し、無理矢理心を静める。


 皆が生きているかどうかは、こいつを殺した後に考えればいい。


 相手を睨みつけ、舌打ちをする。


 膂力、硬さ、速さ、持久力、全てが高水準。単純且つ明快に強い。


 関節に与えたダメージもまるで効いていない。


 (……嫌になるな)


 キングが地を蹴り、東条目掛けて斧をフルスイング。

 しゃがんで躱しながら漆黒で受け止め、




 パァァァアンッ‼




 漆黒が破裂した。


「――っ⁉グふぅッ――」


 一瞬身体が硬直した隙をつかれ、胸に前蹴りを喰らい宙を舞う。


「カハっゲほっげほっグふっ――一撃かよッ」


 軋む身体を無理やり起こし、追撃の斧をギリギリで避ける。

 振り下ろされた斧が、勢いあまって床をぶち抜いた。



「……クソがッ」


 詰み。誰が見てもそう思うだろう。


 今の状況は、それほどまでに悪すぎる。


 自分の攻撃は効かず、相手の一撃は理不尽な程に重い。


 頼みの綱である漆黒でさえ、貯蓄量を一瞬で超過させられる。


 幸い、破裂しても数秒経てば元には戻る。しかしゼロから溜め直しだ。


「すーッがはっ、――ッ」


 息を吸うたびに胸が痛む。一発目にもらった前蹴りで何本か逝った。

 その中、超速の攻防をしなければならない。


「ふっ、ふっ、ふっ――ッ、――」


 呼吸を鋭くし、攻撃を見切る事だけに集中する。


 (今はっ、これで良い、兎に角、眼を慣らせッ)


 喰らったら終わりの必殺の連撃を、躱し、躱し、躱し、躱す。



 何度目のやり取りか、キングがイラつき、少しだけ、ほんの少しだけ大きく振り被った。


 (――ッ)


 振り上げられた斧の軌道上、触れるか触れないかの場所に、漆黒を顕現。


 ――斧が動き、漆黒に触れ、一気にキャパが膨れ上がり、コンマ数秒、



 破裂する前に全て放出した。



「ゴェアッ⁉ギェェエッ⁉」


 突然の力の逆流に、腕ごと身体を持っていかれるキング。

 身体が大きく反れた瞬間、自分の右目が見えなくなり、激痛が走った。


 キングは滅茶苦茶に暴れるが、犯人は既に飛び退いている。



 溜めることができないのなら、溜めなければいい。


 攻撃に力が乗る直前を見計らって、出し切ってしまえばいい。


 途轍もない集中力を必要とするが、自分が生き残るにはそれしかない。


 極小の針穴に、糸を通し続けるしかない。


「グルォォオッッッ‼」


 キングは目に突き刺さった包丁を投げ捨て、戦斧を振り回し鬼の形相で迫ってくる。


「……」


 東条は極限まで瞳孔を開き、瞬き一つせず全集中力を大戦斧に注ぐ。



 ダァンッ      ダァンッ       ダァンッ       ダァンッ

      ダァンッ      ダァンッ        ダァンッ

   ダァンッ      ダァンッ       ダァンッ       ダァンッ



 攻撃が加速する前に、その悉くを腕ごと弾き飛ばしていく。


 一歩一歩とずり下がるキングの隙を縫い、東条は執拗に目を狙い攻撃を繰り出す。


 戦況が彼に傾いた。



 そう思った時、


「グルァアッッ――ッゥルガァアッッッ‼」


「なっ⁉」


 怒り狂ったキングは、弾き飛ばされた腕をもう片方の手で強引に掴み、漆黒を弾けさせ無理矢理振り抜いた。


 東条は寸前で身体を引き回避するが、足場が崩壊した衝撃ででバランスを崩し、掌で掴まれる。


「やッグぁあああああッッ‼ごふぅっ――」


 バキバキバキバキっ、と身体の至る所から絶叫が響く。

 内臓の大部分が傷つき、彼は血の塊を吐き散らした。

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