第69話

 


 午後三時を回り、腹も膨れてきた皆。

 大したプログラムも決められていないこのパーティを、誰もが思い思いの過ごし方で楽しんでいた。

 そんな時、


「……何じゃ?」


 若葉の耳が微かな音を拾った。


 雄叫びのような、足音のような。


 直後、柵から眼下を眺めていた青年が叫ぶ。


「モンスターの大群だ‼みんな来い‼」


 一斉に切り替え、柵の周りに集まる皆。


「……四十匹前後ってとこか?先頭に知らんのがいるな」


 鬼気迫る勢いで走る彼等の先頭、豚頭のモンスターが六匹、明確に屋上を見上げ、雄叫びを上げた。


 そのままデパートの中へ入っていく。


「臭いに釣られたか?」


「確かに鼻がよさそうな顔はしていましたね」


 軽口を言いながらも、素早く戦闘態勢を整えていく。


「先ずは俺と佐藤で豚頭を相手する。ゴブリンは任せていいか?」


「あぁ、あの数ならば問題ない。若いもんだけでもすぐ終わるだろう」


 後ろから東条が声を掛ける。


「俺は戦っていいのか?」


「……最初は見ててくれないか?俺達だけでも心配いらないと、そう判断したら暴れてくれて構わない」


「分かった。……黄色いのが一匹いたろ?強個体かもしれないから気を付けな」


 他の豚頭に比べ、先頭にいた一体は色が違っていた。

 ゴブリン戦の後にも教えたが、一応忠告しておく。


「あぁ、覚えてる。特殊個体というやつだろ?油断はしない」


「おけ、じゃぁ俺と紗命はゆっくり見てるよ」


 東条は戦線の後ろへ椅子を持っていき、気楽に座った。その横に紗命も並ぶ。



 ――危険が迫ったら迷わず助けに入るつもりだが、彼等の姿を見ているとそれも杞憂に思う。

 数で言えば以前の方が多いし、これ以上の奇襲にも幾度となく対処してきた。


 しかし誰一人として油断していない。

 さっきまでの緩んだ空気は消え失せ、剣呑な闘気が辺りを包んでいる。


「……環境ってここまで人を変えるんだな」


「恐ろしいと同時に、頼もしくもあるなぁ」


 自分達もその中の一人であると自覚し、彼等にエールを送った。




 ――「……来たわね」


 エスカレーターを上り続々と九階に現れるゴブリン。その光景を、以前ぶち抜かれた壁から確認する。


 ゴブリンを盾にするつもりなのか、豚頭は彼等が全員突撃するまで近づく気配がない。


「……まぁいい」


「ギゲェッ‼」


 群れて穴を通ってくるゴブリンは、しかし人工的に造られた一本道で直線にしか進めない。


 その先に待つのは、


「燃えろ」


 両手から最大火力で放たれた豪炎は、直線上の悉くを呑み込んだ。


 ゴブリンの三分の一を一瞬で黒い塊にした葵獅は、身体強化を掛け間髪入れずに穴へ突撃する。


 突っ込んできた豚頭の顔面を燃えた腕で殴り飛ばし、そのまま佐藤と共に中へ飛び込んだ。



「タフだな」


「ブギェッ‼」


 顔が半分潰れた豚頭が、大量のゴブリンと共にドスドスと迫ってくる。速さはそれほどでもない。


「佐藤」


「はい、止めます」


 瞬間、二人に向かって来る生物の全てが停止、同時に火炎放射が浴びせられ、追撃とばかりに無数の風刃が踊り狂った。



「気合入ってるのぉ」


「凄いっす」


 ゴブリンなど、殆どが炭化、もしくは細切れにされてしまった。


 当初中から来るゴブリンを始末する筈だった待ち伏せ組は、堪らず逃げてくる小鬼を処理するだけの簡単なお仕事となってしまっていた。



「……奴らの力を知りたい。黄色含めた四体の足止め頼む」


「了解」


 葵獅が豚頭の一体に肉薄する。他の三体が動こうとするが、風と停止のcellで行く手を遮られた。


「ブギィッ‼ブギィッ‼」


 葵獅は繰り出される拳をゆらりゆらりと躱し、相手の力量を見定める。


「ブグゥイッ‼」


 渾身の一撃が葵獅の顔面を捕え、乾いた音が辺りに響いた。


「……膂力は中々だが、遅い、これなら任せられるな」


 両手で受け止めた葵獅が腕を弾き、懐へ潜り込む。


「翁っ‼二体任せる‼」


 生々しい音を立ててめり込んだ拳が、豚頭を穴付近まで吹っ飛ばした。


 次いで佐藤も強風で一体を同じ場所へ吹き飛ばす。



 ――立ち上がる二体が外の人間に気付き、ドスドスと走りだす。


「はいよっ。ほれ来たぞ、気ぃ引き締めろ」


 葵獅と佐藤、若葉には取るに足らずとも、彼等からすれば強敵である。


 自分達の訓練の成果を出すべく、気合を入れ直した。




 戦闘で奥に進んでいく葵獅が見え辛くなり、東条が立ち上がる。


「俺中に行って見てくるわ。なんもないと思うけど、ここ頼む」


「そら分かってるけど……心配なん?」


「万が一があるし。それにあの二人も分かってると思うけど、黄色いオークの魔力量、多分佐藤さんより上だから」


 魔力量の多さは、純粋に強さに直結する。


 今の佐藤なら、筋肉ホブゴブリンを足止めすることも出来るだろう。その彼より扱える魔力が多いのだから、潜在的強さは圧して図るべきだ。


「そら大変や、気ぃ付けてな」


「あぁ」


 戦闘の邪魔にならぬよう、穴を潜った。




「バルㇽㇽゥッ……」


 邪魔だとでも言いたげに二体を後ろに下げた黄オークの身体が、魔力に包まれる。


 石の棍棒で床を打ち威嚇を始めた。


「……止めれそうか?」


「重ね掛けすれば何とか」


 放たれる圧迫感は、ホブと相対した時よりも上だ。明らかに難敵。


「ふっ」「ふんっ」


 手始めに炎と風刃が黄オークを襲う。しかし


 野球のバッターの様に構えられた棍棒に、大量の風が収束。


「ブルゥッ‼」


 フルスイングと共に風塊が解き放たれ、相殺された。


「――シッ」


「ブギっガァッ‼」


 一瞬の内に肉薄した葵獅が脇腹に一撃入れるも、大したダメージはない。

 地面を削って迫る棍棒を飛んで躱した。


「いきますっ」


「ブ、ギギギギギギ――」


 スイングの途中でストップモーションになる黄オークの頭に、すかさず葵獅が飛びつく。


 攻撃が通らないならば、それに見合った戦法がある。


 これは殺し合い。卑怯だ何だは、戯言に過ぎない。


「ふんっ‼」


 両目に掌を被せ、炎を爆発させた。


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