第51話

 

「……普通に好きになってくれよぉ」


「ふふっ、否定しなさいよ」


 後ろ手をつき天を仰ぐ東条を見て、紗命は可愛らしく笑った。


「……お淑やかな京都美人はどこ行った?」


「京都弁、可愛いから使ってるけど……実際ノリなのよね、合ってるかも分からないし」


 理想の女神像がガラガラと崩壊していく。


「……その様子だと、やっぱり惚れてはくれなかったかぁ、秘密ばらすの早ったかなぁ。

 ……でも抱きしめられた時耐えられなかったしなぁ。……ふふっ」


 トリップする紗命を横目に、東条は頭を抱える。


「……いや、あぁ、どうしよ、でもここで渡さないと男として……(ボソボソ)」


「何よボソボソと」


「…………ぅしっ」


 決意したように、服の内ポケットに手を入れた。


「これ、お前に似合うと思って……今渡さないと男として負けた気がするから」


 差し出された掌の上にあるのは、美しい紫色の、菊の花を模かたどったブローチ。

 何日も前に葵獅との探索の際、偶然見つけた物だ。


 タイミングが分からず、ずっと渡せずにいたのだ。


「……綺麗、……私に?」


「あぁ」


「嬉しい、……ん」


「?なん……あぁ、後でセクハラとか言うなよ」


 突き出された鎖骨辺りに、ブローチを止めた。

 朱い襟元に、本紫色が良く映える。


「……ほれ。これ制服だけど良いのか?」


「良いの、ふふっ、似合う?」


「当たり前だろ」


「……ふふふっ、やっぱり桐将も私の「断じて違う」早いわよ」


 間髪入れずに一刀両断された紗命が、不満に頬を膨らませる。


「だってこのタイミングで渡してくるなんて、そういうことでしょ!?」


「いつか普通に渡そうと思ってたんだよ!したら何か良い感じの雰囲気になったからっ!

 ここで渡さなきゃ男が廃るだろっ!」


「責任取りなさいよ!」


「重いよ!?」


「そんなのさっき分かったでしょ!」


「そうだった‼」


 一進一退の攻防を繰り広げ、互いに息が切れる。

 言い合い、罵り合う二人の姿は、場違いなほどに青い春がよく似合う。



 ――未だ彼等は死地の中。


 血生臭く泥臭い、戦場の中。


 されど恋する乙女は、この一時を菊色に染めた。




 

「……でも、どうしてこれを?……」


 プレゼントは嬉しい。自分の事を考えてくれていたことも嬉しい。

 そこに潜む、一抹の違和感。


 ……ただ、口でこそ疑問を投げるが、紗命には分かっていた。


 ずっと一緒にいた上に、自分と同じ感性を持つ人。

 東条が取ろうとする行動には、大体予想がついてしまう。


 貰ったブローチを握る手が強くなる。


「……やっぱり、そろそろ出ていくつもりだったのね」


「……まぁな」


 東条の目的は冒険だ。デパートの散策ではない。

 このプレゼントも、彼としては最後の贈り物のつもりだった。



「…………私も、ついていっちゃダメ、かな?」


「やめろ上目遣い。

 ……自分で言ってたろ、俺はお前と同じで自分が一番なんだよ。

 それに、俺は女も好きだが一人がもっと好きだ。

 やっぱり一人は気楽でいい」


「……ボッチ」


「うっせ」


 紗命が一度俯き、そして、決意を秘めた眼差しで東条を見る。


「……じゃぁ、あと一週間待って。

 それまでに桐将を私無しじゃ生きていけなくするから」


 笑おうとする東条を止めた彼女の顔つきは、まさに本気と書いてマジと読む。


「うん、俺今日出てくわ」


「そしたら、私を連れてって」


「連れてくも何も、俺がここ離れられなくなるよね?」


「いいっ?」


「……聞いちゃいねぇ。


 ……わぁったよ、俺がお前無しで生きれなくなったらな」


「よっしゃっ」


 ガッツポーズをする少女に、思わず苦笑が漏れてしまう。


「一つ確認だが、変な能力持ってねぇよな?」


「誓うわ。水魔法以外、私に能力は無いわ」


「……はぁ、今の高二ってこんな怖ぇのかよ」


「二十二で性欲減退って、笑えないんですけど?」


「あるわっ、有り余ってるわ、有り余りすぎて寄付したいくらいだわ」


「これほど需要のないボランティアは無いわね」


 ワァワァ騒いでいると、何かが階段を上ってくる音が聞こえた。

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