第49話


 

 赤肌は炎に呑まれ、見えなくなった敵に安堵する。


 ずっと待っていたのだ、仕掛けてくるのを。


 前々から練っていた魔力を、全てぶつけてやった。


 タイミングも最高だった。


 完全に仕留め――




 ダアァンッッッ‼




「っ……」


 赤肌が破砕音を聞いたと同時に、途轍もない速さで炎をぶち抜く何かが見えた。


 驚く暇もない。


 気付いた時には、側頭部を牛刀で串刺しにされ、吹き飛ばされていた。




 赤肌はホブゴブリンの中でも特別頭が良く、実力も頭抜けていた。

 今まで失敗したことが無く、数々の敵を抵抗も許さず謀殺してきた。

 全てが自分の下であると確信し、そして、


 慢心していた。


 故に彼は知らなかった。




 覚悟を決めた生物の、恐ろしさというものを。




 

 東条は二度目の加速をし、その勢いのまま水球に飛び込み破裂させながら、貫通して紗命を救助する。


「紗命っ!紗命っ‼」


 少女を抱き留め、頻りに腕の中で揺らす、……すると、


「ぇほッげほッっ――」


 咽むせながらも、その目を覚ました。


「……ふぅ~~~~……」


 安心してその場にへたり込む彼を、朧おぼろげな目で見つめる紗命。


 段々と焦点があってきて……、


「――っ、」


 絶句した。


 彼の垂れ下がる左腕、右掌、そして首から下の左半身が、赤々と焼け爛ただれていた。


「桐っ、手当てをっ!」


「ん?……こりゃひでぇ、また男らしくなっちまった」



 東条は炎柱に打たれた際、折れた左腕を強引に曲げ頭部を庇い、どうしても空いてしまう手首と力瘤こぶの間を右掌で埋めた。


 そしてなけなしの魔力をガードに固め、左半身を犠牲にする代わりに、再度加速したのだ。



 ケラケラと笑う彼から視線を外し、急いで自分のリュックを漁る。


(軟膏と、ガーゼと包帯っ、あと添木も、あとは、あとはっ――…………)


 そこで、


 ふ、と何かが視界に入った。


 ……だらりと転がる、赤肌の死体。


 既にこと切れた、赤肌の死体。



 彼女の黒い部分が噴き出した。



 水を操り死体を空中につるし上げ、ぎちぎちと首を絞めていく。


「……死ね……死ね、死ね、死ね、死ねっ、死ねッ、死ねッ、死ねッッ――」


 繰り返される怨嗟えんさが語るのは、仲間を傷つけた怒り、


 ……などではない。


 自分を危機に晒さらした、怒り、憎悪、嘲あざけり、殺意、……恐怖。


 彼女を彼女たらしめるものが、一気に溢れ出た。




 ――「……落ち着け。……もう死んでるよ」


 彼女の手を掴み、優しく声をかける。


 気付けば、首をバキバキにへし折られた赤肌が、力なくぶら下がっていた。


「……ぅ、ぅうっ、ぐすっ、ひぅ――」


 自分の胸へ顔を沈め、静かに嗚咽おえつを漏らす少女を、東条は躊躇ためらいながら抱き寄せた。




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