第43話
――「ほれ来たぞ?構えぃ!」
若葉の号令で数十人が鉄パイプを天に向ける。削られ鋭利になった切っ先が陽光に煌めいた。
「ゲェッ」「ゲェェッ」
十数匹の鳥型モンスターが、屋上に狙いを定め滑空してくる。
しかし誰一人として慌てることなく、慣れたようにタイミングを見計らい横に飛び、隙ができた胴体に二人がかりで槍を突き立てた。
「葵獅殿っ、落ちた分は任せる!」
若葉が突進してきた一匹の首を叩き折り、返す手でもう一匹を貫く。その華麗さは槍を持つ者の中でも群を抜いていた。
「分かった!よしお前ら、行ってこい」
「「「うっす!」」」
葵獅の号令に三人の男が走り出す。その身体に稚拙ながらも身体強化を纏って。
「おラァッ」
「おラァッ」
「おラァッ」
手にそれぞれ電気、石片、風の刃を纏わせ、ひたすらに敵を撲殺する。その蛮勇さは、ある種の人間的狂気を想起させるほどだ。
葵獅と若葉は、己の弟子達の戦いぶりに満足気に頷いた。
愚問ではあるが、屋上にいるのだから、空を飛べるモンスターが襲来することも多々あった。
最初の襲撃以来、多くの者が槍術の免許皆伝者であるという若葉と、格闘のプロである葵獅に師事を仰いでいた。
最近ようやく初心者の動きも様になり、加えて東条の教えた身体強化の影響も大きく、ここ数日は実戦を交えた鍛錬を行っているのだ。
と言っても身体強化は至難の業、コツを掴んだ者は東条、葵獅、凜、佐藤、紗命、若葉を含めた十二人足らずであり、その練度もまちまちである。危険を冒すことはできない。
――粗方片付け終わり、死体を木々の根元に集めていく。怪我人を瀬良率いる医療班が手当てし、他の者は反省会や鍛錬に戻る。
今や見慣れてしまった光景である。
凜は少し早い昼食を葵獅に投げ渡す。
「なかなか良い戦闘集団になってきたわね」
「有難う。あぁ、皆の意識が高いから成長が早い」
「あんたの生徒は筋肉のダークサイドに落ちつつあるけどね」
「自慢の生徒だ」
より葵獅にに近づく為、筋肉を敬愛する彼等を育てるのは葵獅自身楽しいものであった。
「身体強化のおかげであたしも戦えるようになったし、後で一試合付き合ってよ」
凛は残りを口に放り込み、クシャッとゴミを丸める。
「いいぞ、中に行く前の準備運動には丁度いい」
「……へぇ、言ってくれるじゃん」
挑発的に笑う葵獅を、凜は同じ笑顔で見返した。
§
――「桐将はん?……もう、いつまで寝てはるん?」
池の水を引っ張ってきて身体を持ち上げる紗命は、未だ起きない東条を揺する。
「さっきモンスター攻めてきたんやで?どんだけ余裕こいたはるの?」
「……ん~……知ってるよ。でも皆強いから、寝た」
「寝た、じゃあらしまへん」
「あぁ……」
「はい顔洗って「ぶべっ」
布団を引っぺがされた東条は、寝惚け眼に水をぶっかけられる。彼女の魔法で水が飛び散ることはない。
そのまま済し崩し的に覚醒を促され、朝食を口に突っ込まれた。
最近は紗命の甲斐甲斐しさに拍車が掛かっており、身の回りの事に悉く干渉してくる。
別段不便さはないし、男の憧れともいえる状況を楽しんではいるが、自分の私生活が管理されている節が垣間見え、少し恐怖を感じなくもない彼だった。
――ようやく林を出た東条は、人だかりができているのを見つけ歩を進める。
途中、周りには新しく増えた無数のテントが散見される。中に行く度葵獅と二人で持ち帰ってきたものだ。
勿論自分の家にもテントを設備した。横から枝をぶっ刺し、強引にハンモックを中に入れた特別仕様だ。
プライベートも確保され、屋上の快適さも着実に良くなっている。
中心地ではレベルの高いスパーリングが行われていた。
「凜さんってなんかやってたの?」
「現役のボクサーらしいで」
「あー、納得」
素人目でも分かる。異常に切れのある動きは一般人のそれではない。
「お似合いだな」
「全くやわぁ」
好戦的すぎるカップルの愛情表現は、やはり肉体で語り合うのが一番なのだろう。
身体強化をかけた凜の拳が、葵獅の腹にキスをした。
――「重役出勤だな」
汗を拭う葵獅が東条を冷やかす。
一発叩き込めたことを喜んでいる凛は、紗命を含め女子友と雑談している。
「最近ラブコメの主人公ばりの待遇に、赤ちゃんになりつつあるんだよ」
「はははっ、自慢ですか?」
「自慢です」
佐藤の突っ込みに自信を持って返答する。決まっている、これが自慢でないなら何なのか。
「でも、たまにずっと見られてる気がすんだよな……」
「ラブコメの主人公ならそれくらい受け入れろ」
「同感ですね。いつだって彼等は埒外の甲斐性を持っているものです」
佐藤は昔読んだ懐かしのハーレム漫画を振り帰る。初めて目にした時は衝撃を受けたものだ。
「葵獅さんもラブコメとか読むんですか?」
「昔な。……T〇L〇veるだったか、あのエロ本には世話になった」
「葵さんも?やっぱ誰もが通る道なんだな」
「懐かしいですね」
男は男なりに、話に花を咲かせるのだった。
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