第21話

 

 両者が力なくその場に崩れ、水飛沫みずしぶきを上げた。


「葵っ‼」


 佐藤は凜が走っていくのを見届けてから、強引に身体を起こし、半ば引きずるように歩く。


 生き残った人達は、泣き、笑い、喜びを分かち合っている。


 その光景に久方ぶりの温かさを感じ、自然と口が綻ぶ。


 彼等を通り過ぎ、少し行ったところで脚を止めた。


 見つめる先には、今も母の命令を守る三十羽の黒鳥。


 佐藤は満身創痍の身体で、敵であった者達の前に立ち塞がった。



 ――黒鳥は理解していた。

 自分達の長が死んだことを。

 自分達が負けたことを。


 ……自分達が、恐怖を抱いていることを。


 今、目の前に立つ男はボロボロで、見るからに死にそうだ。


 もし襲いかかれば勝てるのだろう。


 しかし、動かない。


 脚が進むことを拒否している。



「……早く、行ってくれませんかね、」



 男が何を言ったかは分からなかった。


 分からなかったが、この場を離れたくてしょうがなかった。


 一羽、また一羽と、夜の闇へ飛び立っていく。


 もはやこの者達は敵ではない、生存競争に敗れた只の敗者である。


「……助かります、」


 佐藤は眼鏡を正そうとして、


 ……視界が暗転した。




 時間にすれば、一時間にも満たない。


 失った命は計り知れない。


 それでも、彼らは勝った。


 襲い来る命のやり取りに、彼らは勝ったのだ。


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