第20話

「あっ」「花ッ‼」


 その中には紗命と仲良くしていた女の子の姿もあった。

 母親の悲痛な叫びが響く。


 彼女は怪我人を庇おうとして、風に身を許してしまったのだ。


 紗命の腕は植物用のネットに絡みつけられている。

 ぼやける思考の中、必死にしがみついて耐えていた。


 しかし彼女を救った張本人は、


「凛ッ‼」


 葵獅が叫び駆けだす。


 しかし、遠い。



「ッ……!っ」


 宙に投げ出された凜は共に飛ばされた幼女を見つけ、空中で腕を伸ばし胸に抱き寄せた。


 「グゥっ……大丈夫かい?」


 「うん……ありがとっ……」


 「ふふっ、強い子ね」


 ――凜は幼女が前を見ないように、抱いたまま起き上がり、



 羽を広げ構える巨鳥を見据えた。



 落ちた場所が驚異的に悪かった。五mも離れていない。


 加え、強風は一瞬しか吹かなかった。


 自分達が宙を舞っている間に、突進のチャージは完了している。


 逃げる時間などない。



 ――不思議と凛の心は穏やかだった。


「ふぅ」


 一息つき、彼女の目つきが変わる、


 自慢の三白眼で敵を睨みつけ、彼氏譲りの獰猛な笑みに中指を添えてやる。


「くたばれクソ野郎」


「ギィェェエッ‼」


「逃げろォッ‼凛ッッ‼」


 肉弾が打ち出された。


 ――折れた嘴が目の前まで迫る、



 愛しい彼の声が聞こえる、


 泣きそうな声だ、


 彼の泣くところなんてめったに見れない、


 (……見たいなぁ


  いっぱいいじって、いじった後に一緒に笑うんだ、


 ……私、良い彼女だったかな、


 ……まだ、一緒にいたいなぁ)



「……ごめんね、葵」




 ――「やめろぉ」


 佐藤はその光景を、ただただ横から見ていることしかできなかった。


 風には巻き込まれなかったが、攻撃をした後から身体が動かない。


 人が埃の様に飛び、塵の様に殺されそうになっているのに、身体が動かない。


 大切な人が倒れたまま動かない。


 大切な人が泣きそうになりながら走っている。


 大切な人が死を前に笑っている。


(やめろ)


 一番大事な時に、何もできない、


(やめろ)


 一番立たなければいけない時に、立つことができない、


(止めろ)


 私は……私は、何の為にここにいる、


(止めろ)


 私は彼らと何を約束した、


(止めろ)


 守れ、守らなきゃならないんだ、これ以上、失ったらダメなんだ、


 これ以上はッ、


 止めろ、(止めろ、やめろ、)「止めろ、やめろ、止めろ、」(止めろ止めろ)やめろ「やめろ止めろ止めろやめろやめろ止めろ止めろ、止めろ――」



「止めろオォォォォッッ‼」



「ギェッ!?」


 巨鳥の身体がビタリ、と、その場に固定された様に、止まった。


「えっ、キャぁっ」


「キィサマァアッッ‼」


 正真正銘の鬼と化した葵獅が凜を突き飛ばし、敵の前へ躍り出る。


 巨鳥が動けなくなった間、僅一秒。


 巨鳥も動揺するが、男が女を突き飛ばした時点で首は引かれている。

 嘴が壊れていても、人間一人突き殺すことなど容易い。


 歪な凶器が風を切り、葵獅のの顔へ届く、直前、


 あろうことか、彼は身体を少しずらすだけで躱してみせた。


 頬に掠り、血の線が走る。


 今の葵獅に敵から離れるという考えは無い。


 あるのは煮えたぎる殺意のみ。


 自分の身など考えていない。


 敵の弱点以外、何も見えていない。


「コォロスッッ‼」


 物凄い形相で巨鳥を睨みつけ、無防備な首を灼熱の手で鷲掴みにする。


「グゲェッ!?」


 巨鳥は狂ったように暴れるが、葵獅は馬鹿げた握力と炎で皮を貫き、肉に指を食い込ませる。


 振り回される中、もう片方の手も食い込ませ絶対に離さない。


 瞬く間に巨鳥の全身が炎に包まれ、さらに暴れる巨鳥に、葵獅は渾身の力で張り付く。


 しかし、燃え盛る炎は徐々に葵獅のことも焦がしていた。


 本来自身の魔法で傷つくことはない。

 しかし、それは身体が耐え得る限界までの話だ。

 無理をしすぎれば、当然壊れる。


 巨鳥はたまらず池へ走り、水に身体を打ち付け、張り付く虫を落とそうとする。


 池の底に叩きつけられ頭から血を流すそれは、しかし、離れない、剥がれない、離さない。


 恐ろしい執念でさらに火力を上げる。



 巨鳥は初めて、彼等に恐怖を抱いた。



 ――佐藤は葵獅のぶち切れた姿を、ボーっと見ていた。


 自分の中にある、いや、ずっとあったのに気付いていなかった力。


 今なら、さっきの現象は偶然などではなく、自分が起こしたのだと分かる。


 なぜか扱い方も、元から知っていたかの様に分かる。


 魔法とは全くの別物、使おうと思うだけでトリガーが入る。


 何だこれ。


 感じたことのない感覚に心を持ってかれていたが、連続する水を打つ音で現実に戻ってきた。


 我に返れば、鬼の形相で血を流しながらしがみ付く葵獅を、巨鳥が水面に叩きつけている。


 首元など既に毛は無く、肉まで丸焦げになっていた。


 対する葵獅も執念で張り付いてはいるが、顔色が目に見えて悪い。血も流しすぎている。


 両者とも限界だった。


 佐藤は自分の馬鹿さ加減を呪い、急いで、しかし冷静に、


『座標』をセット。


「葵獅さんッ‼止めますッ‼」


 その声に反応し、葵獅の目に最後で最大の闘志が燃える。


 次の瞬間、


「ギッ!?」


 巨鳥を同じ感覚が襲った。


 しかし今回はそれだけではない。首から明確な死が駆け登ってくる。


 毛を毟りながら、一直線で頭まで到達する。


 葵獅は両手を大きく広げ、


「フンッ‼」


 両の目玉を手刀で突き刺した。


「ギィアァアッ‼ッガファッ……」


 鮮血が飛び散り、一瞬で蒸発する。


 両目、両耳、口から炎が噴出。


 頭蓋の中を一瞬で焼かれ、何も分からぬまま、巨鳥は絶命した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る