第15話

 


 端で身を寄せ合って固まっているのが大多数。フェンスに近寄り下の光景を見ている好奇心旺盛な若者が少数。合計八十六人の大所帯だ。


 九階にいた人はもう一つある直通の連絡通路を通り、十、十一、十二階の人は非常口からの避難が間に合った。中には元からこの場所にいた運のいい人達もいた。


 佐藤が店員を集め、今後の動きを話し合う。


 しかし起こっていることが前代未聞。マニュアルなどなく、何をどうしていいか皆目見当がつかない。


 とりあえず下には下りれないということで、一番の問題、食料の話になる。


 ここは屋上、もといビアガーデンだ。幾つかのテナントがあるため、食料もあるにはある。だが、


「分けるとしても、この人数ではもって四、五日でしょうか」


 それも最大限節約して、だ。現状では助けを待つほかないのだ。先のことを考える前に、今のことだ。



「皆さん、少し耳を傾けてください」


 佐藤の言葉にざわめきが少しだけ落ち着き、彼に視線が集まる。


「現在私達は屋上に籠城している形になります。下の様子を見れば分かる通り、助けがいつ来るのかも分かりません。この屋上にある食料は、一日一食にして最大限節約すれば四日は持ちます。生き延びる為に、皆さん、どうかご協力をお願い致します」


 丁寧に頭を下げた。


 ちらほらと賛同の意見が上がり、やがては伝播し総意となる。


「有難うございますっ」



 ――皆に了解を取り、鳥型のモンスターを警戒して明かりは全て消した。



 各々が時間を潰す中、同じ理由で驚愕に目を見開くものが少なくない人数いた。




「……佐藤」


「筒香さん、どうしましたか?」


「葵獅でいい、……これ見たか?」


 葵獅は自分のスマホを操作して、佐藤の目の前に置いた。


「これは……マジックですか?」


 移っていたのは、人間が火や水を自在に操っている動画。


 見せられた佐藤は励ましにでも来てくれたのだろうか、などと見当違いなこと考えていると、


「……俺も信じられんが、現実で魔法が使えるようになっているらしい」


 まさか、佐藤はそう口に出そうとして、周りから続けざまに聞こえる小さなどよめきに振り向いた。


 その中心には揺らめく火や小さな光が見える。


「どうやら、本当らしいですね、……ところで、そちらのお方は?」


 佐藤は先ほどから葵獅の横にいる女性へ目を向ける。


「あぁ、俺の女だ」


「あたしは月島 凛つきしま りん、よろしくね、佐藤さん」


「はい、佐藤 優と申します、こちらこそよろしくお願いします」


 気の強そうな切れ長の目に、恐ろしく似合う金髪を後ろで束ねている。まごうことなき美女だ。そしてその美女を一瞬の迷いもなく自分の女と言って見せる自信。


 佐藤の心に敗北の二文字が刻まれた。



 ――昨夜は遅くまでざわめきが耐えなかった。


 しかし、真冬の寒さと地味な魔法の効果に、一人、また一と意気消沈し、今では昨日ほどの熱気はない。


 時刻は昼頃、店員が主体となり計五名が食事を用意し、なるべく平等になるように配って回っていた。


「あのぉ、良かったらうちも手伝いましょか?」


 忙しそうにする佐藤に、一人の少女が話しかける。


 紺を基調としたセーラー服に赤いスカーフがよく映える。髪は肩口で切りそろえ、一見お淑しとやかそうに見える表情には漏れ出すピンクと黒が鬩せめぎ合っている。


「本当ですか?、有難うございます、でしたらあちらの男性から食べ物を受け取って、こちら側の方達に渡してもらえると助かります」


 佐藤は寒さに鼻をすすりながら優しい言葉に感謝を述べ、テナントの中で食べ物を準備している葵獅を指し、続いてまだ貰っていない人が固まっているエリアを指す。


 彼は返事をして去っていく少女に、一つ気になったことを聞いてみる。


「……あの、余計なことかも知れませんが、寒くはないのですか?」


 真冬だというのに、彼女の着ているものはセーラー服だけだ。傍から見ていても寒い。


「おおきに、せやけど平気です。……うちより寒そうやった子がおったんでなぁ」


 少女が手を振る方を向くと、赤ん坊と一緒にコートに包くるまった女の子がしきりに手を振っている。隣には頭を下げる母親も見えた。


 佐藤が自分のコートに手をかけると、少女がそっとその手を止める。


「当てがあるさかい、見とってください」


 少女は柔らかい表情を浮かべ、にっこりと微笑んだ。



 葵獅にもコートを渡されそうになり、優しい人が多いことに頬を緩ます少女。


 彼女が食べ物を持って進む先には、チャラついた身なりの三人組がいる。


 少女は思う、優しい人がいれば、手遅れなのもいる。


 この三人は昨日赤ん坊の泣き声に舌打ちをし、わざと大声で不満を言っていた輩共だ。


 彼女の笑みが黒く染まった。



 少女にコートを断られ、その成り行きを見ていた男二人。


 少女の相手をしている男の声の大きさや話し方を見るに、碌な輩でないのが見て取れる。


 心配にソワソワしだした頃、男たちが少女に自分の防寒具を渡し始めた。


 唖然とその光景を見ていると、不意に少女がこちらを向きウィンクする。


 男二人は今日、その気になった女の怖さを知ってしまった。



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