「カラフル」
〇
「やっぱり赤ですよ!情熱的な方がいいんじゃないですか!?」
「スポーツしてる人からしたら暑苦しいだろ。ここは涼し気な水色がいいんじゃないか?」
「でも青系は食欲出ないって言いますよ?」
「いや、別に水分補給なら関係ないだろ。汗かいて体温上がってるんだから、青系の方が冷たそうに見えるだろ」
「そうですかねぇ…課長はどう思います?」
「うーむ。確かに赤はスポーツドリンクとは合わないような気がするなぁ。でも水色だと他社の同系統の商品とかぶるだろ。コンビニとか自販機に並んだ時のことも考慮すると避けたほうがいいだろうな」
「なるほどー。というか、これスポーツしてる人専用ってわけじゃないですよね?」
「もちろん。この商品は、多くの人に手軽に効果的な水分補給をしてもらうことが目標だからな」
「じゃあ、変に気をてらったら手に取ってもらいにくくなるかもしれないんですよね…」
「そうか。じゃあ、親しみやすさも考慮しないといけないんだな…」
「「「うーん」」」
新商品のスポーツドリンクのパッケージラベルを決める会議は、遅くまで続いた。議事録をとる僕は、彼らの発言や、会議の流れをできるだけ簡潔に書き留める。商品のコンセプト、他社との差別化、どうやったら手にとってもらえるのか。様々な議論の軸が乱立し、決定案はなかなか固まらなかった。
彼らの議論は真剣そのものだ。すべては商品を売るため。求める人に商品を届けるため。商品の良さを分かってもらうため。
また、彼らの視線はまっすぐだった。この商品が売れれば、少しでもこの国の熱中症や脱水症状が減らせるかもしれない。そのミッションを達成するために、多くの人が尽力している。だから外見にだって妥協はできない。ペットボトルにまかれるラベルには、そんな彼らの思いが込められることになる。
結局その日はいくつかの案が出されて終わった。
その後も、彼らは悩みながらいくつかの新しいラベル案を出し、取捨選択しながら何度も議論を重ねた。議論が起こるたびに僕は議事録を取った。何回会議をしても、彼らの熱は冷めることはなく、本当に彼らはこの仕事が好きで、誇りをもっているのだな、などと感心した。彼らは最終的に一つの案に絞り込みし、数か月後、実際に商品を製造する流れとなった。
少しでも自分たちの熱意と努力が報われるように。
少しでも多くの人が手に取ってくれるように。
少しでも飲んでくれた人の人生がよくなるように。
ちっぽけな努力かもしれない。でも伝わってほしい。
そんな彼らの思いをラベルに乗せて、商品は全国に配送されていく。
コンビニや自動販売機に並ぶそのラベルは、彼らの思いを、自分の色やデザインに込められた意味を精いっぱい表現している。もちろん隣に並ぶ他の商品のラベルも同じだ。狭いスペースで必死に自分に与えられた意味を全うしようとしている。
互いに自分の姿を主張するラベルたちの姿は、争っているようであり、切磋琢磨しているようでもある。あの冷たいコンビニの冷蔵庫や自動販売機の狭いスペースは、人々の思いを背負った代表者たちの熱気が集う戦場に他ならない。
ラベルを作る一部始終に立ち会って、僕は何気なく買うペットボトルの一本一本にさえ多少の慈しみを覚えるようになっていた。コンビニや自販機でラベル達の一生懸命な姿を見るとジワリと感動のようなものを感じるのである。
〇
僕が駅から家に帰るまでの道にはいくつかのコンビニと自動販売機がある。いつもは無意識に通りすぎるが、用があるときはそれらを目で探しながら歩く。小腹が減っているとき、のどが渇いている時はもちろんだが、割と多いのは小さなゴミを持っている時だ。ペットボトルやお菓子の包み紙、おにぎりを包んでいたビニールなどなど。歩きながら飲んだり食べたりして残ったゴミを手に持っている時、コンビニや自販機の横にあるゴミ箱を探しながら歩くことがよくあった。
今日は仕事の帰りにペットボトルで飲みものを買ったのだが、家に着く前にのみ切ってしまった。どこかに捨てる所はないか。そんなことを考えながらコンビニや自動販売機のゴミ箱を探す。だが、あいにく気軽に捨てられるゴミ箱は見つけられなかった。
あたりは暗くなっていたが、まだ蒸し暑い。あまり遠回りはしたくない。自分の家で処理してもいいが、少し面倒だ。外で捨てられるならそれが一番いい。家に一番近いあの自販機の横にゴミ箱があったはずだ。あそこで捨てよう。そう決めて僕は寄り道せずに歩いた。
そして、僕は件の自動販売機にたどり着いた。家の10メートル前にある小さい駐車場。その中についている自販機の、すぐ隣に設置されているゴミ箱を見た。
そのゴミ箱は、ペットボトルを入れる筒状の穴が開いているふたが外され、明らかに許容量を超えた量のペットボトルがあふれていた。詰められるだけ詰められ、入らなくなったらふたをこじ開けてその上に積み、積み上げ切れなくなったボトルはゴミ箱の周りに散らばっていた。
そして、ペットボトルそれぞれのカラフルなラベル達はまだ主張をやめていなかった。
「健康に気を付けよう」
「甘さでリフレッシュしよう?」
「熱中症に気を付けて!」
「飲んで気合入れよ!」
「眼を覚まして。仕事頑張ろう!」
色で、線で、形で、言葉で、ラベルは自分が託された思いを必死で伝えようとしていた。
もう、ボトルの中身はないのに。
いくら主張したって、もう誰にも手に取られることはないのに。
手に取られたところで、もう託された思いは実現しないのに。
無造作に積まれ、押し込まれ、散らばったラベル達は何かを伝えようとし続けている。
初々しい白、親しみやすいオレンジ、涼しげな水色に、情熱的な赤、安定感のある黒に、落ち着きのある緑、元気が出そうな黄色、透き通るような透明、かわいらしい桃色、けばけばしい黄緑、ゴージャスな金色、ちょっと危なげな赤黒さ……
商品のイメージにピッタリなものもあれば、見当はずれなものもあった。
かつては何かの意図をもってつけられたはずのラベルのカラフルな色合いが、行き場を失い混ざりあって、吐瀉物めいた様相になっていた。
僕は手に持っていた空のペットボトルを見た。これをここに捨てることはできないと思った。僕はラベルの点線になっている部分を爪でひっかいて、ラベルをはがした。
ずるりと水色と白い線が二本入ったデザインのラベルがはがれると、透明なボトルが露出した。外したラベルはポケットに入れた。透明なボトルの底の方に少しだけ液体が残っている。キャップを外し、最後の一滴まで飲み干した。
ほぼ完全に透明になったペットボトルは何の主張もしておらず、穏やかな表情をしているように見えた。
僕は、あふれたゴミ箱の一番上に積んであるボトルを手に取って、同じようにラベルをはがした。そのあと、僕はゴミ箱から一つずつボトルを取り出し、ラベルをはがしていった。
「君のことを忘れたいわけじゃないよ」
「でも、もう見ていられないんだ」
「君はもう、役目を終えてる。君はやり遂げたんだ」
「だって、君の中身は誰かに飲んでもらえたんだろう?」
「じゃあ君が背負った思いはきちんと届いたんだよ」
「だから、もう、きみは楽になっていい」
「もう、頑張って応えようとしなくていいよ」
「絶対に報われない努力を続けなくていいよ」
「もし、次に別の形になれたら、新しい誰かの思いを乗せてくれ」
全部のラベルをはがし終わった後、透明なボトルをもう一度ゴミ箱に詰めなおした。
透明なボトルの山は駐車場のライトに照らされて静かに光っていた。
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