誕生日の夜中にて ~長いバージョン~
夜。
その日は今とは昔。息子がまだ小学中学年くらいの話。
今日は息子の誕生日。また一年無事生きてすくすく育っていることを感謝する日。
そんな誕生日に、会社から帰ってきて全てを脱いだ後に一声私にかかる。
「ジュースを買い忘れた!」
であった。
それは大変だ。
今すぐ買いに行かなくては。
でも、今から駅前まで向かっては、すでに遅めの時間であるからして、購入できない可能性もあればもしかしたらお店も開いていないかもしれない。
なんてこった。
帰宅途中であればそのまま買ってきたのに。
……ん?
はて。スマホが何かを受信している光を発している。
これはなんだろう。
⇒『ジュース、買って来てください』
こどもケータイでの息子からのメールだ。
なんてこった。
妻が気づくより先に息子が自身で気づいてジュースを所望していたようだ。
それに私も気づかないとは。
「すぐに買ってくる!」
「がぶ飲みのメロンソーダがいい」
「要望もありかっ!」
誕生日であるその日のお祝いに、息子が所望するジュースがなくては可哀想だ。
そう言えば近くに24時間営業の食料品も売っている薬局があった。
そうだ、そこにいけば買えるはず。
私はそこに散歩がてら歩く。歩いておおよそ10分ほどの道。会社帰りとは違った反対側への道。
久しぶりに歩くこの道は以前とは全く変わらない。
妙に大きい駐車場をもつ歯医者の隣をサラリーマン風のおじさんがふらふらと立ち止まりながら入っていく姿を見ながら通り過ぎ、地元民が下道として大通りより使う車道を真横に歩道を歩く。とんでもない交通量の上に、時折聞こえるぱんぱんっと言う音。どんだけの改造車だよと思わなくもないけども、毎日うるさい車の音に、銃撃もこんな感じの音なのだろうかと思いに耽る。
「ありがとうございましたー」
大きながぶ飲みフロートソーダを購入してまた同じ道を歩く。
もう間もなく季節も冬ということもあって、妙に寒い。こんな日に外で寝ようもんなら凍死でもしそうだと、なぜかそんなことを考えながら夜道を歩く。
相変わらずの交通量の激しいすぐ真横の車道からはぱんぱんっと改造車が――どんだけ改造車多いんだよここは。
遠くからも聞こえるぱんぱんっという排気音。まさかこの辺りを周回しているのだろうか。
そんな音を聞きながら、大きな駐車場をもつ歯医者を通り過ぎる。駐車場には黒い影があるけど、あれはさっきまであっただろうか。いやなかった。でも多分車の影だったりなんだろう。でもあの駐車場、こうやって夜に見ると暗いなぁ。電灯もないから暗いのは当たり前だけど、日中帯に見るとすげぇ見晴らしのいいところなんだけどな。
それにしても、寒い。
そこで私は、「くしゅんっ……てやんでぇばーろぅ」とくしゃみを一つした瞬間、どんっと。腹部に衝撃を受けた。
ぱんぱんっと言う銃撃に似た音の直後である。
腹部の痛み。なんだこれは。
痛い。
どきどきと高鳴る鼓動。なまじぱんぱんっと聞こえる音が銃撃のようだなんて思ってしまったがためにより私の腹部の痛みとその妄想で、私の腹部に感じる痛みは増していく。
じわりと、口の中にも鉄サビのような味も広がってきた。
まさか、まさか。
冗談だよな。
そう思いながら、痛い腹部を押さえていた手のひらを、ゆっくりと自分の目で見た。
黒い。
黒い、なにか。
私の鼻からも血がたらりと一筋流れる。
「ただいまー。クワガタ連れてきたぞー」
「「なんで!?」」
くしゃみでお腹の筋肉通を引き起こし、流れた鼻血を必死に押えながら、喉へと流れる鉄サビさい血の塊をごっくん。
散歩がてら帰って来た私とクワガタ。
息子の誕生日。初めての息子のペット『クワ太郎』が爆誕しました。
「がぶ飲みメロンソーダじゃない……」
……あれ?
後日。
「ねえ。すぐ近くの駐車場の大きい歯医者。息子の誕生日に中年のサラリーマンが凍死したって話、聞いた? 夜中に酩酊して駐車場で裸になって眠りこけて死んだらしいよ」
……え。
これが、KACの時に書きたかったお話のロングバージョンです。
あの影、あれがもし、凍死したサラリーマンだったなら。と、今でも時々思い出します。
でもそれもそうではあるのですが、むしろ、くわ太郎、よくあんな寒い中突っ込んできたな、とも(笑
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