セイヤとアナスタシア
「私と───結婚、してください」
意味が分からなかった。
目の前に現れた白い『女』は、俺の眼を真っすぐ見て言った。
結婚。結婚とは、男女間で交わされる『契約』で、生涯を共にするという契約だ。
それを、出会って数分も経っていない俺に言う妙な女。
俺の答えは、決まっていた。
「なんだお前……頭、おかしいのか?」
答えは『いいえ』だ。
だが……この女をじっと見つめてしまったのは事実。
なぜか、一目見た瞬間、目を離せなかった。
引き寄せられるように、互いに近づいてしまった。理由はわからない。
すると、白い女の傍にいた金髪の女が、俺に向かって眉を吊り上げる。
「ぶ、無礼、無礼無礼無礼!! お姉ちゃん、ほんとにこいつなの!?」
「おい、誰だか知らねーが指刺すな」
「主、行きましょう」
「待って。話を聞いてください……あなたは、セイヤでしょう?」
次の瞬間───俺は警戒心を高める。
「……うそ、やっぱり」
「ね?……間違いない。神の眼である『虹彩眼』よ」
しまった。俺の眼が虹色になっていた。
そして、わかった。この二人は聖女だ。
俺は腰のナイフに手をかけ、ヒジリに目配せをする。
「主。ここでは目立ちます。始末するなら町の外で」
「だな……おいお前ら、戦うなら町の外に行くぞ。それとも、シアンの町みたいに、住人のことなんて考えずにおっぱじめるか?」
「ちょ、ちょっと待って!! あたしたちは戦いに来たんじゃないの!! お忍びであんたに会いに……ああもう、ここじゃ目立つわね。お願い、あたしたちの宿まで来て。いいよね、お姉ちゃん」
「ええ。それに、この人になら何をされても構わないわ……」
「ちょ!? ああもう、お姉ちゃんが馬鹿になってる!!」
金髪の女が白い女の首根っこを掴むと、ずるずる引っ張る。
「こっち来て。ちゃんと話をしましょう」
「…………ヒジリ、どうする」
「問題ありません。向かった先に聖女が待ち構えていようと、私と主なら蹴散らせます」
「だな。じゃあ行くか」
「はい」
「……なんかこの二人怖い」
金髪の女は、ブルリと震えた。
◇◇◇◇◇◇
大きな町だからなのか、宿も大きい。
町の中央に立つ二十階建ての宿に入り、昇降機という乗り物に乗って一気に最上階へ。
昇降機にビビったのを必死に隠し、部屋に入るなり俺は言う。
「で、なんだお前ら?」
部屋の内装とか、大きなベッドとか、ベランダから見下ろす町の景色とか、全てを無視した。
すると、白い女はローブを脱ぎ一礼する。
「その前に、自己紹介を。私はアナスタシア。アレクサンドロス聖女王国の女王です」
「女王? 女王って、一番偉い聖女か」
「つまり、聖女の頭ですね」
「……あの、もっと驚くところじゃん? お姉ちゃん、聖女王国の女王なんだよ?」
「どうでもいい。で……お前はなんだ?」
「あたしはクレッセンド。聖女神教の枢機卿よ」
つまり、国で1、2番目のお偉いさんか。
アナスタシアがソファに座るように言ったので遠慮なく座る。
クレッセンドが渋々お茶の準備をした。俺はお茶を待たずに聞く。
「で、さっきの続きだ。結婚……どういうことだ?」
「私は、あなたとの結婚を望みます。神の子セイヤ……あなたは、聖女の希望」
「断る。つーかふざけんな。聖女の希望?……はっ、聖女なんて滅びちまえばいい。生まれて、母親が死んで、父親は聖女の生みの親で神様で……俺がどんな人生を歩んできたのか知ってんのか?」
俺は、アナスタシアを睨む。
ヒジリは何も言わない。言葉は自然と出てきた。
「毎日毎日、幼馴染の聖女どもに魔法で痛めつけられた。何度も感電した、凍傷、薬物実験、殴られて痣だらけにもなった。クリシュナのババアも、村の聖女共も、助けてなんかくれなかった。俺を助けたのはアスタルテだけ……でもそのアスタルテも聖女に殺された。ようやく村から逃げて、傭兵団の仲間と一緒に進んでたら、今度は別の聖女がみんなを殺した……こんなことをされて、聖女の希望? 聖女の未来?……なめんなよ、はっきり言う。俺は……聖女なんて大っ嫌いだ。聖女王国なんて滅びればいい!!」
一気に吐き出した。
今言ったとおりだ。俺は、聖女なんて滅びればいいと思っている。
アナスタシアは悲しそうに伏せ……顔を上げた。
その眼には、強い光が宿っている。
「確かに、あなたの境遇には同情します……」
「はっ……今さらすぎる。何もしなかったくせに」
「ちょっと待って!!」
すると、お茶の支度を放り投げ、クレッセンドがアナスタシアの隣に座った。
「言い訳にしかならないけど聞いて。聖女神教とアレクサンドロス聖女王国は、あんたの保護を聖女村に命じたわ。聖女オルレアン……あなたの母親と、聖女アスタルテの願いだったから……」
「保護ねぇ……かび臭い物置と腐ったゴザの寝床、調理過程で出た野菜くずを食べて育った俺への『保護』? 笑えるぜ」
「う……あ、あたし、生まれる前だし……以前の枢機卿から聞いた話だって」
「もういいわ、クレッセンド」
「お姉ちゃん……」
クレッセンドは、頭を下げた。
「全ての聖女を代表して謝罪します。あなたが望むことなら何でもする。でも、これだけは知っててほしい……全ての聖女があなたを憎んでいるわけじゃない。アレクサンドロス聖女王国では、あなたに会ってみたい聖女や、人々に尽くす聖女がたくさんいます」
「…………」
「聖女の魔法は、この世全ての人のためにある……それだけは知っててほしい」
「…………」
俺はアナスタシアを見つめる。
はは、なんだ……これじゃ俺が悪役じゃないか。
クレッセンドも、頭を下げた。
「たぶん、あんたに刺客を放ったのはうちの大司祭だと思う……約束する。金輪際、聖女はあなたを脅かすことはしない」
「どうだか……」
「聖女の誓いよ。神に懸けて、この約束は守るわ」
「…………」
「あんたの人生、聖女に狂わされてきた……だからこそ知ってほしい。聖女はあなたを憎まない。少なくとも、あたしとお姉ちゃんは、人々と聖女のために魔法を使う」
「…………わかったよ」
俺は、ため息を吐いてクレッセンドを遮った。
「もういいよ。聖女はもう、俺にかかわるな……俺は炭鉱夫になるって夢がある。その夢を邪魔しなければ、もういいよ」
「炭鉱夫……ですか?」
「ああ。ずっと女に囲まれた生活だったからな……男の世界で生きたい」
すると、アナスタシアはにっこり笑った。
「そうですか……では、私も一緒に」
「いやなんで!? ちょ、お姉ちゃん!?」
「何度も言ったでしょう? 私はこの方と結婚するわ」
「いやいやいや、流れ的に無理っしょ!?」
「聖女とか神の子とか関係ない。私の意思よ」
「…………あの、セイヤさん? 何とか言って」
「俺はお前と結婚するつもりはない。聖女の希望とか……」
「そんなこと関係ありません。あなたを一目見た瞬間、あなたしかいないと思いました……神の子セイヤ、いえ……セイヤさん。私と結婚してください」
「…………おい妹、なんとかしろ」
「無理……我が姉ながらこんな盲目的だったとは」
結局、この日はアナスタシアをどうにかすることができなかった。
ヒジリはずっと黙っていた……いや、助けてもよかったんだぞ?
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