アナスタシアとクレッセンド

 アナスタシアとクレッセンドは、町娘っぽい服に着替えて国境の町にいた。

 町の入口から少し離れた藪の中で、二人はコソコソしている。

 

「というわけで、到着しました!!」

「あぁ……魔法を私的なことに使うなんて……申し訳ございません、ヤルダバオト様」

「ほんっと硬いなぁ……ってか、聖女の魔法なんて使ってナンボでしょ」

「……あなたはお気楽でいいわね」


 あまり似ていない姉妹とよく言われる。

 片や、アレクサンドロス聖女王国の女王。片や、聖女神教のトップである枢機卿だ。

 同じ聖女の胎から生まれた姉妹は、セイヤを探してここまで来た。

 

「……はぁ、仕方ないわね。場所はわかるの?」

「んー、ちょっとだけしか『視れ』なかったからよくわかんないけど、バルバトス領土の山を越えて近くの町に入ったのを見たよ」

「そう。とにかく、他の聖女に見られるのはまずいわね……公務もあるし、早く戻らないと」

「だいじょーぶだって。お姉ちゃん、『心ナキ天使ドッペルゲンガー』置いてきたんでしょ?」

「まぁね。でも、大司祭クラスの聖女なら違和感を感じるかも」


 アナスタシアの魔法は『世界ザワールド』。

 この世界を創る魔法という大規模なもので、アナスタシアが望んだことを実現できる。

 肉の塊に仮の命を吹き込み、『アナスタシア』と『クレッセンド』を演じさせているが、あまり長く留守にするわけにはいかない。

 それに、『世界』は身体の負担が大きい。


「とりあえず、観光でもしよっか!」

「…………何を言ってるの?」

「いいから! 姉妹の時間なんてあんまりなかったでしょ? お姉ちゃん、変装して変装! あたしもね!」

「……はぁ、仕方ないわね」


 アナスタシアがそっと手を振ると、二人の姿が変わる。

 アナスタシアの長い銀髪は茶色くなり、クレッセンドの金髪が黒く染まる。

 これなら、旅の町娘にしか見えないだろう。少なくとも聖女には見えない。


「おっし! お姉ちゃんお姉ちゃん、町で美味しいもの食べよ!」

「クレッセンド……あのね」

「あ、その名前はダメ。クレッセンド……んー、クリスって呼んで。あたしは旅の娘クリス! お姉ちゃんは……そうね、アナスタシア……アナ、アナでいっか。アナお姉ちゃん!」

「あのね、聞きなさい」

「さ、行くよ!」

「あ、ちょっと!」


 クレッセンドことクリスは、アナスタシアことアナの手を引っ張り、藪から飛び出した。

 アレクサンドロス聖女王国側の町に入り、さっそく楽しむクリス。


「お姉ちゃん、あっちに串焼き売ってる!」

「……はぁ、仕方ないわね」


 ついに、アナが折れた。

 クリスと一緒に露店巡りを始めるアナ。

 庶民の暮らしも学んでいるので、こういう出店や露店の作法は知っていた。

 クリスも、串焼きの肉を頬張り幸せそうだ。

 なんだかんだ言っても、妹が可愛いアナだった。


 町を満喫した二人は、せっかくなのでバルバトス領土側の宿を選んでチェックインした。

 一番いい部屋を選び(もちろん二人一緒)、部屋に入るなりベッドにダイブするクリス。


「こら、はしたないわよ」

「いいじゃん。たまにはハメ外さないと心が死んじゃうー」

「まったく。それより、ちゃんと調べてよね」

「ん、一瞬だけね」

「お願い」


 クリスはベッドに座り、アナも対面側に座る。

 クリスはそっと目を閉じ───開く。


「『開眼』」


 クリスの眼に、不思議な文様が浮かぶ。

 これがクリスの魔法『神眼プロヴィデンス』。クリスが見たいものを見る力だ。

 その気になれば、わずかながら未来と過去も見える。だが、その2つを見ると寿命が縮まるという制約もあるので、あまり多用できない魔法だ。

 今回、一瞬だけ見たのは『神の子セイヤの行方』だ。そう念じて魔法を使用するだけで、セイヤがどこで何をしているのかわかる。

 だが、ほんの少しだけでも、クリスの体力はごっそり削られる。


「───っ、見えた。なにこれ、暗い……え、なにこれ? ドロドロ……っひ!?」


 クリスの魔法が解除された。

 大汗を掻くクリスは、怯えていた。


「どうしたのクリス!! 何を見たの!?」

「ど、ドロドロ……変なドロドロがいたの……神の子セイヤが、火でドロドロを……」

「……え?」

「ご、ごめん……よくわかんない。たぶん、どこかの地下……かな」

「地下で、ドロドロ?……一体、何を」

「……ちょっとタイミング悪かったかも。もう一度」

「駄目。今日はもう使わないこと。見るならまた明日、体力を回復させてから」

「……はーい」


 クリスは汗をかいて気持ち悪いのか、胸元をパタパタさせる。


「あ、お姉ちゃん。一緒にお風呂入ろ!」

「私は後でいいわ。まずはあなたから……」

「いいから! こんな時でもないとお姉ちゃんと一緒にお風呂入れないし!」

「きゃっ!? もう、クレッセンド……」

「クリス! ここではクリスだよ、アナお姉ちゃん!」

「はいはい。まったく……」


 結局、アナはクリスの勢いに負け、一緒に入浴……ついでに、ベッドも一緒だった。

 ちなみにセイヤはこの時、冒険者ギルドの依頼でスライム駆除の真っ最中だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 朝っぱらから外が騒がしかった。

 クリスはアナの豊満な胸に顔を埋めていたが、外が何やら騒がしいので起きてしまった。


「すぅ……すぅ……」

「ん~……おねーちゃん、相変わらず寝坊助……」


 アナは一度寝るとなかなか起きないという弱点があった。

 クリスは窓際に向かい、寝ぼけ眼で窓を開ける。


「…………え?」


 一瞬で目が覚めた。

 外の広場に、30人ほどの聖女が集まっていた。

 さらに、見覚えのある聖女が数人。そのうちの一人に、クリスが大嫌いな聖女がいた。


「あれ……『夜刀ノ神ヤトノカミ』……なんでここに」


 最強の聖女ミカボシ。

 どういうわけか、聖女たちを率いて歩きだす。

 何が目的なのか……枢機卿であるクリスは何も聞いていない。

 なぜか、嫌な予感がした。

 そして……。


「───にひ」

「っっ!!」


 得体の知れない黒髪の少女が、クリスを見て顔をゆがませた。

 あまりの不気味さにクリスは窓から離れ、慌てて窓を閉める。


「な、なにあれ……せ、聖女、じゃない?」


 それが『鬼夜叉オーガ』のジョカだと知るのは、ずっと先のことだ。

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