三年後

 アスタルテの呪いから三年が経過した。

 俺は11歳になり、身長も伸びてきた。が……栄養状態が悪いので肉は付かず、鍛錬のおかげで細身な筋肉質へ変わっていた。

 だが、相変わらずエクレールたちの『いじめ』は続いている。


「せ~い~やっ!!」

「っづっ!? っがぁぁぁっ!?」


 挨拶とばかりに電撃を飛ばすエクレール。

 朝食の片付けを終えて掃除を始めようと小屋に戻ろうとした時に、背後から電撃を飛ばしてきた。

 全身に電気が流れ痙攣する俺……だが、倒れなかった。


「……ん~? やっぱりセイヤ、電気抵抗が上がってるね。ふふ、致死量ギリギリでも耐えちゃうかぁ~……これ以上だと死んじゃうかもだし」

「っ……っぐ」


 確かに、もう何年もエクレールの電気を浴びている。痛みや痺れこそあるが、気を失うほどではなくなっていた。それに、アスタルテの修行も受けているおかげで、身体も少しづつ強くなっている。

 でも、エクレールは『面白い』みたいな顔で嗤う。

 

「ふふふ。セイヤってば強くなった? それなら……もっともっと遊んでもいいよね?」

「っく……」

「あのね、先生に課題を出されたの。聖女の魔法。えっと、『聖技テンプレート』を十個考えてきなさいって。私の能力は『雷』だからぁ、相手がいればいい技が閃くと思うんだよねぇ」

「え……あ」

「もちろん、わたしだけじゃないよ? フローズンもウィンダミアもアストラルも、セイヤで実験したいこといーっぱいあるって……ねぇ?」


 俺は、エクレールの笑みに恐怖した。

 未だに、幼馴染たちを前にすると上手く喋れない。

 そう、怖いのだ。勝てるわけがないという想いが俺をすくませる。


「じゃあ一個目~!……『雷突ジオ』」

「え───っがぁっ!?」


 バチン!!と、全身が一気に破裂したような感覚だった。

 それが、電圧を上げたエクレールの雷撃だとはわからなかった。雷の速度は音よりも早く、俺が視認できるわけがなかったのである。

 エクレールの全身がバチバチ帯電する。


「あははっ、今度は倒れちゃったねぇ?……じゃあ、どんどんいくよ?」

「っひ……」


 俺は這いずって逃げようとしたが……逃げることはできなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「う、づ……」

「なんだい、酷い顔だね」

「…………」


 傷だらけになった俺は、森に薬草を取りに……正確には修行しに来た。

 エクレールの電撃を浴び、フローズンとウィンダミアの技の実験台にもされ、アストラルの薬品実験で内臓がひっくり返りそうになった。

 それでも、俺はここに来た。

 生きるための力を手に入れるために、『炎』の元聖女アスタルテから技術を学ぶために。

 アスタルテは俺に近づき顔を覗き込む。


「…………『烈火錠・修の行』の肉体酷使も効いてるだろうに、よく平静でいられる。まだ十一のガキが」

「痛みや苦しみに慣れるのは得意なんだ」

「ふん……では、昨日の続きだ」


 アスタルテは、弓を手渡す。

 弓と言っても普通の弓とは違う。普通の弓よりも強度は遥かに高く弦の張りも通常とは比較にならないほど強い。だが、てこの原理や小型の滑車を組み込むことで引くことができるようになっている。

 コンパウンドボウ。アスタルテはこの弓をそう呼んだ。

 さらに、こんなことも言った。


「お前は聖女の魔法や技を受け続けて無事でいられる理由を考えたことはあるか?」

「…………しらない」

「それは、お前が無意識のうちに魔力で魔法を軽減していたからだ。本来、女しか持つことがない魔力をお前は持っている。それはつまり、どういうことかわかるな?」

「俺も、魔法が使える?」

「ああ。だが、聖女が本来使う大規模な魔法は無理だ。お前の魔力量はたいした量じゃない……せいぜい、肉体強化するのが関の山だろう」

「肉体強化……」

「そうだ。だが、せっかく使えるなら覚えておいて損はない」


 というわけで、魔法も習っていた。

 アスタルテから弓を受け取り、矢筒を腰に付ける。

 そして、アスタルテは何も言わず森の奥に指を向けた。


「…………」


 魔力で視力を強化する。

 木と木の間、枝と枝の隙間、葉と葉の間───その先に、釣り糸に結ばれた小さな木の実がぶら下がっていた。

 矢を番え、魔力で腕力と関節を強化、狙いを定め───放つ。

 矢は木と木、枝と枝、葉と葉の間を潜り抜け、見事木の実に命中した。


「遅い。私の指が的を指した瞬間に矢を番えて放て」

「でも、指さしただけじゃ的がどこにあるかなんて」

「魔力を目に集中させるのが遅い。最低でも瞬き程度の時間で視力強化しろ」

「ま、瞬き……」


 現在、俺が視力強化するのに必要な時間は約八秒。

 それを瞬き程度まで短縮しなければならない。


「それと、今は吊り下げた的だが、獲物は生きて動く。初歩の初歩すらクリアできないのでは話にならんな」

「…………」

「次だ。本気でやれ」

「…………わかった」


 修行は厳しかった。

 メインの武器は弓。それ以外にナイフ格闘術を習っているが、こちらもアスタルテはスパルタだった。

 それこそ、ウィンダミアのエセ格闘術なんかとは違う。


「人の急所は?」

「頭、首、心臓」

「そうだ。頭は固い骨に覆われ、心臓も肋骨が守っている。狙うなら首だ。首を斬れば血が一気に噴き出す……家畜の血抜きと同じだ」

「血抜き……」

「それと、人の身体には太い血管が通っている。そこを斬るなり刺すなりすれば血が出る。いいか、身体に流れる血管の位置を覚えておけ。人体を壊すなら人の身体に詳しくなれ」

「わかった」


 アスタルテは、『人体解剖図』という本を俺にくれた。

 小屋の床下に隠し、毛布をかぶって読んでいる。

 人の身体の図解や、内臓がどのような働きをしているのか、大きな血管の位置や急所など、詳しく載っていた。

 

「女の場合、確実に首を狙え。心臓を突くには胸が邪魔だからな」

「胸……なぁ、なんで女は胸が膨らむんだ?」

「乳をやるためさ。ま、あたしからすれば邪魔なだけだがね」


 そう言って、アスタルテは自分の胸をぐにっと掴む。

 

「さて、今日の修行は終わりだ。成人まであと四年……精進しな」

「わかってる。じゃあ」


 俺は薬草籠を持って森を出た。

 家に帰り、夕飯の支度をして自分の小屋へ。

 身体を拭き、毛布をかぶって目を閉じる。


「…………」


 集中すると感じる。アスタルテのかけた呪い。

 今では痛みにも慣れ、寝れる。全身を凝縮して潰してしまうような痛みはもう友人のようなものだ。

 成人まであと四年。

 十五歳になれば、俺はこの村を出て自由に……炭鉱夫になれる。


「…………がんばろう」


 夢があるから、俺は頑張れる。

 明日も、明後日も、明々後日も……四年後まで頑張れるんだ。

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