生きるための力

 朝の仕事を終え、残飯みたいなメシを食べ、エクレールたちに嬲られた後、怪我の手当てをするために森の中へ。

 俺がここで怪我の治療をしていることはみんな知っている。

 クリシュナのババァも、ここへ立ち入ることに関しては何も言わない。怪我して死んだところでどうでもいいだろうに。それに、エクレールたちもここには近づかない。

 だからこそ、都合がよかった。


「来たな」

「はい」


 浅黒い肌に真紅の髪を持つ元聖女、アスタルテの教えを受けるのに。

 ボロボロの俺を見たアスタルテは舌打ちし、手拭いを投げつける。


「顔を洗え。傷の手当てをするぞ」

「……大丈夫です。あまり丁寧に手当てすると、ババァが怪しがる」

「安心しろ。私の手当ては雑だからな」

「……自分で言うんだ」


 言った通り、アスタルテの手当ては雑だった。

 薬草を傷口に練り込んだり、手拭いで傷口をきつく縛ったりと、エクレールたちに怪我させられるのと同じくらい痛かった。

 でも、嬉しいこともあった。


「……食え」

「え……」

「さっき仕留めた。血抜きして焼いただけだが、腹は膨れるだろう」

「…………」


 それは、久しぶりに見た肉だった。

 串に刺して焼いただけの肉。少し焦げていたがどうでもいい。

 俺は串を奪い、かぶりつく。


「…………」

「…………っぅ」

「食ったら修行開始だ……涙は拭いておけ」


 肉の味に涙する俺を、アスタルテは馬鹿にしなかった。

 串焼きを完食した俺は串を投げ捨て、涙を拭ってアスタルテに向き直る。


「時間は平気か?」

「一時間くらいなら。いつも手当てにそのくらいかけて、山菜とかキノコを採って帰ってる」

「そうか……よし、今日は『お前が学ぶべきこと』の授業だ。本格的なことは明日からだ」

「……わかった」


 アスタルテは泉の傍の岩に腰掛ける。

 俺もその近くに座ると、アスタルテは話し始めた。


「まず、お前がなぜこの聖女村にいるかを教える」

「…………」

「聖女について知ってるか?」

「……奇跡を起こす存在。女」

「その認識でいい。この世界は聖女、または女の世界だ。聖女は神によって孕ませられ、聖女から生まれる。聖女は例外なく女で……もうわかるな?」

「……俺が、生まれた」

「そうだ。お前は聖女から生まれた『男』だ」


 なんとなくわかっていた。

 聖女のことは本で読んだ。俺が聖女しかいないこの村にいる理由は聖女絡みってことは間違いないと思ってたけど。

 だけど、そんなことどうでもいい。俺はこの村を出て、炭鉱夫になるんだ。


「聖女とか、男の俺が生まれたとかどうでもいい。俺は強くなってこの村を出る。鉱山に行って炭鉱夫になるんだ」

「……炭鉱夫?」

「うん。本で読んだ。炭鉱夫って男しかいない世界なんでしょ? はぁ……女がいない世界とか最高だよ。俺、男の友達や兄貴が欲しい」

「…………復讐はしないのか?」

「復讐? ああ、エクレールたちにか。はは、無理無理。聖女に勝てるわけがない。俺があんたから教わるのは、最低限の力・・・・・この村から出られる・・・・・・・・・くらいの力・・・・・だよ」


 復讐?

 確かに、エクレールたちをぎゃふんと言わせたい気持ちはある。

 でも、俺が聖女にどうこうできるわけがない。俺にできるのはぎゃふんと言わせることより、力を付け、この村から逃げ出すことだけだ。

 そのための力が俺は欲しかった。

 

「…………やれやれ」

「何かがっかりさせたみたいで悪いね」

「いや、いい。それならそういう力をやるだけだ」

「うん。お願いします」


 大人に対しても、俺の態度は変わらない。

 最初こそ驚いたが、このアスタルテは俺を鍛えてくれる。それなら鍛えてもらおう。

 こんなチャンス、この先あるかわからない。

 アスタルテは少し考え込み、俺に質問する。


「真正面から戦う戦士より、隠密や狩猟に特化したハンターの戦闘スタイルを学んだ方がいいな。セイヤ、武器を使ったことは?」

「ない。料理で包丁を握るくらい」

「よし。固定観念がない方がいい。お前に弓を教える。それと、近接格闘とナイフ術も仕込んでやろう」

「……弓はともかく、ナイフは?」

「お前は弓を主体にして戦え。そうすると敵はお前が遠距離タイプの狙撃手と勘違いする。お前を仕留めようと接近してくる奴はお前が弓しか使えない奴だと思い、剣を振りかぶり……」

「格闘、ナイフ……」

「そうだ。もしかしたら、聖女も殺せるかもな」

「…………」


 殺す。

 俺が、聖女を?

 はは、そんなことできるわけがない。

 それに……。


『セ~イヤッ♪』

『ふふ、セイヤくん?』

『ようセイヤぁ~』

『セイヤさんセイヤさんっ‼』


 エクレール、フローズン、ウィンダミア、アストラル。

 恐るべき、俺をオモチャに遊ぶ四人の幼馴染。

 背中がブルリと震え、嫌な汗が流れる。


「……負け犬の眼だな。なんだお前、もう負けていたのか」

「…………」

「まぁいい。明日から訓練を始める。今日はもう帰れ」

「…………うん。じゃあ明日」


 負け犬。

 負け犬でいい。

 だって、生きているから。

 俺は生きている。生きて炭鉱夫になる。

 だから、負けたっていいんだ。


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