出会い

「おらおらおらっ!! どうしたセイヤ、かかってこいよっ!!」

「ぐっ、がおっ、げはっ!?」


 俺は、ひたすら殴られていた。

 聖女の一人ウィンダミア。彼女も幼馴染の一人で、格闘技の技の実験台と称して、ひたすら俺を殴るのが趣味だ。

 格闘技……こいつの母親が格闘技やってた影響なのか、五歳くらいからずっとこいつに殴られていた。

 当然、やり返すなんてしない。やったら数十倍にして殴られる……ウィンダミアは、『自分が気持ちのいい勝利』じゃないとダメなんだ。


「か~~っ!! 弱いぜセイヤ!! おらおらおらっ!!」

「ぐっ……がぁっ!?」


 腹を蹴られ、頭を、顔を殴られ……格闘技という名の『暴力』が俺を襲う。

 俺は、ウィンダミアの攻撃を全て受け、なるべく怪我しないように身を守る。

 だって、怪我なんてすれば……。


「これで終わりっ!!」

「ぐぁぁぁっ!?」


 ウィンダミアは、右の拳に渦を巻いた『風』を纏わせて俺を殴る。

 こいつの能力は『エアー』……空気の流れを自在に操るのだ。

 最後の拳をモロに腕で受けた俺は、あまりに痛みに失神しそうになる。


「あらあら? 大丈夫ですか? ふふ、さぁさぁ怪我を見せて下さいな」

「ぐ、ぐぅ……」


 アストラル。

 こいつも幼馴染……こいつは、怪我をした俺の手当てをしようとしてる。

 ただし、自分が調合した『薬』を、俺に投与しようとしていた。

 

「さぁさぁ。ちょうど昨日の夜にできましたの。飲めばたちまち傷を癒す神秘の薬が!!」

「ぐ、が……」


 アストラルは、俺の髪を掴んで強引に口を開け、小さな瓶に入った液体を口に流し込んだ。

 突如、猛烈な吐き気がした。

 胃の奥から何かがせり上がってくる。


「う、おっげぇぇぇぇぇーーーーーーッ!!」

「あらら? うーん……今回も失敗かしら?」


 俺は吐いた。

 猛烈な吐き気が止まらない。

 アストラルの作った薬……こいつは『グランド』の聖女。自分の能力で土壌を整備し、薬草や毒草を育てて調合している。

 それを、俺に無理やり飲ませて効果を確かめていた。


「あぁ、あ、あぁぁ……っ!! ぐぇぇぇっ!!」

「んー、今回も失敗でしたわ」

「アストラルぅぅぅ~……もう行こうよぉ。あたし、お腹減った」

「はーい。エクレールちゃん」

「ふふ、セイヤくん、ばいば~い」

「おいフローズン、そいつに近づくんじゃねぇよ。きったねぇぞ」


 エクレール、フローズン、ウィンダミア、アストラルの四人は、俺を置いてどこかへ行った。

 俺は吐く。ひたすら吐き……ようやく起き上がると、そのまま森へ向かう。

 森の中に、薬草があったはず。


「はぁ、はぁ……はぁ」


 もう、何度も思った。

 こんな目にあっても、思わずにはいられない。

 

「なんで、俺は……」


 なんで俺は、この聖女村にいるんだろうか……?


 ◇◇◇◇◇◇


 聖女村のすぐ近くにある小さな森。

 ここに近づくのは俺くらいだ。聖女と言っても女ばかりだし、ここに自生している薬草は俺くらいしか必要ない。

 だって、怪我をしたら『治癒キュア』の聖女が治すし、病気をしたら『快癒ピュリファイ』の聖女が治す。

 だが、俺が怪我をしても病気をしても、この村の聖女は治してくれない。

 俺は、森にある小さな泉まで行き、そこに自生している薬草を摘む。


「っつぅ……」


 服を脱ぎ、薬草をすり潰して傷口に塗り込む。

 そして、薬草を細かくちぎり、泉の水と一緒に飲み込んだ。


「はぁ、はぁ……はぁぁ」


 水をがぶ飲みし、ぼんやり泉を眺める。

 

「…………」


 なんで俺、こんなことしてるんだろう。

 別に、怪我の手当てなんてしなくていいじゃないか。

 どうせ俺なんていてもいなくてもいい。

 外に出れるかどうかもわからない。自由なんて……。


「…………じゆう」


 ふと、本で見た男たち……炭鉱夫の絵が頭に浮かぶ。

 男同士、気兼ねない会話をして、美味しい食事を食べて、まだわからない味だけどお酒を飲んで……あと、博打をしたり、煙草を吸ったり……。


「…………」


 考えれば考えるほど、むなしかった。

 胃が痛い。腕が痛い。

 痛みで、精神的に弱っているのか……明日も明後日もこんな日が続くと考えて……。


「ははっ」


 乾いた笑いが出た。

 泉に顔を映して見ると……なんとも、濁った眼をした自分がいた。

 

「……帰ろう」


 俺は立ち上がる。

 帰るんだ。現実に。

 家に帰って、夕飯の支度をして、残飯みたいな夕飯を食べて、汚い倉庫で眠って、また明日になって……。


「おい」

「えっ……」


 そんなことを考えていたせいなのか。

 すぐ後ろに誰かがいたことに、全く気付かなかった。


「…………」

「…………だ、誰?」

「セイヤ、だな?」


 女性だった。

 長い赤髪、浅黒い肌、眼帯で右目を覆い、むき出しの腕や足は筋肉質で傷だらけだった。

 燃えるような青い眼とでも表現すればいいのか、とても冷たく見えた。

 女性は俺を見て、薬草をすり潰した岩を見て……歯ぎしりをする。


「あのっ……クソババァが……っ!!」

「ひっ……」


 女性の髪の一部がチリっと燃えたのを見た。

 息を吐き、女性は再び俺を見る。そして……。


「お前に、力をくれてやる」

「…………え?」

「成人まであと七年。お前に生きるため、戦うための力をくれてやる。いいか、成人したらこの村を出ろ。それまで、私の教えを受けるんだ」

「…………お、お姉さん、誰?」

「元、聖女だ。聖女を殺した罪で投獄されてな。ようやく解放されて戻ってきた」

「え……」

「私がお前を鍛えてやる。いいか、毎日ここへ来い。ここは聖女共は絶対に近づかない。毎日十分でも五分でもいい。必ずここへ来い」

「あ、あの、鍛える? 教えって……」


 わけがわからなかった。 

 突然現れた赤髪のお姉さんが、俺を鍛えるだって?

 それに、この人は……怖かった。


「その怪我。女にやられたんだろう?……悔しくないのか?」

「…………」

「ちょうどいい。最初の教えだ……この言葉を覚えておけ」


 赤髪の女性は、俺の胸に指を突き付けて言った。


「いいか、【男なら、やられたらやり返せ。倍返しだ】」

「…………ばい、返し」

「昔の言葉だ」


 倍返し。

 エクレールたちに、やり返す。

 それも、倍返しで……?


 ───ゾワリ、ゾワリ。

 

 背中に、冷たい何かが這った。

 ヘビのような、今まで隠れていた何かが姿を現したような。

 ああ、そっか。これは……。


「ほぅ。いい眼をするじゃないか」

「…………」


 これは、憎悪だ。

 やられたら、やり返す。

 

「もう一度聞く……私の教えを受けるか?」

「……はい。お姉さんが誰かとか、いきなりすぎるとか、どうでもいい……力をくれるなら、ありがたくもらいます」

「それでいい」

「俺の名はセイヤ。お姉さんの名前は?」

「……アスタルテだ。『イグニス』の聖女アスタルテ。いや、元聖女だったな」


 この日、俺の運命が大きく変わった。


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